第十八話「地下牢脱出」
第十八話「地下牢脱出」
翌朝、失踪者たちを帝国の街まで送り届けた。
六人全員が、家族の元へ帰っていった。
一人の若い女性が、迎えに来た母親に抱きつき、声を上げて泣いた。母親もまた、同じように泣いた。
その光景を見ていた周囲の人々まで、静かに涙を拭っていた。
シアはその様子を、正面を向いたまま見ていた。
泣いてはいない。だが、何かを押し殺しているような顔だった。
「シアさん」
「なんだ」
「良い仕事でした」
シアは少しだけ間を置いた。
「俺は帝国騎士として、当然のことをしただけだ」
「その“当然”をできる人は、そんなに多くないですよ」
返事はなかった。
だが、シアの目の細め方が、ほんの少しだけ柔らいだ。
街の宿に二日間滞在した。
理由は二つ。手続きと、回復だ。
僕の体は、まだ完全ではなかった。
ゼクスの魔力を吸収しきれなかった影響で、魔力の制御に微妙なズレが残っている。
「精度が落ちています」
指摘したのはライラだった。
「わかっています」
「回復だけでは戻らない可能性があります」
「……どういうことですか」
「神の魔力は、吸収した側の魔力回路に干渉します。強化にも、劣化にもなる」
「今は後者ですか」
「はい。修正が必要です」
ライラは淡々と続けた。
「私が補助術式をかけます。貴方は魔力を流す。地道ですが、それが最短です」
「お願いします」
二日間、ひたすら魔力を流した。
最初は不安定だった。
だが、体は覚えていた。
二日目の午後には、ズレはほぼ消えた。
「……早い」
ライラが小さく言った。
「慣れだと思います」
「それだけではありません」
「では?」
「貴方の魔力回路が、拡張されています」
「拡張?」
「一度壊れて、より強く再構築された」
あの夜の代償は、力になっていた。
「ゼクスに感謝ですね」
「そういう考え方をするのですね」
「損するよりは得した方がいいので」
ライラは少し黙った。
「……ヴェイン様も、似たことを言っていました」
二日後。
ガイアスの処遇が決まった。
帝国が直々に迎えを出すという。
「本当に評価されているんですね」
「当然だろう」とシアが言った。「帝国魔法研究の基礎を築いた人物だ」
ガイアスは苦笑した。
「五十年も経てば、知っている顔など残っていない」
「皇帝陛下は覚えておられる」
「三代目だろう?」
「その三代目が評価している」
ガイアスは目を丸くした。
「……長く生きたものだな」
「生き過ぎだな」とセラが言った。
「その通りだ」
だが、その表情は少しだけ柔らいでいた。
出発前、ガイアスが言った。
「古代都市へ向かうのだな」
「はい」
「時間がない。早ければ半月だ」
「……そんなに」
「古代都市なら、さらに短くなる」
地下の魔力脈。
それは失踪者すら不要にする。
「急ぎます」
「シアに任せろ。皇帝への話は通る」
「ありがとうございます」
ガイアスは僕を見た。
「一つだけ言っておく」
「なんですか」
「器を壊せば、ヴェインは解放される。だが――」
少しだけ言葉を切った。
「無事とは限らない」
ライラの呼吸が、わずかに止まった。
「それでもやるか」
ライラを見た。
小さく、確かに頷いた。
「やります」
ガイアスは目を閉じた。
「……そうか」
別れの時が来た。
「生きて帰って来い」
「はい」
「続きを書く。お前の話を聞いてからだ」
「約束します」
ガイアスは最後に言った。
「お前は、ヴェインより少しだけましだ」
「どこがですか」
「仲間がいる」
馬車は去っていった。
「次は俺の番だ」
シアが言った。
「剣を見せろ」
三時間、叩き込まれた。
最初は一方的だった。
だが、次第に噛み合い始める。
剣で動かし、魔法で追い、また剣で止める。
最後の一瞬。
風魔法で足場を崩し、短剣を首元へ。
止めた。
「……やるじゃないか」
「必死でした」
「いい顔だ」
シアが言った。
「戦いの中では、余計なことを考えるな」
「考える余裕がありません」
「それでいい」
夜。
焚き火を囲む。
「神を止めた後、どうする」
セラが言った。
「考えていません」
「考えておけ」
静かに続ける。
「終わった後、止まるやつは多い」
経験のある声だった。
「少しだけでいい。先を見ておけ」
それぞれの未来が語られる。
シアは帝国へ。
ライラは――迷っている。
「ついて行ってもいいですか」
「もちろんです」
即答だった。
ライラは火を見たまま、わずかに口元を緩めた。
「俺も暇なら行く」とセラ。
「歓迎します」
「……機会があれば行く」とシア。
少しだけ、間を置いて。
夜が深まる。
焚き火の前で、一人になる。
体の中の魔力が、静かに広がっている。
五日後。
決戦。
やることは、もう決まっている。
あとは――やるだけだ。
焚き火が、ぱちりと鳴った。
三つの月が、静かに傾いていた。
(第十九話へつづく――「帝国皇帝との謁見




