捕まえた
来ていただいてありがとうございます!
「捕まえたぁ!」
「ちょっと何?何の用なの?!」
「今日こそ話を聞かせてもらおうじゃないの!桃佳!」
まだ雪がちょっとだけ残る校舎。魔女の騒動のせいで登校してくる生徒は少ない。ステラ学園は事件を受けて魔法による防御が強められることになった。それまでは学園内を王宮の兵士さんや魔法兵士さん達が巡回してくれてるから、たぶん今までで一番安全な場所になってると思う。
ステラ学園では時々男女別の授業があって、主にマナーの復習や女の子の為の授業や調理実習なんかがある。いつもは出席しないでセシルの教室の近くで待機してるんだけど、今は警備の目が光ってるから大丈夫そうってことで出席することにしたんだ。
今日は調理実習の日。料理なんて貴族令嬢に必要ないって出席しない生徒も多いけど、そんな中珍しく桃佳が調理室に来ていた。ウキウキした表情でエプロンを付けて調理台の上の道具や材料を見てる。今日の実習はベタだけどクッキー。グループ実習じゃなくて一人一人に調理台があって完全に一人で作業できる状態になってる。さすがは王族貴族の為の学園だよね。私は楽しく手早く調理をすませ、桃佳が調理を終えるのを待って捕まえたのだ。今日は取り巻きのご令嬢達もいなくてラッキー!使ってない教室へ桃佳を引っ張り込んだ。
「は?ストーリーも何も、アンタが悉くその邪魔をしてるんじゃない!もうすでに台無しよっ!大体なんでセシルを助けちゃうのよ!」
桃佳はそんな非道なことを言ってくる。
「な、セシルが魔女に捕まればよかったっていうの?!そんなのっ……」
「大丈夫なの!主人公がいるから。結局最後には私が魔女の呪縛を解いて、セシルは改心出来て、こっち側に戻って来るんだから!」
桃佳は自分の胸に手を当てて威張ってる。
「そんなの酷いよ!セシルはもう何年も苦しんできたんだよ?それに、アビー、時の魔女だってやりたくも無いことをやらされてたんだよ?これってこの世界が小説通りにしようとしてきてるってことなんじゃない?」
私は桃佳に自分の推論を話してみた。
「そんなの知らないわよ!大体そのアビーが嘘を言ってるのかもしれないじゃない!」
「とてもそんな風には見えないよ……」
絶対に嘘なんて言ってないって言いきれないのが辛い。全部私のカンなんだよね。
「いい?魔女っていうのはね、自分の欲望に正直なの。それは善性の魔女と言われてる陽光の魔女も緑の魔女も同じ。コスモス王国の秘宝の魔法石は別名『無限の魔法石』って呼ばれてて、魔法を使う者からしたら喉から手が出るほど欲しいものなの!なんでも望みが叶うとかって。売れば外国でも高値がつくらしいわ。っていうかそういうすごいお宝って設定なの!」
呆れたことに桃佳は秘宝がどういうものなのかあまり良く分かってないみたいだった。小説にも曖昧な記述しかなかったのかもしれない。ああ、桃佳に勧められた時にちゃんと読んでおけばよかった。
「主人公の真摯な姿に心動かされて魔法石が主人公を主と認めるのよ。主人公はその力で愛する人と共にコスモス王国を平和に導くの!」
「じゃあ、最終的には桃佳がその無限の魔法石の持ち主になるんだね。桃佳はルーク王子様とこの国を守っていくってことね」
「……本当はお話では主人公はハーヴェイ王子と心を通わせて結ばれるんだけど、私ハーヴェイはあんまり好みじゃないのよね。私は断然ルーク推し!私はルークを国王様にして王妃様になるの!」
桃佳はクッキーの入った包みを胸に抱き締めた。ああ、そんなに力を入れたら中身が割れちゃうんじゃないかな……。
「そ、そう……」
自分だって小説の内容ガン無視する気なんじゃない。そうは思ったけど言ったらうるさそうだから口には出さないでおいた。
「ステラ学園に隠された無限の魔法石を見つけて守り、闇落ちした親友のセシルを主人公とハーヴェイが救い出して魔女の野望を食い止め、外敵からも王国を守るっていうのが本来のストーリーよ」
「魔女の野望って?」
「時の魔女は永遠に時間が止まった世界をつくるって小説で言ってたわ」
「『時の魔女』っぽいね」
アビーは幼い少女の姿をしてるけど、本当はもっと年齢が上なのかもしれない。
「氷の魔女は前の襲撃の時に氷に閉ざされた楽園をつくるって言ってたわね」
「ああ、もふもふのための世界ね」
「もふもふって何?なんのこと?」
「シビルは氷の大陸にいる動物が好きなんだって。特に氷うさぎ」
「…………コスモス王国をうさぎでいっぱいにしたかったのかしら」
桃佳は顔をひきつらせたけど、私はちょっと見てみたいなとか思っちゃった。でもそこまで寒すぎると人間が生きづらいよね。
「でもシビルはもう氷うさぎの里をつくる土地も自分で用意してるみたいだから、王国にこだわりはなさそうだったよ?あの黒い闇に包まれると自分の欲望が肥大化されちゃうのかな?」
「黒い闇?小説でそんな描写なかったけど」
「二人とも闇に包まれてて、私が吹っ飛ばしたら晴れて正気に戻ってたよ」
「そんなの私知らないわ」
「え?」
桃佳にはあれが見えてなかったの?
「もういい?そろそろルークにクッキーを渡しに行きたいの」
桃佳は爪を弾き始めた。あ、まずい。これはかなりイライラし出したみたい。珍しく私の話を聞いてくれてるんだからあともう少し!
「ちょっと待って!魔女ってあと三人だけだよね?」
「そうね。でもはっきりと正体がわかってるのは四人だけよ。氷の魔女と他の三人は小説には出てきても無いんだから」
「ええ?!」
「とにかく、私は魔女との戦い以外でも外敵や魔物との戦いもあるし、そっちで点数を稼いで何が何でもルークを王様にしてみせるんだから!邪魔しないでよね!もう王宮には来ないで!」
「あ、待って!セシルに小説の事話してもいい?」
「……好きにすれば?アンタのセシルなら信じてくれるかもね」
桃佳は少し意地悪く笑うと教室から出て行ってしまった。
「捕まえた」
ニコニコ顔のハーヴェイ王子。いやちょっと待って。セシルはハーヴェイ王子に呼び出されて二年生の教室へ行ったのにどうしてここにこの人がいるの?焼き上がったクッキーを持って自分の教室へ戻ると私の机の上に手紙が置いてあった。
『ごめん。ハーヴェイ殿下に呼ばれたからちょっと行ってくる』
って。で、待ってたらその当人がここへやって来たという訳。おかしいよね?
「何かご用ですか?」
警戒しつつ尋ねるとハーヴェイ王子は苦笑いを浮かべた。
「そんな顔しないでよ。二人で話がしたかっただけなんだ。僕、今フリーなんだよね。どう?保護してあげるから乗り換えない?」
軽っ!王子様というよりナンパ師みたい。
「そのお話なら前にもお断りしましたよね?私にはセシル様が……」
「でもリサ嬢はセシルが好きな訳じゃないよね?」
う、痛いところをつかれた。
「わ、私はセシル様のことが好きですよ」
「弟みたいに?君、元の世界に弟がいるんだってね」
桃佳の奴、私のことを勝手に喋ったのね!
「君はとても面倒見がいいんだって聞いてる。セシルの事も放っておけないだけで特に恋してる訳じゃないでしょ?」
その通りだった。
正直、自分の気持ちがよく分からない。私は桃佳がルーク王子を見つめてる時みたいにはなってないような気がする。
私はお城での事情聴取の後、帰りの馬車の中でのセシルとの会話を思い出していた。
『嬉しかった。リサは王宮へ行ってしまうって思ってたから』
『そんなことあるわけないじゃない』
だって私の推測が当たってるのならこれからも魔女はセシルを狙ってくるかもしれないんだもの。
『ありがとう。……でもリサが僕を好きじゃないってことはわかってる』
『私は、セシルのこと好きだよ』
『それは僕がリサを好きなのとは違う「好き」だよね』
『それは……』
否定できなかった。だってよく分からないんだもん。今までの人生彼氏もいたこと無いし。
『あの時の返事は急がない。今は婚約者としてそばにいてくれればいい』
『セシル』
『でも、これからは本当に遠慮しないから』
っ!うわぁぁっ!その後の事も思い出しちゃった。……またキスされたんだよね。
「リサ嬢?顔が赤いね。大丈夫かい?」
いつの間にかハーヴェイ王子が近づいて来てた。驚いて飛びのいて周囲を見回すと教室の中には誰もいなくなってた。元々登校してる生徒が少ないし、授業が終わってみんなすぐに帰っちゃったんだろう。
「リサ嬢?そうだ、僕もリサと呼んでも?」
そう言ってハーヴェイ王子は私の手を掬い上げた。引っ込めようとしたその手を掴まれて距離を詰められた。ゾッとした。この人は魔女じゃないし普通の人なのに。触られてるのが嫌だった。
「困ります。私はセシル様の婚約者ですから」
嫌だ。これじゃ私がセシルを盾に使ってるみたい。
「それに私の世界では相手の気持ちを無視して触れるのは犯罪です!」
私は勢いよく手を引いて一歩後ろに下がった。
「あれ?」
浮遊感……。
「リサ嬢!」
慌てたようなハーヴェイ王子の顔が遠のく。そうだ、教室は階段状になってるんだった。私は足を踏み外して後ろに倒れこんでしまってた。かっこつけたのにカッコ悪い……。
衝撃に備えて目を閉じたけど、痛みは来なくて誰かに抱き止められてた。
「セシル?」
「大丈夫か?リサ」
「う、うん。ありがとう」
「これはどういうことですか?ハーヴェイ殿下」
セシルは眼帯を外してハーヴェイ王子を睨みつけた。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!




