始まりの朝
来ていただいてありがとうございます!
目が覚めた時、セシルはもう私の部屋にはいなかった。
あの後なんとかセシルの状態は落ち着いたんだけど、チェンバーズさんは眠ってしまったセシルを部屋まで運んでくれなくて、一緒のベッドに眠ることになってしまった。無駄に広いベッドで良かった。
気まずい……。クロックフォード家の皆さんお揃いの朝食の席で私はセシルの顔を見られなかった。いくら緊急事態だったとしても、まさかあんなことになるなんて。自分から……うわぁぁっ……あれは人工呼吸みたいなものだよ!そう、人命救助だから!………………あとでちゃんと謝っておこう。謝れるかな……。ああ、恥ずかしい……。美味しいはずの朝食の味はよくわからなくてひたすら頭の中はパニックだった。
「父上、今日は学園を休みます」
朝食の後セシルがそう言うと、クロックフォード侯爵は一瞬だけ厳しい表情をしてからまた微笑んだ。
「わかった」
「リサも」
「え?は、はい」
私も休むの?思わず隣のセシルを見上げてしまってばっちり目が合ってしまった。私は慌てて正面に向き直った。でもなんで今日はお休みするんだろう?
学園に行く支度が無くてのんびりと過ごしていたらチェンバーズさんが私を呼びに来た。初めて入ったセシルの書斎。本棚にはたくさんの本。大きな木の机にシックなグリーンの壁紙。光の差し込む窓を背にしてセシルは何かの書類を見ながら難しい顔をしていた。
「坊ちゃん、リサ様をお連れしましたよ」
「ああ、ありがとうチェンバーズ」
「報告書に目を通していただけましたか?」
「ああ。残念だが仕方ないな」
「はい」
セシルとチェンバーズさんはソファに座った私を置き去りにして、二人だけの会話をしてる。私なんでここに呼ばれたんだろう?
「すまない。リサ。待たせてしまって」
「う、ううん!」
うう、まだまともにセシルの顔が見られないよ……。
「さて、リサ様のお話が真実性を帯びてまいりましたね」
チェンバーズさんがお茶を淹れながら私に笑いかけた。どういうことだろう?
「どういうことだ?チェンバーズ」
「坊ちゃん、昨日、リサ様が学園内で魔女に遭遇したとのことです」
そうだった。そのことをセシルにはまだ話せてなかったんだった。
「なんだって!?どういうことだ、リサ!」
「ごめんね、昨日は言いそびれてしまってて。一応先生方とチェンバーズさんには報告したんだけど」
学園の渡り廊下でアビー・アルバーンという女の子と出会ったこと。その子が『時の魔女』と名乗ったこと。時の魔女が自分が何かに操られていたと言ったこと。もうセシルを狙わないと言ってたこと。白い石を貰ったこと。先生達に報告して石を預けてきたこと。を順番に説明していった。
「信じられない……が、昨日の起こった事と合わせて考えると、間違いなさそうだ」
「どういうこと?」
「僕が昨日飲まされた魔女の秘薬は文字通り魔女が作ったものだ。そんなものを一貴族の子女が手に入れ、あまつさえ学園内で他者に使用するなんて本来はあり得ないことだ」
「え?そうなの?」
じゃあ、普段はお茶会は健全な交流の場なんだ。良かった。
「つまり、レモンバーム伯爵家のバックに魔女がいるか、あるいは可能性は低いですがレモンバーム伯爵家が魔女を利用しているかのどちらかでしょうね」
チェンバーズさんによれば、魔女の秘薬なんて普通の薬屋さんには売ってないし、魔女と関りが無いと手に入れられるような薬ではないそうだ。
「学園内に魔女またはそれに従うものが入り込んでいる」
セシルは難しい顔で机に両肘をついた。
「ステラ学園の防御は完璧だとハーヴェイ殿下が仰っていましたが……」
「どうやら大きな穴があるようだな」
「レモンバーム伯爵家に抗議なさいますか?」
「いや。お茶会の後に僕が体調を崩して、登校しなかっただけで充分だろう」
「承知いたしました。ではそのように」
チェンバーズさんはそのまま書斎を出て行ってしまった。
「本当に抗議しなくていいの?その、あんなに苦しい思いをしたのに」
「ああ。大丈夫だ。それに僕も迂闊だったから。…………ゆうべはごめん」
はっ!今、二人きりだ!途端に昨夜のことを思い出して顔が熱くなってくる。
「あああの、私もごめんね。治療とはいえ、あんな……」
恥ずかしくてずっと下を向いてたら、セシルが立ち上がってすぐ近くに立った。
「それともう一つ謝らなければならないことがある」
セシルは私に数枚の紙を手渡した。これってさっきセシルが読んでいた書類だと思う。でもどうして私に?
「それはチェンバーズの報告書だ」
「報告書?」
「ああ。リサが自分の世界に帰る方法を調べさせていた。僕もできる限りの伝手を使って調べたけれど、電車や日本という国は存在しなかった。ただ、電車に関しては魔力を動力源として走る似たような物があるらしいが、やはりまだ試運転中で開発した国の内部でしか走っていないそうだ」
「え?そんなの調べてくれてたの?私そもそも帰れるかどうかなんて考えてもみなかった」
だって普通に帰れないものだと思ってたから。
「リサは帰るつもりがなかったのか?」
セシルは驚いたように私の隣に座った。
「帰るつもりがないっていうか、もう帰れないものだって思ってた」
少なくとも私が知ってる小説とかは異世界へ行ったら行きっぱなしが多かった気がする。桃佳ならそんな方法をしってるんだろうか。何となくあの子も帰るつもりは無い気がする。ルーク王子様のこと好きみたいだし。
「なんだ……そうだったのか。僕はてっきりリサはいずれは元の世界に帰るつもりなんだって思ってた」
「帰れるのなら帰った方がいいのかもしれないけど、現状は無理みたいだね」
私は報告書をざっと読んでみたけど、可能性を否定する言葉ばかりだった。
「家族に会いたいだろう?もう一人の渡り人に会いたがったのは寂しかったからだと……。随分と親し気で楽しそうだった」
「家族には会いたい。たぶんすごく心配してるだろうから。でも桃佳に会いに行ったのはちょっと確認したいことがあったからなの」
「そうなのか?一緒に帰る道を探そうとしているのでは……?」
「ううん。前にも話したけど私達はそんなに仲良くないの。小さい頃はよく遊んでたんだけどね。前に話した時にはもう学園でも話しかけないでって言われちゃった」
「それは酷いな。同じ境遇の仲間なのに。……でも、そうか。リサがそう思ってるのなら、僕も遠慮しなくてよさそうだ」
「え?何のこと?」
「もちろんまだ調査は続ける。けど今後はお茶会には参加しない」
「?」
「リサを諦めなくていいのなら、僕はリサを手放さない」
「??」
「僕と離れられないようになってもらう」
「???」
見つめられて固まっている私を抱き寄せて、セシルはそっと口付けた。
ここまでおよみいただいてありがとうございます!




