第二十三話「神の眷属」
第二十三話「神の眷属」
亀裂から最初に落ちてきたのは、光だった。
そして、それは“形”になった。
十メートルを超える巨体。 人の輪郭を持ちながら、顔はない。 ただ、胸の奥に黒い一点だけがあり、そこが世界の光を吸い込んでいる。
神の眷属。
存在そのものを圧で歪めるような気配が、古代都市全体に広がった。
地面が鳴った。
一歩。
それだけで、廃墟の石畳がひび割れる。
「……これが眷属か」とセラが呟いた。
「はい」とライラが言った。「千年前も同じ存在です。ただし――」
「ただし?」
「“同じ個体ではありません”」
空気がわずかに冷えた。
「攻撃手段を整理する」
僕は眷属を見上げながら言った。
「物理攻撃は無効。魔法は一時的にしか通らない。再生あり」
「その通りです」とライラ。
「じゃあ倒す方法は一つだな」とセラが言った。
「削るか、止めるか」
「止める」とシアが即答した。
「方法は」
「俺たちが時間を作る。アレクが構造を壊す」
その言葉で全員の視線が僕に集まった。
僕は小さく息を吐いた。
「やります」
だが今回は、いつもの感覚と違った。
“やってみないとわからない”ではない。
もう一つ下にある感覚。
――これは吸収できる。
理由ではなく、確信だった。
眷属が動いた。
腕が持ち上がる。
次の瞬間、空間が“消えた”。
音も衝撃もない。 ただ、地面の一部が存在ごと消失する。
「避けろ!」
セラの声と同時に全員が散る。
「神の魔力は“存在の上書き”です」とライラが叫ぶ。「触れたものを消去します!」
「便利すぎるだろそれ」とセラが言った。
眷属がもう一度腕を振る。
今度は速い。
僕は走った。
“吸収できる”という確信だけを頼りに。
眷属の腕に触れた瞬間――
世界が裏返った。
熱でも痛みでもない。
情報だ。
構造だ。
“神の魔力という設計図”がそのまま流れ込んでくる。
「っ……!」
脳が軋んだ。
理解してはいけない速度で、理解が流れ込む。
――これは攻撃ではない。
これは“更新”だ。
眷属が僕を振り払う。
地面に叩きつけられる。
「アレク!」
セラの声。
「大丈夫です!」
立ち上がる。
確信が強くなる。
吸収できる。
ただし――“順序がある”。
「一度では足りない」と僕は言った。
「何がだ」とセラ。
「構造が大きすぎる。分割して吸収する必要がある」
「つまり?」
「繰り返す」
その瞬間、眷属が動いた。
セラが足元へ飛び込む。
剣は通らない。
だが“意識”を引くには十分だった。
「今です!」
ライラの魔法が炸裂する。
炎・氷・雷が一点で衝突し、眷属の動きが一瞬だけ“止まる”。
その瞬間。
シアの剣が走った。
魔力圧で“再生の流れ”を切断する一撃。
眷属の体がわずかに乱れる。
その隙に――
走る。
触れる。
吸収。
弾かれる。
立つ。
繰り返し。
だが三度目で、違いが出た。
眷属の魔力が“抵抗”を始めた。
「来るか」とライラが呟く。
「何がだ」
「適応です。眷属がこちらを“理解”し始めています」
空気が重くなる。
四度目。
僕はあえて避けなかった。
眷属の攻撃を正面から受ける。
全て吸収。
その瞬間――
何かが“繋がった”。
理解ではない。
接続だ。
「……見えた」
僕は言った。
「構造が」
「いけるのか」とセラ。
「いけます」
今度は迷いがなかった。
五度目の接触。
眷属の内部構造が“読める”。
これは魔力ではない。
神の“循環回路”だ。
削るのではない。
止めるべき場所がある。
「今です!」
ライラの声。
ゼクスが古代術式を展開する。
「再生を止める。三十秒だ!」
眷属の動きが鈍る。
今しかない。
走る。
胸部へ。
黒い核へ。
触れた。
吸収ではない。
“接続解除”だ。
構造そのものに干渉する。
眷属が叫んだ。
音ではない。
世界が揺れた。
光が崩れる。
十メートル。
八。
六。
四。
そして――消えた。
静寂。
風の音だけが戻る。
「……終わったか?」とセラ。
「終わりました」とライラ。
だが僕は、すぐに答えなかった。
体の中に“まだ残っている”。
あまりに大きい“神の構造の一部”。
「いや」と僕は言った。
「終わってません」
空。
亀裂の向こう。
声がした。
「面白い」
怒りではない。
評価だ。
神は“理解した”ように言った。
「眷属を消した人間は過去に一人だけだった」
「だが、お前は違う」
「お前は“吸収した”」
空気が変わる。
圧ではない。
“観測”だ。
「お前は何者だ」
問いではない。
確認だった。
(第二十四話へつづく――「神の観測」)




