第二十話「勇者の失墜」
第二十話「勇者の失墜」
この話は、王都で起きたことだ。
僕が帝国から古代都市へ向かっている間、王都では別の嵐が吹いていた。エリアから後に聞いた話を、ここに記しておく。
王都冒険者ギルド本部に、一枚の報告書が届いたのは、僕が帝国皇帝と謁見した翌日のことだった。
報告書の内容は、王国軍の内部調査によるものだった。
勇者パーティが先月壊滅させたとされる、魔王軍前線基地。
その戦功の記録に、重大な矛盾が発見された。
現地の王国軍が事後調査を行ったところ、基地はほぼ無傷だった。魔王軍の指揮官クラスも生存していた。
つまり、勇者パーティが報告した「壊滅」は、大幅に誇張されていた。
さらに調査が進むと、より深刻な事実が出てきた。
勇者パーティが受け取った報酬の一部が、魔王軍の別拠点へと流れていた。
資金の流れを追うと、その先にゼクスの名が浮かんだ。
勇者パーティは――知らぬ間に、敵に資金を送っていた。
王都ギルドが調査を進める中、エリアが独自に動いた。
アシュレイン家の情報網を使い、資金の流れを三ヶ月分遡る。
出てきたのは、偶然では片付けられない数字の並びだった。
報酬の受け取り。その直後の出金。そして消える資金。
最終的に、全てが同じ場所に繋がっていた。
ゼクスの神殿組織。
エリアがギルド本部に乗り込んだのは、三日後だった。
「これを見てください」
机の上に、資料を積み上げる。
「辺境伯家の令嬢が、なぜ――」 「理由は後で説明します。まず見てください」
声は静かだったが、逃げ場を与えない強さがあった。
「これが事実なら、勇者パーティは結果として敵に加担していたことになります」
ギルドマスターが資料を読み終えるまで、部屋は沈黙に包まれた。
「……確かだな」 「確かです」
「勇者パーティを呼ぶ」
翌日、審問室。
レインたちは全員出頭した。
「何の用ですか。俺たちは――」
その言葉は、途中で止まった。
目の前に置かれた資料を、レインが読み始めたからだ。
ページをめくるごとに、顔色が変わる。
「これは……」
「心当たりはありますか」
「ない……俺たちは知らない」
だが、その否定は弱かった。
「資金管理は誰が?」 「……代理人に任せていた」
沈黙。
「名前は」 「ゼラ……神殿の人間だと言っていた」
その瞬間、空気が変わった。
審問の結果。
勇者パーティは活動停止。王都からの外出も禁止。
処分としては軽い。だが――
“英雄”としては、致命的だった。
審問後、廊下。
レインがエリアを呼び止めた。
「助けてくれ……俺たちは本当に知らなかった」
縋るような声だった。
エリアは、その目を正面から受け止めた。
「信じます」
レインの顔に、わずかな希望が戻る。
だが。
「ただし」
その一言で、空気が止まった。
「一つだけ、聞かせてください」
「……なんだ」
「アレクのこと、覚えていますか」
レインの喉が鳴った。
「……覚えている」
「田畑を耕して終われ、と言いましたね」
「……言った」
逃げ場はなかった。
「今も正しいと思いますか」
長い沈黙。
本当に、長い沈黙だった。
そして――
「……思っていない」
絞り出すような声だった。
「なぜですか」
「……わからない」
レインは、そこで初めて言葉に詰まった。
「強さが正義だと信じていた。でも……その強さで、俺は何をした?」
答えは、自分で出していた。
「俺は、何も守っていない」
エリアは静かに言った。
「間違いを認められますか」
レインは、ゆっくりと頭を下げた。
「……認める」
それは敗北ではなかった。
初めての、正しい選択だった。
「崩れたなら、また作ればいい」
エリアの声は、変わらず静かだった。
「今度は、正しい材料で」
「……俺にできるか」
「さあ。それは貴方次第です」
突き放すようで、逃がさない言葉だった。
その夜。
レインは一人、部屋にいた。
王都の夜景を見下ろす。
かつては輝いて見えた景色が、今はただの灯りにしか見えない。
英雄だった。
だがそれは、誰かに用意された舞台だった。
強さだけを信じていた。
だが、その強さは、誰も救っていなかった。
拳を握る。
悔しさは消えない。
だがその矛先は、もう他人には向かない。
自分に向いていた。
窓を開ける。
夜風が入ってくる。
自然と、思った。
帰って来い、アレク。
声には出さない。
だが、その願いは確かだった。
今度こそ、逃げずに見る。
あいつが、何者なのかを。
王都の夜が更けていく。
三つの月は、変わらず空にあった。
その同じ月が――
古代都市へ向かう道の上にも、静かに輝いていた。
(第二十一話へつづく――「神官ゼクスの正体」)




