第四話「冒険者ギルドへ」
第四話「冒険者ギルドへ」
王都まで、あと一日の距離にある街――ベルタ。
宿場町というより、小さな城塞都市に近い。
高い石壁に囲まれ、街の中央には冒険者ギルドの支部がある。
ガルムより規模が大きく、常駐する冒険者も多い。
僕がここに立ち寄ったのは二つの理由。
一つは補給。食料と、消耗した包帯の買い直し。
もう一つは――冒険者ギルドへの登録。
正直、王都まで行ってから登録するつもりだった。
だが考えが変わった。
【絶域】を鍛えるには魔物と戦い続ける必要がある。
一人で森をうろついていては効率が悪い。
依頼を受けて計画的に動ける冒険者として登録した方が、合理的だ。
ギルドの扉を押すと、昼間から酒を飲む男たちの喧騒が飛び込んできた。
木製のテーブルが並ぶ広い空間。壁には依頼書が所狭しと貼られている。
カウンターには茶髪の受付嬢。入ってきた僕を見ると、少し驚いた顔をした。
「いらっしゃいませ。……登録、ですか?」
「そうです」
「年齢は?」
「十五です」
「では、こちらへどうぞ」
手続きは思ったより簡単だった。
名前と年齢を書いた登録用紙に手を押し当てると、魔力を読み取り、冒険者証が発行される。
受け取った証を見ると、ランク欄には「F」と刻まれていた。
当然だ。新規登録は全員Fランク始まりで、実績を積んでランクを上げる仕組みだ。
「初めての方にご説明します。Fランクで受けられる依頼は――」
「掲示板を見れば大体わかります。ありがとう」
受付嬢は少し目を丸くした。
子ども扱いされると思ったのかもしれない。
掲示板に向かい、依頼書を眺める。
薬草採取、害獣駆除、魔物素材回収。
Fランク向けは地味なものばかり。
一日かけて完了しても、銅貨数枚の報酬しか出ない。
だが、今の僕には十分だ。
戦えればいい。魔法を浴びられればそれでいい。
一枚の依頼書を手に取る。
依頼:東の薬草林、魔物討伐
報酬:銀貨三枚
内容:薬草林に巣食う魔物を駆除してほしい。最近数が増え、薬草採取ができない状態。Cランク推奨。複数名での対応を強く推奨。
Cランク推奨。
今の僕はFランクだ。三ランク下。
本来なら受けるべきでない依頼だ。
しかし、依頼書の端に書かれた魔物の種類を確認した。
炎翼狼。
炎魔法を使う大型の魔物。群れで行動し、成体一匹でもCランク冒険者が苦戦するレベルだ。
炎魔法。
吸収できる。
「これにします」
カウンターに戻って依頼書を差し出すと、受付嬢の顔色が変わった。
「あの……これ、Cランク推奨で――」
「わかっています」
「Fランクの方には――」
「受けさせてもらえませんか」
少し強めに言うと、受付嬢は困った顔で奥の扉を見た。
ため息をつき、「少しお待ちください」と席を立った。
しばらくして、でっぷりと太った中年の男が出てきた。
ギルドマスターだろうか。
腕に古傷があり、かつての冒険者だとわかる雰囲気だ。
「坊主。それ、受けたいのか」
「はい」
「何ランクだ」
「Fです」
「……正気か?」
「正気です」
男はじろじろと僕を眺める。
体格、装備、短剣一本だけの軽装。値踏みする目だ。
「……一つだけ聞く。死ぬ覚悟はあるか」
「死ぬつもりはないですが、覚悟はしています」
「同じことだ、普通は」
男がフッと笑い、腕を組んで言った。
「特例で受けさせる。ただし条件がある。
俺の古い知り合いが今日ここに来ている。そいつも今から薬草林に向かう。二人で行け」
「……同行者がつくのですか」
「文句あるか」
「ありません」
連れられてギルド隅のテーブルへ。
そこに座っていたのは一人の女だった。
二十代半ばくらい。赤い髪を無造作に束ね、鎧は軽装。腰には細身の剣。手元のジョッキには酒が入っていた。
昼間から飲んでいる。
「セラ。こいつと一緒に薬草林の依頼に行ってくれ」
女――セラが顔を上げ、緑色の目で僕を見る。
一瞬で値踏みを終え、鼻を鳴らした。
「やだ。邪魔くさい」
「頼む」
「こんなひょろい子どもの面倒なんか見たくない」
「死なせたくなければ連れて行け」
「死ぬような依頼受けさせんな」
セラとギルドマスターが、僕を透明にして言い合いを始めた。
僕は少し考え、口を挟む。
「邪魔にはなりません」
「なる。絶対なる」
「ご迷惑はかけません」
「同じこと二回言うな」
セラが面倒くさそうに立ち上がり、ジョッキを一気に空にした。
「……わかったよ。ただし、足手まといになったら置いていく」
「構いません」
「死んでも文句言うな」
「言えませんよ、死んだら」
セラが一瞬目を細め、ふん、と言って歩き出す。
「ついてきな、坊主」
薬草林は街の東、徒歩で一時間ほど。
道中、セラはほとんど喋らない。僕も喋らない。無言で並んで歩く。
林の入口で、セラが足を止めた。
「ここから先は気配を殺せ。エンフレイムウルフは嗅覚が鋭い」
「わかりました」
「お前、剣以外は何も持ってないのか」
「はい」
「……魔法は?」
「使えません」
セラが目を向ける。長い沈黙。
「適性は?」
「ゼロです」
「……ギルドマスターの奴、何考えてんだ」
呟き、ため息をついて歩き出した。
「いいか。俺が魔法で攻撃する。お前は後ろにいて動くな。足手まといになるなら、木の陰に隠れていろ」
「わかりました」
もちろん、そのつもりはなかった。
林の奥に入って十分もしないうちに、最初の群れと遭遇。
炎翼狼が六頭。
背中に小さな翼、体表は赤みがかり、口元から炎が漏れる。
「来るぞ」
セラが細身の剣を抜き、左手を前に構える。
指先に青白い光が集まった。水属性の魔法だ。
詠唱なしで放つ。
水の刃が走り、先頭の炎翼狼二頭を斬り裂く。
残り四頭が散開し、左右から挟み込む。
「散るな!」と声をかけようとした瞬間、僕が走り抜けた。
「お前――!」
炎翼狼が口を開け、三頭同時の炎が真正面から僕に叩きつけられる。
熱くない。
三頭分の炎が、するすると体に吸い込まれていく。
僕は速度を落とさず、短剣を最初の一頭の首筋に叩き込む。
次の一頭へ体を滑らせ、胴を薙ぐ。
三頭目は飛びかかるのを横転して回避し、着地と同時に短剣を喉元に突き立てた。
残り一頭はセラが仕留めた。
沈黙。
セラがゆっくり僕を向く。
「……お前、今、炎を三頭分まともに受けたよな」
「そうです」
「なんで生きてる」
「体質です」
「体質で炎魔法が効かない人間がどこにいる」
「ここにいます」
セラの目が光を帯びる。品定めではない。本気の驚きだ。
僕は手のひらを上に向ける。
体内に吸収した炎翼狼の魔力を指先に集める。
ちろり、と赤橙の炎が灯る。
コボルトリザードより濃く、熱量が高い。
炎翼狼の炎の構造が、体内で馴染んでいる。
「……魔法、使えないんじゃなかったのか」
「さっきまでは使えませんでした」
「今は?」
「使えます」
セラが額に手を当てる。
「何なんだ、お前」
「まだ自分でもよくわかっていません」
正直に言うと、セラは黙った。
そしてゆっくり笑った。昼間の面倒くさそうな表情とは違う、楽しそうな笑い方だ。
「……おもしろい」
その一言だった。
「依頼、続けるぞ。ただし、もう後ろにいなくていい。前に出ろ」
「わかりました」
「名前は」
「アレクです」
「セラだ。よろしく、アレク」
差し出された手を握った。乾いた、強い手だった。
薬草林の依頼は、二人で三時間で完了。
炎翼狼の群れを合計二十七頭討伐。
全頭の炎魔法を吸収したことで、体内の魔力がずっしり重い。
炎翼狼の炎の構造は完全に理解できた。
これで炎魔法は自分のものと言える。
ギルドに戻ると、受付嬢が目を見開いた。
「全頭討伐……Fランクの方が……」
「セラさんのおかげです」
「ちょっと待て、俺はほとんど何もしていないぞ」
セラが苦笑い。
ギルドマスターが奥から出てきて、報告書を見て眉を上げた。
「……坊主、明日もここに来い」
「何かありますか」
「ある。話がある」
短く言って奥に引っ込んだ。
セラが隣で腕を組む。
「ランク再審査、されるかもな」
「そうですか」
「嬉しくないのか」
「嬉しいですよ。ただ」
手のひらを見た。今日吸収した二十七頭分の炎の感触が、まだ残っている。
「まだ、全然足りていない」
セラが横顔を見て、静かに言った。
「……面倒くさい奴が来た」
悪口のようだが、口元は笑っていた。
(第五話へつづく――




