第三話「吸収、そして覚醒」
第三話「吸収、そして覚醒」
冒険者パーティを東の街まで送り届けたのは、夜明け前だった。
街の名はガルム。王都から四日ほど離れた、こぢんまりとした宿場町だ。
治癒師のいる診療所を探し、魔法師の女性を引き渡す。
パーティのリーダーらしい男が深々と頭を下げた。
「助かった。本当に、ありがとう」
「いえ」
「お前、名前は?」
「アレク」
「アレクか。俺はガルド。こいつらと一緒にEランクで活動してる。お前、冒険者か?」
「いや、まだ登録していない」
「そうか。どこへ行く?」
「決めていない」
ガルドはしばらく僕を見た。事情を聞くわけでも、深入りするわけでもなく、ただ見ていた。
そして、懐から小さな袋を取り出す。
「これ、受け取ってくれ。あの状況でエリシアを助けてもらわなかったら、全滅していた」
「いらない」
「受け取れ。お前が助けてくれなかったら、俺たちは死んでいた。金で命の礼はできないが、金しか持っていない」
真剣な声だった。
少し迷ったあと、受け取る。
「……ありがとう」
「こっちの台詞だ」
袋の中には銀貨が数枚。食費には十分だった。
ガルドたちと別れ、宿を探す。
最安値の相部屋に転がり込み、そのまま眠った。
目が覚めたのは正午過ぎだった。
体中が痛い。
昨日のコボルトリザードとウィングバット戦の物理ダメージが残っている。
魔法は効かないが、殴打や引っ掻きは蓄積される。
体を起こして、ふと気づく。
お腹の奥が、熱い。
熱い、というより――満たされている感覚に近い。
昨日の空腹感とは違う。体の中心部が、何かでぱんぱんに満ちているようだ。
「……なんだ、これ」
服をめくっても、見た目は変わらない。
でも確実に、何かがある。
目を閉じ、体の内側に意識を向ける。
川の流れのように、何かがぐるぐる巡っているのがわかる。
温かく、密度が高い。
どこか見覚えのある感触。
昨日、コボルトリザードの炎を受けた感触に似ている。
ウィングバットの音波魔法も同じ。
まさか。
「……吸収して、いる?」
呟いた瞬間、全身の毛が逆立った。
魔法は消えたのではなく、体に取り込まれていた。
午後、街の外れに出る。
人気のない草原。
誰も見ていない。
体に溜まった「それ」を、外に出せるか試す。
目を閉じる。
体の内側に集まる熱を感じる。
腕に集め、手のひらに集める。
指先まで。
「……」
何も起きない。
十分後も、何も起きない。
魔法を使ったことがないから当たり前だ。
基礎がゼロ。
どうする。
魔法を吸収しているなら、体は魔法のエネルギーを扱えるはず。
なら、吸収の逆をやればいい。
体に入ってきた経路を、今度は逆流させる。
目を閉じ、昨日の感覚を思い出す。
炎が体に当たって消えていった感触。
あの感触を逆再生するように。
体の奥の熱を、外へ押し出す。
手のひらを前に向ける。
そして――
ドンッ。
衝撃が体を揺らした。
目を開けると、草原の先十メートルほどが消えていた。
正確には焦げている。直径三メートルほどの円形に、草が根元から炭化していた。
熱を帯びた空気が揺らめいている。
「…………」
言葉が出なかった。
やっと出たのは、間抜けな一言。
「出た」
吸収した炎をそのまま放出したらしい。
脚の力が抜け、その場に座り込む。
頭がぐるぐるする。
神は言った。「チートは与えても意味がない」と。
でも、これは。
吸収して。蓄えて。放出する。
吸収した魔法の種類は選べるのか。
放出量は調節できるのか。
使っていくうちに、自分のものとして使えるのか。
分からないことだらけだ。
でも一つ確かなことがある。
この力は、「何か」だ。
実験は続く。
翌日、翌々日。
街の外れで試行錯誤。
分かってきたこと。
吸収した魔法は体内に「魔力」として蓄積される。
コボルトリザードの炎も、ウィングバットの音波も、同じ「魔力のエネルギー」として溜まる。
放出は可能。
方向制御は練習次第。
最初は球形に爆発するだけ。
三日後、ある程度の方向指定が可能になった。
四日目、重要な発見。
体内の魔力に「構造」がある。
炎の型、音波の型は明確に違う。
吸収した魔法の構造まで取り込める可能性がある。
試す。
体内の魔力から、炎の型だけを手に集める。
ちろり、と炎が揺れる。
手のひらに、小さな炎の玉が浮かんだ。
赤橙色。
コボルトリザードと同じ色。
熱くない。
地面に放つと草が燃える。
「…………」
初めて、自分の魔法を使った。
適性ゼロの人間が。
吸収した相手の魔法を再現した。
夜、宿で天井を見上げながら整理。
スキル名があるとするなら。
「無効化」ではない。
「吸収」では近い。でも、吸収して、蓄えて、構造を理解して再現する。
この力は――全てを飲み込む、領域だ。
【絶域】。
頭の中で名前をつけた。
神が「手に負えない」と言った理由が少しだけわかった気がする。
魔法そのものを飲み込む能力。
理論上、吸収できる魔法の種類に上限はない。
多くの魔法に触れれば、使える魔法が増える。
適性ゼロどころか、全属性を扱える存在になれる。
天井のシミを眺めて、静かに笑った。
泣きたい気持ちは、もう消えていた。
村を出て五日。
僕はようやく、自分が何者かの輪郭を掴んだ。
翌朝、宿を出る。
目的地は決まった。王都の冒険者ギルド。
もっと多くの魔物と戦い、魔法を吸収する。
【絶域】を育てる。それが今の僕にできる唯一の強くなる方法だ。
街を出る前、偶然ガルドと鉢合わせる。
「おう、アレク。もう行くのか」
「ええ。王都の方に」
「エリシアが礼を言いたいと言っていた。伝えておく」
「大事にしてください」
ガルドは少し迷いながら口を開く。
「一つだけ聞いていいか」
「どうぞ」
「本当に冒険者じゃないのか?」
「そうですよ」
「……ウィングバットの魔法を全部無効化して、十頭を一人で仕留めた。Eランク以下にできることじゃない」
「できましたけど」
「なんで笑ってんだよ」
笑っていたらしい。
「まあ、いずれ登録します。そのうちどこかで会うかも」
「王都なら、俺たちも行くことがある。その時は声をかけろ」
「わかりました」
短い別れだったが、悪くない出会いだった。
街道に出て歩き始める。
空は青く澄んでいた。
右手のひらを見る。
昨日、小さな炎を灯した手。
適性ゼロ。最弱の烙印。神に捨てられた魂。
でも今の僕には、【絶域】がある。
まだ荒削りで、不完全で、泥臭い。
それでも、芽吹いた。
さあ、行こう。
(第四話へつづく――「冒険者ギルドへ」)




