第二十一話「神官ゼクスの正体」
第二十一話「神官ゼクスの正体」
古代都市への道は、街道が途切れるところから始まった。
帝国東端。地図には「未踏域」とだけ記された場所だ。
整備された道は消え、草は腰の高さまで伸びている。低い山が連なり、その向こうに目的地がある。
帝国軍の先遣隊が道を切り開いていたが、僕たちはそれを追い越した。
「あとどのくらいだ」
シアが前を見たまま言う。
「半日ほどです。山を越えた先に盆地があります」
ライラが淡々と答える。
「そこが古代都市跡です」
「守りやすい地形だな」
「ええ。だからこそ選ばれたのでしょう。侵入を察知しやすい」
シアの足がわずかに速くなる。
セラが横に並んだ。
「ライラ。一ついいか」
「なんですか」
「千年前、お前はここをヴェインと歩いたのか」
ライラは少しだけ黙った。
「歩きました。同じ道を」
「今も同じ道を歩いてるわけだ」
「……そうなります」
「どういう気分だ」
ライラは前を見たまま言った。
「一つだけ違います」
「何が」
「あの時は、止められませんでした」
声がわずかに揺れる。
「今は違います。一緒に行けます」
セラはそれ以上聞かなかった。
山を越えた瞬間、景色が開けた。
盆地。
そして、廃墟。
街だったものは千年で骨だけになっていた。崩れた壁、草に埋もれた大通り、絡みつく蔦。
その中心だけが異様だった。
神殿跡。
柱が残り、その隙間から赤い光が漏れている。
「急ぎます」
全員で駆けた。
神殿に近づくほど、空気が重くなる。
魔力そのものが圧力になっている。
だが、同時に体がそれを“吸っている”のもわかった。
「大丈夫か」
ライラが言う。
「むしろ有利です」
「……そういう発想をしますね」
「悪いことを良いことに変えた方が得です」
「三回目ですね、それ」
「便利なので」
セラが小さく笑った。
入口に十五人。
番兵。
質が違う。ゼクス直属だ。
「俺が抜く」
シアが前に出る。
大剣が一閃し、魔法の射線ごと切り裂いた。
戦闘が始まった。
魔法が飛ぶ。
全部、受けた。
全部、吸収した。
一瞬で体に流れ込む異常な量の魔力。
視界が揺れる。
だが倒れない。
ライラが足を凍らせる。
セラが順番に沈めていく。
「強くなったな」
セラが言う。
「どこがですか」
「吸収の上限が上がってる。顔色が変わらない」
「慣れただけです」
「それが一番危ない」
神殿の奥。
そこにいた。
ゼクス。
白い法衣。銀の装飾。穏やかな笑み。
何も変わっていないようでいて、その奥に“冷えた何か”がある。
「遅いな」
「急ぎました」
「儀式は九割だ。あと少しで開く」
「開かせません」
「止められると思うか?」
「止めに来ました」
ゼクスの視線がライラに向く。
「千年ぶりだな」
「……黙ってください」
「事実だ」
ゼクスは笑う。
「ヴェインの影を追ってここまで来たのか」
「違います」
ライラの声が低くなる。
「私は、終わらせに来た」
「ヴェインが負けた理由を知っているか?」
ゼクスが言う。
「力ではない。覚悟でもない」
「……」
「自分を犠牲にすれば世界は続くと信じた。それだけだ」
杖が動く。
「そして神は、それを利用した」
ゼクスが水晶を取り出した。
赤い光。
中に“何か”がいる。
「これは何だ」
「神の器だ」
ライラの呼吸が止まる。
「ヴェインの魂だ」
沈黙。
空気が凍る。
「千年間、守ってきた」
ゼクスの声は淡かった。
「壊せば消える。守れば戻らない」
「選べ」
僕はゼクスを見る。
「一つ聞いていいですか」
「なんだ」
「本当に神の味方ですか」
ゼクスの笑みが消えた。
「……余計なことを聞くな」
「でも答えてください」
沈黙。
長い沈黙。
ゼクスは小さく息を吐いた。
「俺は、命令に従うよう作られている」
だが、その声は揺れていた。
「でも一つだけ守った」
視線が水晶に落ちる。
「それだけだ」
ライラが前に出る。
「解除できます」
「危険だぞ」
「構いません」
「死ぬかもしれない」
「構いません」
ゼクスが、初めて頭を下げた。
「……頼む」
術式が展開される。
地下へ続く階段を探す時間もない。
同時進行。
世界はもう限界だ。
地下。
魔力の海。
敵。
吸収。
戦闘。
そして――核。
赤い柱に触れる。
流れ込む。
限界。
痛み。
崩れそうになる意識。
それでも離さない。
一分後。
柱が消えた。
静寂。
儀式は止まった。
「……やったか」
セラの声。
「まだです」
僕は笑った。
「上があります」
(第二十二話へつづく――「集結」)




