第十九話「帝国皇帝との謁見」
第十九話「帝国皇帝との謁見」
帝国の都、レイガルドに入ったのは翌々日の午後だった。
王国の王都とは、街の作りが根本的に違った。
王都が有機的に広がった街だとすれば、レイガルドは設計図通りに建てられた街だ。道は碁盤の目のように整然と走り、建物の高さは区画ごとに統一されている。
美しさよりも、機能。
人の感情よりも、統制。
そんな街だった。
「綺麗ですね」
セラが言う。
「綺麗というより、正確だ」
シアが即座に返した。
「同じことじゃないのか」
「違う。綺麗は感情だ。正確は機能だ」
「難しいな」
ライラが静かに口を開いた。
「千年前は、もっと有機的な街でした」
視線は遠く、過去を見ている。
「人が住む場所としての温かみがあった」
「変わったんですね」
「ええ。でも」
一度、街を見渡す。
「変わっても、人が生きていることは同じです」
その一言だけが、妙に残った。
帝国皇宮は、街の中心にあった。
王国の王宮が“見せるための権威”なら、ここは“守るための権威”。
外壁は厚く、門は多重構造。
入るたびに検問がある。
完全に、要塞だった。
シアが先頭に立ち、全てを通過する。
その背中だけで道が開く。
それが、この国での彼女の立場だった。
謁見の間。
広さは王国より小さい。
だが、空気は重い。
左右に並ぶ騎士は全員が最上位。
一人一人が、戦場の主力になれる気配を持っている。
その中央。
玉座に座る男。
帝国皇帝、アルデン三世。
視線が合った瞬間、空気が変わった。
「シア、戻ったか」
「はい、陛下。ご報告があります」
「聞こう」
報告は淡々と進んだ。
神殿跡。
失踪者。
ゼクス。
ガイアス。
古代都市。
皇帝は、一度も口を挟まなかった。
「アレク=クロウ」
名を呼ばれる。
「はい」
「どこまで知っている」
試す声だった。
全部、話した。
神のことも。
儀式も。
世界の終わりも。
隠さなかった。
沈黙。
長い沈黙。
その沈黙そのものが、審査だった。
「信じると思うか」
「思いません」
即答した。
「ただ、帝国でも人は消えています。それが事実です」
「……なるほどな」
皇帝の目が、ほんの少し変わった。
「半分、信じている」
「半分、ですか」
「神はいる。だが完全ではない可能性もある」
皇帝が立ち上がる。
玉座から降りる。
一歩ずつ、こちらに来る。
騎士たちの気配が張り詰める。
目の前で止まった。
近い。
逃げ場がない距離。
「道は開ける」
短い言葉。
「帝国軍が外を固める。中はお前たちで行け」
「ありがとうございます」
「礼はまだだ」
「条件がある」
「……はい」
「失敗するな」
それだけだった。
だが、それ以上の条件はない。
「成功すれば世界は続く」
「失敗すれば?」
「終わる」
淡々としていた。
だからこそ、重かった。
右手が差し出される。
一瞬、誰も動かなかった。
皇帝が自ら手を出す。
それがどういう意味か、この場の全員が理解していた。
握った。
硬い。
剣を握り続けた手。
国を背負ってきた手。
「背負え」
皇帝が言った。
「今この瞬間、お前は帝国の後ろ盾を得た」
「……はい」
「軽く扱うな」
「はい」
「シア」
「はっ」
「第一騎士団を動かす。お前は中に入れ」
「かしこまりました」
「生きて帰れ」
一拍。
「帝国に必要だ」
「必ず」
皇宮を出たとき、ようやく息が抜けた。
夕焼けが、街を赤く染めていた。
「……すげぇな」
セラが呟く。
「皇帝と握手したぞ」
「私はしていませんが」
「アレクがした」
「少し緊張しました」
「少し、か」
シアが苦笑した。
宿へ戻る。
準備。
手紙。
そして——
「死ぬな」
ライラが言った。
短く。
強く。
「勝つより、生きることを優先してください」
千年分の重さだった。
「今回は違います」
僕は言った。
「全員で帰ります」
少しの沈黙。
「……信じます」
その一言で、十分だった。
夜。
窓の外。
三つの月。
全部、繋がっている。
村を出た日から。
今、この場所まで。
捨てられたはずの人生。
その先に、今がある。
「悪くないな」
小さく呟いた。
明日。
最後の道が始まる。
(第二十話へつづく――「勇者の失墜」)




