夢見の魔女
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『ごきげんよう、みなさん』
聖堂のガラスのような氷のような壁に人影が浮かび上がった。外が透けて見えるようで見えない不思議な鏡面に映し出されたのは黒髪で黒いドレスの女の人だった。年齢は私よりも少し上、大学生くらいに見える。たぶん氷の棺の中に眠る人と同じ人だと思う。
「あんたが夢見の魔女?」
『ええ。そんな風にも呼ばれていたわね。でも私本当は聖女になりたかったのよね』
アビーが憎々し気に問いかけるけど、夢見の魔女は意に介した様子もなくどこか遠くを見てるようだった。
『せっかく異世界に来たのに、残念ながら私には聖なる力が無かったの。渡り人なのに王子様にも相手にされなかった。だから見返してやるために私は魔法を極めてやろうって思ったの。魔法石を集めたり、時の魔法や夢の魔法の研究、果ては魔法石を作れるようにもなったのよ?』
「あなたは日本人なの?」
異世界とか聖女とかの言葉が夢見の魔女の口から出てきて私は思わず尋ねてしまった。
「ニホン……確かリサがいた国の名前だったっけ」
「うん。夢見の魔女はそれっぽい容姿をしてる気がするんだ」
『ああ、懐かしいわ。ええそうよ。私はもうずっと昔に日本から来たの。でもまさかここが妹が書いた小説の世界だなんて当時は思わなかったけど』
「え?妹が書いた小説?!」
『それに気が付いたのはハーヴェイ=リルト・コスモスとセシル・ヴァン・クロフォードが生まれてからなの』
「僕と殿下が……。リサの言ってた小説……予言の書のことか」
驚きが連続でやってくる。えっと混乱してきた。時系列ってどうなってるの?小説って私達が小学生くらいの時に書かれたものだったよね?夢見の魔女っていつの時代の人???
「ちょっと待って!今魔法石を作り出すって言ったわね?」
それまで黙って会話を聞いていたチェルシーが夢見の魔女に尋ねた。
『ええそうよ。凄いでしょう?』
「じゃあ、この聖堂にあの棺はまさか……すべてあなたが作り出した魔法石なの?!」
夢見の魔女はにっこりと微笑んだ。ええ!この建物全部?!こんな大きな魔法石って作れるの?!私は周囲を見回した。氷でもガラスでもなかったんだ。
「凄まじいな……」
セシルが私の手を握る力を強めた。セシルが焦ってる?凄く珍しい気がする。あれ?さっきから少し寒くなってきた気がする。風が遮断されてるのにおかしいな……。
「この聖堂すべてが魔法石であり媒体……そしてあの棺……あれも魔法石?」
チェルシーが呟きながら考えをまとめてるみたい。棺、そうだ!さっきから気になってること聞いちゃおう。
「ねえ!あの魔法石の中にあるのはあなたの体なの?あなたは死んでしまったの?」
『そう。あれは私の体。生きてはいないけど死んでもいないわ』
「???どういう意味?」
『…………』
それ以上は答えてもらえないみたい。
「成程……。元々の強大な魔力に加えて、自身の体を使った捨て身の魔法って訳ね。どおりでこの私が魔力を封印されるわけだわ」
チェルシーの頬を一筋の汗が伝う。余裕のないチェルシーの表情に不安が大きくなってくる。アビーも同じような表情をしてるし、振り向くとチェンバーズさんまで苦い顔で魔法剣を握りしめてた。
「そこまでの力がありながらどうして私達の侵入を許したのかしら?」
アビーの言葉にハッとなる。そうだよね。そんなに力があるなら扉を開けさせないことも簡単なはずなのにどうして?
『ちょっと力を使いすぎてしまって休んでたの。一度全部壊してやり直そうと思って魔物達をたくさん呼び寄せたから。みんなで邪魔するんだもの。酷いわよねぇ。…………特に邪魔なのは水樹里紗さん、貴女よ』
夢見の魔女の雰囲気が変わった。冷たく刺すような視線に体がすくんだ。力が抜けそう……。そうだった。この人は私をこの世界から排除しようとしてたんだった。
「リサ!」
セシルが私の前に立って、夢見の魔女の視線を遮ってくれた。
『もう一度やり直せばまた新しいコスモス王国が生まれて、新しいハーヴェイとセシルが生まれてくるはず。七人の魔女もね。そうよ。悪い魔女も出てこないし、魔女の数も足りないのよね。この世界は出来損ないだわ。こんな世界じゃ妹が悲しむわ。ちゃんと初めから作り直さなくちゃ』
「…………この魔女、頭がおかしいんじゃないの?そもそも私達を洗脳して悪い魔女に仕立て上げなくちゃならない時点でダメなんじゃない」
ぶつぶつと呟き続ける夢見の魔女の姿に恐ろしいものを見る視線を向けるアビー。
「この世界の神にでもなったおつもりなのでしょうね」
不穏な空気を感じたのかチェンバーズさんもチェルシーの前に進み出た。
『そうよ。やっぱり邪魔なのよ。せっかくヒロインとして呼んだのにハーヴェイを選ばない鈴木桃佳も、モブのくせにセシルをたらしこんでシナリオを邪魔する水樹里沙も!』
「下品な言い方をしてリサを貶めるのは許さない!」
セシルが剣を構えて炎をまとわせた。
『悪役令息キャラのくせに余計な自我を持つんじゃないわよ、セシル=ヴァン・クロフォード』
「何っ?!」
剣の炎が消えて光が失われた。剣を構えられなくなったらしいセシルが腕を下ろしてしまう。
「力が入らない……」
「セシル?大丈夫?!」
「リサは大丈夫?」
セシルの体から力が抜けて膝をついてしまう。慌てて支えたけど、おかしい気がする。見ればアビーもしゃがみ込んでるし、チェルシーもチェンバーズさんに支えられてる。そのチェンバーズさんも苦しそうな顔をしてる。何が起こってるの?
『うふふ。魔力が戻ってきたわ』
「なんてこと……。うかつだったわ。魔力が吸い取られてる」
チェルシーの魔力が封印されたって言ってたけど、もしかして魔力を盗られちゃってたの?氷の聖堂の中がオーロラ色に輝き始めた。
「リサ、逃げろ……」
「セシル?何言って……え?!」
セシルの足元からオーロラ色の魔法石の床が盛り上がってきてる。あっという間に膝の部分まで魔法石で固められたようになってしまった。
「なにこれ?!」
バットを出してセシルの足元の石を叩くと砂のようになって消えていく。セシルを支えて移動するけどまた同じように床がセシルの足を捕まえにくる。
「僕のことはいい!早く逃げろ!頼む!」
セシルが叫んで私を押しのけようとしてくる。
「そんなことできないよ!」
助けを求めてアビーの方を見るとアビーの方も似たような状況だった。チェルシーもチェンバーズさんも、魔法や剣で足元の魔法石を振り払ってるけど、魔法石が足を這い上がって来る速度がどんどん上がってとうとうみんな捕まってしまった。
「そんな……」
魔法石の彫像のようになってしまったセシルを前に私は座り込んでしまった。どうして私だけ何ともないの?どうしたらいいの?
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