第二十九話「世界の夜明け」
第二十九話「世界の夜明け」
王都に戻って、一ヶ月が経った。
急ぐことが何もない一ヶ月は、生まれて初めてだった。
追放されてからの三ヶ月間、常に次の場所へ向かっていた。次の依頼、次の街、次の戦い。立ち止まる暇などなかった。
だが今は違う。
朝に起きて、食事をし、エリアに会い、夕方に宿へ戻る。それだけの日々が淡々と続いていた。
悪くはなかった。
むしろ、こういう時間が必要だったのだと、過ごして初めてわかった。
ラーグから返事が届いたのは、王都に戻って十日後だった。
「アレク殿。生きているとは思っていたが、連絡が来るとは思っていなかった。礼は不要だ。俺は仕事をしただけだ。今は次の仕事を探している。何かあれば声をかけてくれ。情報屋は情報で生きる。良い情報のある場所にいるのが俺のやり方だ。 ラーグ」
セラがそれを見て言った。
「相変わらずだな」
「でも来てくれました」
「情報屋はそういうものだ。嘘はつかないが、全部は言わない」
「全部話す人間の方が信用できません」
「なぜだ」
「情報を持つ人間は、それで人を選べるからです」
「なるほどな」
返事を書いた。
「何かあれば声をかけます。こちらからも、何かあれば。 アレク」
短い返事が来た。
「その関係でいい。 ラーグ」
それだけだった。
レインと会ったのは、王都に戻って二週間後のことだった。
エリアが場を設けてくれた。アシュレイン家の庭だ。
レインは一人で来た。
三ヶ月前より痩せ、顔色も良くなかった。
向かい合う。
先に口を開いたのはレインだった。
「……来てくれるとは思っていなかった」
「エリアさんに設けてもらった場なので」
「そうか」
沈黙。
「謝りたい。あの日のことを」
「聞きます」
「貴方を公の場で罵倒した。田畑を耕して終われと言った。それは間違いだった」
「今は、そう思っているんですね」
「あの日は正しいと思っていた。今は違う」
「何が変わったんですか」
レインは少し考えた。
「力で作ったものは、力が通じない相手の前で崩れる。それを知った。……そのとき、お前が本当のことをしていたと聞いた」
「誰からですか」
「バルドさんだ」
また沈黙。
「謝罪は受け取るかどうかは、お前が決めていい」
「受け取ります」
レインが顔を上げた。
「本当か」
「ただし、なかったことにはしません」
「……どういう意味だ」
「あの日のことはあった事実です。ただ、それに縛られる気はありません」
レインはしばらく黙った。
そして深く頭を下げた。
「……ありがとう」
「顔を上げてください」
「少しだけ、このままでいさせてくれ」
「わかりました」
風が庭を抜けた。
葉が揺れた。
やがてレインは顔を上げた。
「これからどうする」
「また動きます。ただ、今度は考えてから動く」
「何を」
「誰のために動くかを」
「いいと思います」
レインは立ち上がった。
「もう行く。長居すると惨めになる」
「惨めさは悪くありません」
「なぜだ」
「間違いを理解している証拠だからです」
レインは目を細めた。
「……変なやつだな」
「よく言われます」
「それは変わってないな」
レインは去っていった。
門の前で一度だけ振り返る。
「強くなれよ」
「なります」
「俺もなる」
それだけだった。
その後、バルドが王都に来た。
四人で食事をした夜、セラが言う。
「昔より丸くなったな」
「面白い奴に会ったからな」
「アレクか」
「ああ。俺の冒険者人生で一番面白い」
バルドは僕を見た。
「そうか。いい話だ」
一ヶ月の間に、手紙は増え続けた。
ガイアスは研究の話を延々と送り、ゼクスは淡々と記録を綴った。
シアは変わらず短い。
「帝国で待つ。剣は忘れるな」
そしてライラは言った。
「全員、繋がっていますね」
「そうですね」
ある日、エリアの父と会った。
侯爵は静かに僕を見た。
「娘の相手が冒険者とはな」
「はい」
「家格は」
「ありません」
沈黙。
やがて侯爵はエリアを見た。
そして僕を見る。
「一つだけ言う」
「はい」
「泣かせるな」
「泣かせません」
「よろしい」
手を差し出された。
握った。
夜、宿に戻る。
「どうだった」
セラが聞く。
「認められました」
「そうか」
ライラが言う。
「帰る場所が増えましたね」
「そうですね」
その夜、一人で窓の外を見た。
三つの月が浮かんでいる。
一ヶ月前と同じ景色。
だが、意味は違う。
今は「終わり」ではない。
「これから」だ。
机の上にはウィンドベルの押し花。
薄い青が月光を受けている。
この花のように、自分はここに根を張っているのかもしれない。
どこへ行っても戻ってこられる場所。
その場所が、今は確かにある。
「ありがとうございます」
小さく呟いた。
誰に向けた言葉かは、もうどうでもよかった。
世界は静かに続いている。
明日も、その先も。
それで十分だ。
(最終話へつづく――「新しい旅へ」)




