聖女と魔女
来ていただいてありがとうございます!
「ちょっと待ってセシル……」
「いやだ。待たない」
二度目の魔物騒動の後、世間様から忘れられたままの私は懐かしい森のお屋敷に戻ることになった。だけどちょっと困ったことがあって……。何故かセシルがずっとくっついてきて離れてくれないんだ。幽体離脱(?)事件のせいでかなり心配をかけちゃったから、私から目を離すのが不安なのは理解できるんだけど、トイレにまでついてこようとするのはやりすぎだと思う。そういう時はチェンバーズさんに何とか押さえてもらってる。さらに困ったことにはそばに誰かがいても、とても過度なスキンシップをしようとしてくる……。軽いキスは当たり前。手、頬、額、もちろん口にも。それから首筋や肩の方にまで。恥ずかしいからやめてほしいってお願いしても、さっきみたいに断られてしまう。
視線でチェンバーズさんに助けを求めたけど、ちょっと呆れたようにため息をついて首を振り、微笑みながら居間を出て行ってしまった。ちょっと待って!チェンバーズさんが止めてくれないと他の誰もセシルを止められないんだけど!目で訴えたんだけど通じなかった……。
「あ、あの、セシル?ひゃっ……んん」
セシルの唇が頬から耳に移動して、くすぐったくて変な声が出ちゃった。
「かわいい……いっそこのまま結婚しようか」
耳元で甘くささやかれて頭がクラクラしてくる。
「ダ、ダメだよ。まだみんなの記憶が戻ってないんだから」
クロックフォード侯爵、つまりセシルのお父さん、それにお母さんやお兄さんにも忘れられちゃってる今の状態で、貴族令息のセシルと結婚なんて無理だと思うんだ。
「僕にとってはその方が都合がいい。だってリサを独り占めできるから」
「だから無理だよっ……ってちょっと、そんなに寄りかかったら倒れちゃうでしょ!」
「倒してるんだし……」
ど、どうしよう、こんなのどうしたらいいの?
突然だった。
「お邪魔するわよ!」
何故か天井から声が響いて来た。そして降って来る影が三つ。何処から来たの?アビー、シビル、フィロメーラさん、それに桃佳まで!
「私もお邪魔させてもらうわね」
チェルシーが普通にドアから入って来た。後ろにはチェンバーズさんがいるから、たぶんチェルシーは普通に訪問してきたんだと思う。
「…………本当に邪魔だな」
殺意のこもったセシルの視線と声が怖い。
森のお屋敷の居間は一気に賑やかになった。テーブルにはお茶とたくさんのお菓子が並べられてちょっとしたお茶会みたい。
「今回のことは皆さんのおかげでとても助かりましたわ。本当にありがとうございました。私とモカ様だけでは手に余りましたから」
フィロメーラさんはお礼を言うと優雅にお茶に口をつけた。実は南の魔物の大群を倒した後、私達はアビーとシビルの魔法で北の荒野へ転移して、みんなで協力して北の魔物を倒したんだ。転移魔法って便利だね。今度教えてもらおうって思ったよ。
「あんた達がさっさといなくなっちゃうから!みんな大騒ぎだったのよ?魔物を倒した魔女達ともう一人の聖女様が消えた!って」
桃佳は私が焼いたチョコのクッキーを一つ口に放り込んで、少し驚いたように口を押えた。あれ?美味しくなかったかな?
「そうですわね。ハーヴェイ殿下なんてリサ様のことをまだ気になさってらっしゃいますわ」
「でもまあ、助かったわ。ちょっと魔物の数が多くて手こずってたから。フィロメーラがどうしてもお礼をって言うから私も来たの」
そう言うとまたチョコのクッキーを一つ食べた。あ、気に入ってくれてたみたい。良かった。
「まさか、ハーヴェイ殿下にリサのことを教えたりは」
「しておりませんわ。リサ様に関する記憶が消えたのは間違いなく魔法によるものですから。今は無駄に混乱を招かぬようリサ様のことは他の人間には伏せておいた方がいいと思います」
フィロメーラさんの答えにセシルは安心したように息をついた。
「あんな所に長居は無用よ。とりあえず用が済んだんだからさっさと帰りたかったのよ。あら、流石侯爵家ね。いい香り。上質なお茶とお菓子だわ」
アビーは香りを楽しむようにカップを口元へ運んだ。その横ではシビルが小さな焼き菓子をリスみたいにかじって頷いてる。
「こちらにある焼き菓子のいくつかはリサ様がおつくりになられたんですよ」
チェンバーズさんは空になったカップにお茶を注ぎ入れてくれた。
「そういえば里沙ってこういうの得意だったよね」
桃佳はチョコクッキーの隣にあるスノーボールクッキーを一つつまんだ。
「得意ってほどじゃないけど料理は好きな方かな」
なんか桃佳と普通に話せるのって久しぶりで嬉しい。
「へえ、なるほどね」
それまで静かにお茶を飲んでいたチェルシーがチョコクッキーをまじまじと見つめてる。
「どおりでね」
「どうかなさいましたか?チェルシー様」
チェンバーズさんがチェルシーのお兄さんで使い魔だってことは聞いたけど、とりあえず今の所はセシルの従者という立場を崩すつもりは無いみたい。
「セシル・クロフォードが緑の魔女の元にいても影響が無かったのが不思議だったのだけど、たぶんこれのせいね」
チェルシーはクッキーを一口かじった。
「え?どういうこと?」
「セシルはすでにリサの使い魔としての仮契約を結んでいたようなものだったのよ」
「つ、使い魔?!どういうこと?私が作ったお菓子がなに?私って魔女だったの?」
自分を聖女だとは思ってなかったけど、魔女ってどういう事?
「落ち着きなさいな。リサが作ったこのお菓子にはリサの魔力がこもってるわ」
「え?!そうなの?普通に作っただけなのに……」
特に魔法を使ったり魔力を込めたりしたこともないけど、このお菓子を食べたせいでセシルは私の魔力をたくさん取り込んでしまったらしい。ということは、ジェフさんやアンさんやダイアナさんも??あとチェンバーズさんにも食べてもらってたよ?
「お兄様は元々私の使い魔だもの。影響はないわ。でもその人達の中に魔力量が多い人がいれば少なからず影響はあるかもしれないわね」
「う、そうなんだ……。なんかごめんね、セシル」
「別に何も問題ない。僕は元々リサの虜だからね」
「セ、セシル!」
真面目な顔で恥ずかしいことを堂々と言わないで欲しい……。
「そんなことよりも、その言い方だとまるでリサが魔女みたいに聞こえるけど?」
「魔女も聖女も魔力量が多い女性のことですわ。使う魔法の種類が違うだけなのですよ」
フィロメーラさんが補足してくれた。
「そうなんだ……」
「少し納得がいかない。リサは魔女というよりやっぱり清らかな聖女だ。いや、女神かもしれない」
「セシル、やめて……」
だから表情を変えずに恥ずかしいことを言わないで欲しい。
この世界では聖女っていうのは魔女の中でも特に聖なる力、魔を祓う力、破邪の力、それに治癒魔法とかに特化した才能を持つ存在に対する特別な呼び方なんだって。だから広い意味では魔女。つまり私も桃佳も魔女ってことらしい。
「いいえ私は聖女よ。そこは譲れないわ」
桃佳はこの世界を舞台とした物語の主人公としてここにいるんだもんね。もうその設定ぐちゃぐちゃになっちゃってるけど。桃佳はルーク王子と結ばれて王様と王妃様になりたいんだっけ?それにしても自分が魔女だったなんて、ちょっとショック。それにこの世界でもただのモブだと思ってたからちょっとびっくりだった。
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「先程から何を拗ねてらっしゃるんです?坊ちゃん」
「せっかく二人きりだったのに……」
セシルはソファのひじ掛けにもたれて不貞腐れていた。けれど楽しそうに魔女やモカと話すリサから視線は外さない。
「リサは他の奴らとばっかり喋ってる」
「はあ、何と子どもっぽい……やっぱりまだまだ坊ちゃんですねぇ。我々使い魔は主の為に己を犠牲にして行動せねばなりませんよ」
「僕は使い魔じゃない。リサの恋人で婚約者だ。けどリサの為なら僕にでも何でもなるけどね」
小さく交わされる会話はセシルの最愛の少女には届かない。チェンバーズはその言葉を聞いて満足そうに微笑んだ。
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『どうしてうまくいかないの?全部壊してやり直そうと思ったのに…………』
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