第二十八話「エリアの答え」
第二十八話「エリアの答え」
翌朝、エリアから手紙が届いた。
「昨日、庭で話したこと、ちゃんと覚えています。貴方が覚えているかどうか確認したくて書きました。覚えていたら、今日の午後にまた来なさい。 エリア」
セラが横から覗き込む。
「覚えているかどうか確認したい、か。可愛いな」
「見ないでください」
「もう見た」
「見なかったことにしてください」
「無理だ。俺の記憶は良い」
ライラが静かに言った。
「私は見ていません」
「ありがとうございます」
「ですが、内容はなんとなく分かります」
「見てますよね?」
「少しだけです」
結局、二人とも把握していた。
僕は短く返事を書いた。
「覚えています。全部。午後に行きます。 アレク」
使いが出て三十分ほどで返事が来る。
「短い。もう少し書きなさい。 エリア」
ため息をつき、書き直す。
「昨日のこと、全部覚えています。噴水の音も、目が赤かったことも、最後に笑っていたことも。午後、必ず行きます。 アレク」
今度はすぐ返事が来た。
「合格。待っています。 エリア」
セラが言う。
「今のは見ていない」
「本当ですか」
「本当だ。ただ、顔でわかる」
「どんな顔ですか」
「緩んでいる」
「そうですか」
「自覚がないのか?」
「ありません」
ライラが頷く。
「私も同意します」
「二人ともやめてください」
「事実です」
午後、アシュレイン家へ向かった。
今日は一人だった。セラもライラも付いてこない。
門番はすぐ通した。
そして今日は、エリアが門の前に立っていた。
「来ましたね」
「見れば分かるでしょう」
「そうですね」
そのまま屋敷には入らず、歩き出す。
「どこへ?」
「王都を歩きます。今日は外です」
「護衛は?」
「違います」
エリアは前を向いたまま言った。
「一緒にいたい人がいるだけです」
言葉に詰まった。
「……そうですか」
大通りを並んで歩く。
貴族令嬢が護衛なしで歩くのは珍しく、視線が集まるが、エリアは気にしない。
「よく出歩くんですか」
「父には止められますが」
「危ないですよ」
「貴方がいます」
「今日は偶然です」
「偶然じゃなくなればいい」
あっさり言われた。
返せない。
路地に入り、花屋の前でエリアが足を止めた。
「花、好きなんですか」
「見るのは好きです」
エリアは一輪の花を手に取った。淡い青色の小花。
「ウィンドベルという花です」
それを差し出す。
「これ、貴方みたいだと思いました」
「花に例えられたのは初めてです」
「どんな場所でも根を張る。簡単には折れない」
「褒めていますか」
「もちろん」
受け取ると、思ったより軽く、しかし確かな強さがあった。
川沿いに出る。
水音がゆっくりと流れている。
「お願いがあります」
「なんですか」
「冒険に出るときは、必ず王都に寄ってください」
「出発と帰還の両方ですか」
「はい」
「わかりました」
「それだけ守れば、遠くへ行っても文句は言いません」
「言うと思いますが」
「手紙で言います」
「読みます」
「返事も」
「書きます」
しばらく川を見たあと、エリアが言う。
「私も、もっと世界を見たいです」
「見ればいいのでは」
「簡単ではありません」
「エリアさんは、やると決めたらやる人でしょう」
少し黙る。
「……そうかもしれません」
川沿いの茶屋に入った。
エリアは慣れたように席に座る。
「一人では入りづらかったので」
「護衛と来ればよかったのでは」
「そういう問題ではありません」
茶を飲みながら、エリアが言う。
「レインに会う予定は?」
「まだです」
「怒りますか?」
「もう整理しています」
「本当に?」
「本当に」
エリアは少し間を置いた。
「貴方は、あまり引きずらないですね」
「引きずると止まるので」
「それが理由ですか」
「半分は」
「もう半分は?」
「出会った人が面白かったからです」
エリアが小さく笑う。
「面白い、ですか」
「はい」
「神を追い返したことも?」
「必死でしたが、今は面白いです」
やがてエリアが言った。
「私は、貴方の隣にいたいです」
静かに時間が止まる。
「……エリアさん」
「なんですか」
「さっき言いました」
「どこでですか」
「帰りたい場所、と言ったところで」
「それだけ?」
「好きです」
「……やっと言った」
「遅いですか」
「遅いです」
でもエリアは笑っていた。
茶屋を出る。
夕暮れの川沿いを歩く。
距離が、少しだけ近くなっている。
「セラさんたちには?」
「説明は必要ですか」
「必要でしょうね」
「『隣にいることにしました』でいいと思います」
「それで通じると思いますか」
「通じます」
エリアが笑う。
「ライラさんには見抜かれていましたね」
「でしょうね」
屋敷の前。
エリアが振り返る。
「また来ますか」
「用事があれば」
「作りなさい」
「努力します」
「努力じゃなくて、気持ちです」
少し間が空いた。
「来週、父に会ってください」
「緊張します」
「私もです」
小さく笑った。
「では、また」
「また」
扉が閉まる。
帰り道。
手の中にはウィンドベルの花。
セラが言う。
「どうだった」
「良かったです」
「それだけか」
「それだけです」
ライラが頷く。
「それで十分です」
セラが言う。
「飯だな」
「毎回それですね」
「それが人生だ」
三人で歩く。
夕暮れの王都。
世界は、静かに続いていた。
(第二十九話へつづく)




