ふたたび
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「あのね、ちょっと距離が近すぎると思うんだ」
揺れる馬車の中、セシルは私の肩を抱き寄せて離さない。
「近すぎない。婚約者なんだからこのくらい普通だ」
「そうかな。この世界ではそういうもの?」
「そう」
「っちょっと待って!」
なんとセシルは顔を近づけてきた。私は昨日のことを思い出して顔が熱くなって、セシルの顔を押しのけた。
「こんなに人目のあるところで、何するつもりなの!」
馬車の窓は大きくて、朝の大通りにはたくさんの人が歩いてる。こっちを見てる人もいるじゃない!
「じゃあ、人目が無ければいい?」
なんとか体を離そうとする私をセシルは馬車の壁に追いつめてくる。後ろでシャッと音がしてセシルは窓のカーテンを閉めてしまった。
「ダメ!人目が無くてもダメ」
「どうして?もう二度もしたじゃないか」
「それはっ……あの夜は……さ、最初の時は治療の一環としてだったから……!」
「じゃあ二度目の時は?」
「あ、あれは……」
一昨日の夜から昨日のことが蘇ってきて頭の中がぐるぐるしてきた。
「避けなかったよね?」
まだ十五歳なのに何でこんなに色気があるの?
「そ、それは……」
そんな言い合いをしてるうちに馬車は学園に到着した。
「お預けか……」
セシルは不満そうに口をすぼめた。よ、良かった……。
これは非常によろしくないわ。昨日はびっくりして流されちゃったけど、やっぱりそういうのはダメだよね。ちゃんとお互いに想い合ってる恋人同士じゃなきゃ!男の子だからそういう事に興味があるのかもしれないけど、誰でもいいってものじゃないはず。セシルが好きになった人とじゃないとダメだよね。……今、なんだか胸がちくっとした。……とにかくセシルに説明してわかってもらわないと。
放課後、セシルと私は教職員棟へ向かっていた。いつものように一人で行こうとしたけどセシルが一緒に行くって言い張ったから。
「本当にお茶会へは参加しないの?」
「ああ。僕一人での参加は必要無いから。リサと一緒なら出席するよ。そもそも婚約者同士は一緒に出席するのが当たり前なんだ」
「そうだったんだ。でもそれだとセシルが困らない?」
「困る?何故?」
「だって、他のご令嬢と仲良くなりづらいから」
「……どうして僕が他の令嬢と仲良くする必要がある?僕にはリサがいるだろう?」
「……でも私はただのボディーガードで……えっ?……」
いきなり腕を引かれて壁に押し付けられた。壁とセシルの両腕の中に閉じ込められる形になる。
「セシル?」
「誤解してるみたいだから、ちゃんとわかってもらおうかな」
説明してわかってもらおうと思ってたのは私なんだけど、怒ってるみたいなセシルの瞳の圧が強すぎて何も言えない。
「僕は魔女が憎い。大嫌いだ」
「うん」
それはそうだよね。呪いで何年も苦しめられたんだから。
「……そしてずっと恐ろしかった」
苦しそうな顔に私も胸が痛くなった。親しい人や家族が傷つけられて、ずっと他人と関わらないように生活をしなければならなかった。そして何度もセシルの心を折るための使い魔の襲撃を受けながら、十五歳の夜に魔女の元へ連れて行かれてしまうという絶望への時を数えなければならなかった。それはどれほどの恐怖だっただろう。
「あの夜、王宮の者達がみんな倒れて、僕は本当の絶望を知って……そして一度は諦めたんだ」
セシルのオッドアイが一瞬曇りガラスのように凍り、苦しそうに瞼を閉じた。
「けど、チェンバーズと君が来てくれた」
ふたたび開いた瞳には光が宿ってる。
「呪いは解けて僕は自由になれた。君のおかげだ」
「そんなことは……」
だって私は魔女を思いっきり殴り飛ばしただけなんだよね。まさかあんなに派手に吹っ飛んでいくとは……。無意識に魔力を込めてたのかもしれないけど、自分にあんな怪力があるとは思ってもみなかったよ。呪いが解けたのは良かったけど女の子としてはちょっと複雑な気持ち……。
「…………君の力を利用しようとしたことは認める」
「うん。いいよ。私が役に立つなら、ボディーガードをやろうって思ってる」
怖いよね。またいつ魔女がセシルを狙ってくるかわからないから。でもあのアビーが言ったことが真実ならたぶんもうセシルは大丈夫なはずなんだよね。
「でもそれだけじゃないんだ。君がいなかったら、今僕は僕のままでここにいられなかった」
「魔女に連れて行かれて心を奪われていた?」
「そうだ。恐らく僕の意思など消されてただの愛玩人形のように扱われただろう」
桃佳もセシルは魔女の手下だって言ってたよね。酷い話だわ。
「リサは僕の命と心の恩人だ。……だから僕はリサのものだ」
「え?」
「君が元の世界へ帰りたいと望むなら叶えてあげたいと思ってる。けど、僕はリサのそばにいたい。魔女には囚われなかったけど、リサに捕まってしまったから」
「セシル……」
「僕は君が好きだ」
冷たい突風が吹いてセシルの黒髪を揺らした。私はびっくりしすぎて何も言えなくなってしまった。
「あらぁ!偶然ね。私もリサが好ましいと思ってるわよ!」
聞き覚えのある高い声が渡り廊下に響いた。
「お邪魔だったかしら、ごめんなさいね」
そこにいたのは白髪ツインテールの少女アビー。『時の魔女』だった。
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