雪の夜
来ていただいてありがとうございます!
※セシル視点です
「リサがおかしい」
「そうですねぇ。確かに今日もとても眠そうでしたね」
「やっぱり王宮での舞踏会には参加させない方がいいかもしれない」
「心配ですからね」
「ああ」
「リサ様の聖女の正装、お美しかったですからね。心配ですよね」
「…………そういう意味じゃないぞ、チェンバーズ」
「おや!そうでしたか。それは失礼いたしました」
チェンバーズは悪びれずににっこりと笑ってお茶のお代わりを僕のカップに注いだ。
年の瀬も押し迫った頃、ステラ学園は冬休みに入ったというのにリサと僕は城に呼び出された。朝から聖女の式典の衣装合わせと簡単なリハーサルをするということだった。もう一人の渡り人モカ嬢が最高級の白絹に金糸の刺繍がふんだんに施された豪華なドレスを身につけて現れた時、一緒にいたルーク殿下やメイドたちから歓声が上がった。僕も確かに美しいと思ったがそれだけだった。そしてその後にやや自信なさげに恥ずかしそうにリサが現れた時、心臓が止まるかと思った。
モカ嬢のドレスと同じデザインのドレスではあったけれど印象は正反対だった。リサのドレスは同じく白絹に銀糸の刺繍が施され、パールが散りばめられた清楚なものだった。普段は元気で明るいリサが身につけると女神のように見えて、一瞬言葉を失ってしまった。
「大丈夫かな?おかしくない?」
リサはとても心配そうだった。
「全然おかしくないよ。悔しいけど僕が贈った舞踏会用のドレスと同じくらいリサに似合ってる」
僕がそう言うとリサはホッとしたように笑った。可愛らしい。
その衣装のまま、神官や女官たちにあれこれ指示をされて式典のリハーサルは滞りなく終わった。やっと解放された時には午後になってしまっていた。リサは疲れたようで今は部屋で休んでいる。正直リサのあの姿を衆目にさらすのは不本意だった。心配もある。だけど今一番心配なのはリサの体調の方だった。
「リサ様、夕食にも下りていらっしゃいませんでしたね」
「ああ、城で余程気疲れしたんだろう」
夜の勉強と魔法の訓練を終えた僕は自分の寝室で眠る支度をして、読んでいた本を閉じた。
「アンとダイアナが夕食を部屋にお持ちしましたが、よくお休みのようだったのでそのままサイドテーブルに置いておいたそうです」
「……そうか」
やっぱり少しおかしい気がする。
「チェンバーズ、明日は……」
「はい。医師の手配をしておきます」
チェンバーズもリサの様子が気になっていたようだ。
「ああ、頼む。リサは必要ないって言うだろうけれど、一度診てもらった方がいい」
「そうですね。ではお休みなさいませ、坊ちゃん」
「ああ」
チェンバーズには何度も坊ちゃんは止めてくれと言ってきたが、全然直されないのでもう諦めていた。彼の中では永遠に小さい坊ちゃんのままなんだろうな。
リサの中でも僕は弟のようなもののままなんだろうか。リサからの返事はまだない。たとえリサが僕を男として愛してくれなくても、僕はリサを手放すつもりは無い。このまま婚約を続ければいずれはリサは僕の妻になる。最初はそれで良かったんだ。でも今は……。リサの心が欲しい、そう思ってしまっている。
「欲が出たかな……」
魔女の呪いに苦しんでいた時には思い描けなかった未来。愛する人と共に暮らす日常。
「リサがいい……」
僕は寝返りをうった。そういえば今日は夕方から降り始めた雪がまだ降り続いている。明日はかなり積もるだろう。僕は体調が良ければ一面の雪景色の中をリサと散歩しようかと考えながら眠りについた。
コンコンッとドアを叩く音がする。すぐに意識が覚醒した。
「こんな深夜に誰だ?チェンバーズか?」
もしそうなら余程の非常事態だ。僕は枕の下の魔法石を握りしめた。
「まさかまた魔女の使い魔じゃないだろうな……」
リサのおかげで魔女の呪いは解けている。けれどリサが言うには僕は魔女に狙われやすいらしい。あの緑の魔女のしつこさを思い出して嫌な気分になった。上着を着てそっと寝室のドアに近づく。
「誰だ?……リサ?!」
ドアの外にいたのはリサだった。裸足で薄い夜着のまま。
「どうしてこんな……とりあえず中へ風邪をひいてしまう」
廊下の冷たい空気が入ってくる。僕は慌ててリサを部屋の中へ入れた。その間リサは一言も喋らなかった。
「冷たい……。いつから廊下にいたんだ?」
リサに上着を着せかけて抱き寄せた。体が冷えてしまっている。
「……お母さん、帰ってこないの」
「え?」
「この雪で電車が止まって帰ってこれないから」
「リサ?何を言ってる?デンシャって何?」
僕はリサの顔を覗きこんだ。
「泣いてると思って……」
「リサ?うわっ!!」
「お姉ちゃんと一緒に寝ようね」
抱き着かれてベッドにそのまま倒れこんだ。
「リ、リリリリリサッ?もしかして寝ぼけてるのか?」
もがいてリサの腕から逃げ出そうとするけど、意外に力が強くて抜け出せない。いや、逃げたいわけじゃないけれど、このままじゃ色々ともたない気がする。何故ならリサは僕の頭を抱えるように寝てるから……。
「大丈夫だよ」
「全然大丈夫じゃない……」
「お姉ちゃんがいるからね」
「僕は弟じゃない」
「うん。知ってる……」
「本当にわかってる?リサ」
「…………」
僕は男なんだよ?寝息をたてはじめたリサの背中にそっと腕を回して抱きしめた。
「それで?夜這いをかけられたのに、結局別室でお休みになられたのですか?」
はあ、情けないとでもいうようなチェンバーズの顔に僕はイラついた。
「様子がおかしいリサに何かするわけにはいかない」
「坊ちゃんは真面目でいらっしゃる」
「リサを傷つけるのは嫌だから」
僕が欲しいのはリサの心だから。あのぬくもりはすごく惜しかったけれど……。
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