第十三話 初めてのざまあ
第十三話 初めてのざまあ
アシュレイン家の屋敷は、王都の貴族街の中でも目立つ場所にあった。
石造りの壁に蔦が絡み、広い庭には手入れされた木々が並んでいる。
門番に名前を告げると、すぐに通された。
エリアが言った通りだった。
屋敷に通されて五分も待たないうちに、エリアが現れた。
馬車の中で見たときと変わらない。
取り澄ました貴族らしさより、好奇心が先に立つ顔だ。
「来たのね」
「約束しましたから」
「約束したのは私で、貴方は『考えます』と言っただけじゃない」
「考えた結果、来ました」
エリアが少し笑った。
それからセラとライラを見た。
「お連れの方は?」
「セラ。冒険者です」
セラが自分で答えた。
「こいつの……まあ知り合いだ」
「ライラです」
ライラが短く名乗る。
エリアがライラをじっと見た。
ライラも見返す。
しばらく静かな空気が流れた。
「……綺麗な方ね」
「貴方もそうです」
エリアが笑った。
「仲良くなれそう」
応接間に通され、茶が出された。
エリアは椅子に座ると、すぐに聞いた。
「Sランクになったって、本当?」
「本当です」
「王都中で噂よ。登録二週間でSランクって」
「たまたまです」
「たまたまでSランクになれるなら、みんなやってるわ」
エリアは茶を一口飲んだ。
「それで、今日来たのは理由があるんでしょう」
「二つあります」
「聞かせて」
「一つは北方の情報です」
エリアの顔が少し真剣になった。
「辺境伯家は北方に領地を持っていますよね」
「最近の魔王軍の動き、何か知っていますか」
エリアは少し考えてから言った。
「あるわ」
「北の村で行方不明者が出ている」
「魔物か魔王軍か、まだ断定できない」
「それと」
「それと?」
「失踪した人たちに共通点があるの」
セラが眉を上げた。
「共通点?」
「全員、魔法適性が高い人」
場の空気が少し変わった。
セラが腕を組む。
「魔法適性の高い人間だけ?」
「そう」
エリアが頷く。
「父は王国軍に報告したけど、まだ動きはない」
「本格侵攻じゃないから、優先度が低いの」
ライラが静かに言った。
「魔力の高い人間を集めている」
「実験か、生贄か」
エリアが眉をひそめる。
「生贄?」
「神へ魔力を捧げる儀式が、千年前にありました」
「ゼクスが関わっているなら可能性はあります」
沈黙が落ちた。
エリアが僕を見る。
「アレク」
「北方に行くの?」
「はい」
「国王から調査依頼を受けました」
「三日後に出発します」
エリアは少しだけ目を伏せた。
「……気をつけなさい」
「はい」
「気をつけます、じゃなくて」
エリアが少し強く言った。
「本当に気をつけなさい」
「北は私の家の領地に近い」
「何かあったら父に連絡して」
「ありがとうございます」
「それで」
エリアが言う。
「もう一つの理由は?」
「今日の午後」
「レインから模擬戦の申し込みが来ました」
エリアの目が変わった。
「勇者パーティのレイン?」
「はい」
「受けるの?」
「受けました」
エリアは一瞬黙った。
そして立ち上がる。
「見に行く」
「え?」
「場所は?」
「ギルド訓練場。午後二時」
「席取っておいて」
午後二時。
王都冒険者ギルド訓練場。
人が集まっていた。
昨日の噂が広がっていたらしい。
野次馬の数はベルタの比ではない。
訓練場の周囲は人で埋まり、通りまで溢れている。
エリアも来ていた。
貴族令嬢が訓練場にいること自体が珍しいらしく、周囲がざわついている。
そこへ。
レインが現れた。
金髪を整え、鎧を磨いている。
僕を見て笑った。
「来たか」
「呼ばれましたから」
「今日で白黒つける」
「Sランクが本物かどうか」
「どうぞ」
レインは中央へ歩いた。
そして。
仲間を手招きする。
「全員で行く」
四人が並んだ。
観客がざわめく。
「四対一!?」
「ひどくないか?」
「でも相手Sランクだろ」
ギルドマスターが出てきた。
鋭い目の男だ。
「ルール確認」
「魔法あり武器あり」
「降参か戦闘不能で決着」
「死人は出すな」
「異議は?」
「ありません」
「ない」
「――始め!」
レインが突っ込んできた。
速い。
剣に魔力を纏わせた一撃。
横へ捌く。
刃が肩をかすめた。
後方から魔法。
火球三発。
全部吸収。
レインが目を見開く。
「魔法が……効かない?」
「吸収しています」
「どういう力だ!」
「そのままです」
剣士二人が左右から来る。
風魔法が飛ぶ。
吸収。
左の剣を受け流す。
回転。
右の剣が頬をかすめる。
体内の火球魔力を圧縮。
足元に放つ。
爆発。
右の剣士がバランスを崩す。
その隙。
短剣の柄で手首を打つ。
剣が落ちた。
「このっ!」
レインが踏み込む。
全力の斬撃。
避けきれない。
直撃。
三メートル吹き飛んだ。
痛い。
でも立てる。
立ち上がると、観客がざわめいた。
「まだ立つのか」
「本物だぞ」
レインが息を切らす。
「なぜ立てる」
「今のはAランクの魔力だ」
「痛いです」
「でも、それだけです」
「化け物か」
「そうかもしれません」
「……全力で行く」
「どうぞ」
後方の魔法師が詠唱。
高位魔法。
レインが時間を稼ぐ。
剣撃の連続。
腕が痺れる。
詠唱完了。
巨大な火球。
直径五メートル。
吸収。
頭が痛い。
でも倒れない。
吸収した魔力を右手へ。
過去最大量。
腕が震える。
制御より圧力。
放つ。
炎の奔流。
レインを直撃。
防御魔法。
間に合わない。
炎が消える。
レインは――
膝をついていた。
立てない。
僕は歩み寄る。
レインが顔を上げる。
悔しさと怒りの目。
「なぜ……お前がこんな力を」
「わかりません」
「適性ゼロのはずだ」
「最弱のはずだ」
「そう言ったのは貴方です」
レインが黙る。
「田畑を耕して終われ、と言いましたね」
「……」
「覚えていますか」
レインの目が揺れた。
「貴方の剣は本物です」
「努力もしてきた」
「それは認めます」
「……なんだと」
「でも」
一呼吸。
「強さだけが正義ではない」
「弱者を切り捨てるのは違う」
「綺麗事だ」
「そうかもしれません」
静かに言う。
「でも今日」
「どちらが勝ちましたか」
レインが歯を食いしばる。
そして。
剣を地面に置いた。
「……俺の負けだ」
訓練場が爆発した。
「Sランク本物!」
「勇者パーティ負けた!」
「適性ゼロが勝った!」
外へ出ると。
エリアが待っていた。
「見てたわ」
「どうでした?」
「格好良かった」
「戦い方じゃなくて」
「最後の言葉」
「みんなの名前出したところ」
エリアが言う。
「貴方、ちゃんと覚えてるのね」
「出会った人の名前」
「僕を変えた人だから」
エリアが少し黙る。
「……私は?」
「エリアもです」
耳が赤くなる。
「そ、そう」
セラが後ろで言う。
「ほう」
「何ですか」
「別に」
ライラが静かに三人を見ていた。
夜。
宿に戻る。
ガルドへ手紙を書いた。
王都のこと。
北方へ行くこと。
窓の外を見る。
三つの月が並んでいた。
レインとの決着。
一区切りだ。
これからは北方。
失踪事件。
魔王軍。
ゼクス。
やることは多い。
でも一人じゃない。
「飯食うぞ!」
セラの声。
「今行きます」
廊下に出ると、ライラが待っていた。
「今日の戦い、見ていました」
「ありがとうございます」
「制御が上がっています」
「ヴェイン様の道を」
「貴方はもっと早く進むかもしれない」
ライラが少し笑った。
「……期待しています」
「プレッシャーですね」
「事実です」
食堂からセラの声。
「遅い!」
二人で歩き出す。
三日後。
北方へ向かう。
その先に何があるか。
まだわからない。
でも。
確かめに行く。
(第十四話へつづく
「王国の危機」)




