第二十六話「村へ」
第二十六話「村へ」
翌朝、アシュレイン家の屋敷に向かった。
セラは「俺は先に飯を食う」と言って食堂に残った。ライラは「一緒に行きます」と言って、僕についてきた。
「二人で行かなくていいんですか」
歩きながら、ライラに聞いた。
「なぜですか」
「邪魔ではないかと」
「邪魔ではありません」
即答だった。
「もし邪魔だと思うなら、一人で行けばいいです」
「邪魔だとは思っていません」
「では一緒に行きます」
当然のように言われて、僕はそれ以上何も言えなかった。
屋敷の門番に名前を告げると、今回もすぐに通された。
待合室に通されて、五分も経たないうちに扉が開く。
エリアだった。
息が少し乱れていた。走ってきたのだとすぐにわかる。貴族の令嬢らしくない姿のまま、僕を見て立ち止まった。
一秒、言葉がなかった。
「……生きてるじゃない」
「生きています」
「手紙で約束すると書いてあったから信じてたけど」
「約束は守りました」
エリアが近づいてくる。
そのまま、僕の胸に顔を埋めた。
驚いた。
何も言わないまま、肩が小さく震えているのがわかった。
どれくらいそうしていただろう。
やがてエリアは顔を上げた。目が赤い。けれど泣き切ってはいなかった。
「心配したのよ」
「すみませんでした」
「すみませんで済む話じゃないけど」
「では、どうすればいいですか」
「全部話しなさい。何があったか」
「話します。長くなりますが」
「時間はある。今日は空けてあるから」
そこでようやく、エリアはライラに気づいた。
「……ライラさん、お久しぶりです」
「お久しぶりです、エリア殿」
「一緒に帰ってきたんですね」
「はい」
「良かった」
エリアは小さく息を吐いた。
「アレクが一人で戻ってきたら、怒るつもりだったので」
「怒られなくて済みました」
「そうですね」
応接間で三時間、話した。
古代都市でのこと。神の眷属。ゼクスの正体。ヴェインの解放。神との対話。
エリアは一度も遮らなかった。
すべてを聞き終えてから、静かに言った。
「つまり……終わったのね」
「今のところは」
「“今のところ”って?」
「ライラさんの言う通り、千年後に似たことが起きる可能性はあります。でも、今ではありません」
「千年後は千年後の人間が考える、と」
「そういうことです」
エリアが少しだけ目を伏せた。
「王都の件も話していい?」
「レインのことですか」
「聞いていたのね」
「バルドさんから少し」
「審問は終わったわ。意図的な協力はなかった。活動停止は解除。ただし謹慎」
「そうですか」
「彼、変わったわよ」
「レインが?」
「あなたに謝りたいって言ってた」
少し間が空いた。
「謝りたいと?」
「どう謝ればいいかわからないけど、謝らないよりはいいと思うって」
「不器用ですね」
「あなたと違う意味でね」
「会います。機会があれば」
「作るわ」
エリアが真っ直ぐ見た。
「怒ってる?」
「怒っています。でも、それ以上に終わったことが多いです」
「終わった、というのは」
「前を向いた方がいいと感じているので」
エリアは少しだけ目を細めた。
「あなたって本当にそうね」
「そうですか」
「嫌なことを引きずらない」
「引きずります。ただ、歩けなくなるほどではないだけです」
「羨ましいわ」
その言葉は、小さく落ちた。
昼食は四人でとった。
セラが途中で合流した。
「来ると思ってた」とエリアが平然と言った。
「読まれているな」
「三ヶ月あれば十分です」
セラが笑った。
食後、エリアが言った。
「国王への報告は?」
「明日です」
「バルドには?」
「その翌日」
「段取りいいわね」
「ライラさんが管理してくれています」
「管理?」
エリアがライラを見る。
「放っておくと、全部同時にやろうとするので」
「否定できないな」
「でしょうね」
エリアが少し笑った。
「助かるわ」
「私も助かっています」とライラが言った。
「面倒を見る相手がいる方が、落ち着きます」
エリアが小さく息を吐いた。
「良かった」
翌日、国王への報告を行った。
すべてを聞き終えた国王は、静かに言った。
「神の干渉は、止まったということか」
「はい」
「ゼクスは帝国か」
「シア殿が対応しています」
「そうか……」
国王はしばらく黙った。
「アレク、一つだけいいか」
「はい」
「これからどうする」
「村に帰ります」
「故郷か」
「はい。親に会いに」
国王は少しだけ目を細めた。
「世界を救った男が、親に会いに行くのか」
「救ったかはわかりませんが、一番会いたい人です」
「それでいい」
短い言葉だった。
それだけで十分だった。
王都を出たのは三日後。
そして一週間かけて、村へ向かった。
道中、セラはよく喋り、ライラは時々言い返し、僕はそれを聞いていた。
五日目。
遠くに見覚えのある景色が見えた。
「……あそこです」
「あれが村か」
「はい」
胸の奥が少しだけ固くなる。
「今はどんな気持ちだ」
「緊張しています」
「神を追い返した男が?」
「別の種類の緊張です」
セラが笑った。
「わかる。親に会うのは別だ」
村の入口が見えた。
三ヶ月前、追放された場所だ。
そこに、老人がいた。
「……アレク、か?」
「はい。帰りました」
「生きていたか」
「生きていました」
村は変わっていなかった。
でも、自分だけが変わっていた。
そして母親に会った。
「馬鹿」
抱きしめられた瞬間、それだけ言われた。
「はい」
「心配したのよ」
「すみませんでした」
「すみませんで済むわけないでしょ」
「そうですね」
父親は一言だけ言った。
「大きくなったな」
「三ヶ月で?」
「三ヶ月でも人は変わる」
それだけだった。
でも、その一言で十分だった。
夜。自分の部屋。
変わっていない天井。変わっていない窓。
三つの月が空に浮かんでいた。
Sランク証章を取り出す。
ここまでの道が、全部そこに詰まっている気がした。
出会った人たちの顔が浮かぶ。
そして、静かにしまった。
横になった。
目を閉じる。
眠りは、すぐに落ちてきた。
(第二十七話へ続く――「それぞれの道」)




