第十二話 王国への招聘
第十二話 王国への招聘
王都に来て三日が経った。
宿は大通りから少し外れた小さな宿屋だ。
セラが「安くて飯がうまい」という理由で選んだ。
実際、飯はかなりうまかった。
ライラは最初、宿に泊まること自体に戸惑っていた。
「どこで寝ていたんですか」
セラが聞く。
「森とか、廃墟とか」
「……千年間?」
「千年間」
セラはしばらく黙った。
それから一言。
「タフだな」
ライラは何も答えなかったが、耳が少し赤くなっていた。
四日目の朝。
宿の主人が手紙を持ってきた。
「アレク様宛てに、王宮の使いが届けていきました」
王宮の紋章で封をされた封筒だった。
開く。
中の文章は短い。
『Sランク冒険者アレク=クロウ殿へ。
ご登録の件、王宮にて把握いたしました。
つきましては国王陛下が謁見を望んでおられます。
明後日の午後、王宮正門にお越しください。
――王国宰相室』
セラが横から覗き込む。
「国王直々の謁見か」
「新規Sランクに声をかけるのは異例だぞ」
「レインとの一件が伝わったんでしょうか」
「それだけじゃない」
セラが腕を組む。
「Sランク登録は王宮に報告が行く」
「しかも登録まで二週間」
「そりゃ国王も興味を持つ」
ライラが静かに言った。
「行くべきです」
「王家との繋がりは、これから必要になります」
「ゼクス対策ですか」
「はい」
ライラが頷く。
「大神官は王国宗教の頂点です」
「動く時は王国の権力を使う」
「対抗するには同等以上の後ろ盾が必要です」
僕は封筒を閉じた。
「わかりました」
「行きます」
「問題は服だな」
セラが言う。
「王宮に行くならそれなりの格好がいる」
自分の服を見る。
旅装束だ。
きれいではあるが、王宮向きではない。
「買いに行きますか」
「知り合いの店がある」
「ぼったくられるなよ」
翌日。
セラに連れられて仕立て屋へ行った。
ライラもついてきた。
「必要なものがあります」
そう言って、自分も服を選び始めた。
千年間外套一枚で生きてきた人が、服を選べるのか少し不安だった。
だが。
仕立て屋の主人に任せると、意外なほどすぐ決まった。
「よくお似合いです」
主人が言う。
ライラは鏡の前に立っていた。
濃紺の外套。
白いシャツ。
銀の髪がよく映えている。
「……変ですか」
珍しく不安そうに聞いてきた。
「変じゃないです」
「本当に?」
「本当です」
ライラはもう一度鏡を見た。
そして小さく言う。
「……そうですか」
耳が少し赤かった。
セラが僕の背中を叩いた。
「お前のも決まったぞ」
濃い灰色の外套。
Sランク証章を付ければ十分だ。
「セラさんは?」
「俺は行かない」
「なぜ」
「王宮は苦手だ」
「空気が堅苦しい」
「一緒に来てほしかったです」
「なんで」
「心強いので」
セラが少し黙った。
それから頭をかいた。
「……仕方ないな」
「一着くらい見繕うか」
仕立て屋の主人が大喜びで飛んできた。
謁見の日。
三人で王宮へ向かった。
王宮は巨大だった。
石造りの城。
高い尖塔。
城壁の内側には庭園。
正門には騎士が立っている。
手紙を見せると、騎士が案内してくれた。
長い廊下を歩く。
壁には歴代の王の肖像画。
絨毯が足音を吸い込む。
やがて。
巨大な扉の前で騎士が止まった。
「アレク=クロウ様、同行者二名」
「ご到着です」
扉が開いた。
広い。
村の広場より広い。
両側には騎士。
正面には玉座。
そこに男が座っていた。
初老の男。
落ち着いた目。
髪に白いものが混じる。
国王だ。
そして。
玉座の横に一人の男。
白い法衣。
宗教の冠。
細い目。
穏やかな笑み。
ライラが息を飲んだ。
大神官。
ゼクス。
国王が言った。
「よく来た、アレク=クロウ」
「楽にしてくれ」
頭を下げる。
「お召しいただき光栄です」
「Sランク登録、まことか」
「はい」
「登録二週間と聞いた」
「前例がない」
「たまたまです」
国王が笑う。
「謙遜か」
「それとも本気か」
「本気に近いです」
「正直な者だ」
ゼクスが口を開いた。
穏やかな声。
だが薄い膜のような違和感がある。
「アレク殿」
「噂は聞いております」
「適性ゼロからSランク」
「たいへん興味深い」
「どのような力を?」
目が笑っていない。
「魔法吸収です」
「受けた魔法を取り込みます」
「自分の力になります」
「まあ」
ゼクスが微笑む。
「神からの授かり物ですかな」
「わかりません」
「神の祝福を受けた者は謙虚ですね」
その瞬間。
ゼクスの目が鋭くなった。
僕はその目を見返した。
国王が言う。
「本題に入ろう」
「頼みがある」
「北方で魔王軍の動きが活発化している」
「ダークランサー三体を倒したそうだな」
状況を説明した。
村への襲撃。
三体の討伐。
被害。
国王は真剣に聞いていた。
「同じような襲撃が各地で起きている」
「狙いがわからん」
「陽動ですか」
「あるいは索敵だ」
「何かを探している」
ゼクスが穏やかに言う。
「魔王軍は常に企みます」
「過度な心配は不要でしょう」
国王が一瞬ゼクスを見る。
そして僕へ視線を戻す。
「北方を調査してほしい」
「王国依頼として」
「条件があります」
国王が眉を上げた。
「言え」
「調査結果は陛下に直接報告します」
「仲介は不要で」
沈黙。
ゼクスの笑みがわずかに固まった。
国王は僕を見つめる。
そして。
「……よかろう」
「直接報告を受けよう」
「ありがとうございます」
ゼクスが口を挟む。
「陛下、手続き上――」
「構わん」
国王が短く言った。
「アレク」
「北方を頼む」
「はい」
王宮を出る。
正門を出た瞬間。
セラが大きく息を吐いた。
「堅苦しい」
「来てくれて助かりました」
「俺がいなかったらどうなってた」
「二人で行きました」
「そういう意味じゃない」
ライラが言った。
「ゼクスが来るとは思っていませんでした」
「想定外ですか」
「影響力が想像以上です」
「でも陛下は直接報告を許した」
「はい」
ライラが頷く。
「つまり陛下はゼクスを完全には信頼していない」
「そこが突破口です」
セラが笑う。
「政治だな」
「生き残るには必要です」
歩きながら。
僕はゼクスの目を思い出していた。
穏やかな笑み。
その奥の冷たさ。
値踏みではない。
確認だった。
僕が何者か。
どこまで知っているか。
こちらも同じだ。
「北方調査はいつ出ますか」
ライラが聞く。
「三日後」
「その前にやることがあります」
「何ですか」
「エリアに会いに行きます」
セラが笑う。
「ああ、令嬢か」
「辺境伯家です」
「北方の情報を持っているかもしれない」
「それと」
「それと?」
「約束していたので」
セラが意味深に言う。
「約束、ねえ」
「その顔は何ですか」
「別に」
口笛を吹きながら歩き出す。
ライラが不思議そうに聞いた。
「何の約束ですか」
「王都に来たら訪ねると」
「それだけ?」
「それだけです」
ライラは少し考えた。
「……そうですか」
どこか納得していない顔だった。
夕日が王都を染める。
ゼクス。
北方。
ヴェインの記録。
やることは山ほどある。
それでも。
今日は一つ前進した。
国王との直接ルート。
それだけで十分だ。
明日は――
エリアに会いに行く。
(第十三話へつづく
「初めてのざまあ」)




