金縛りと深夜の訪問者
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体が動かない。夜の闇がのしかかってくるような感覚。小さい頃にはよくあったけど、最近は寝つきがよくて夢も覚えてないくらいだったのに。
えっと、これは頭だけが寝てる状態?それとも何か悪いものが来てる?私の頭の中にはあの白ツインテの魔女の姿が浮かんだ。
暗闇の中、目を凝らす。あれ?首とか頭が動く……。ってことは体の問題の金縛りじゃない?じゃあ、お化けでもいるのかな?なら話は早いわ。さっさと追い払っちゃおう。何とか腕も動かせそう。私は首を上げて自分の体を見た。案の定、厚手の掛布団の上に何かがいる。
「……セシル君??」
何と私のベッドの上に乗ってるのはセシル君だった。なんで?なんで?どうして?
「ね、寝てる?ああ、そっか、部屋を間違えたんだ」
びっくりした……。
「セシル君、ねえ起きて!部屋間違えてるよ!ここ、私の部屋!」
何とか起き上がってセシル君の肩を揺さぶった。なるべく小さな声でセシル君に声を掛けた。こんな所を見られたらまずいよね。それにしてもセシル君って夢遊病だったりするのかな?
「間違えてない」
暗闇の中、水色と薄紫色の瞳が私を見上げた。
「え?」
セシル君の綺麗な細い指が私の頬を撫でた。
「ちょっと限界だから……」
そのまま顔が近づいてきた。
「だから……」
「っストーップッ!!」
枕でガードした。
「ちょっとちょっとちょっと!何するの?」
「キスとか」
「あああ、はっきり言わないでーっ!あと、とかって何?!」
そういうの経験無いんだよ、私って。暗闇に目が慣れてきてだんだんセシルの顔が良く見えるようになってきた。いつもの不愛想な感じは消えてて、瞳が潤んでいて心なしか頬が紅潮してるように見えた。
「あっ」
ひょいっとセシルと私の間にあった枕がどけられ、距離が更に縮まった。
「セ、セシル君、どうしたの?なんかおかしいよ?」
「セシル君じゃない。セシルだ」
「今はそんなこと……ちょっと待って!セシルってば!」
もう声を潜めるとか頭になくて普通に声を上げちゃって、必死でセシルの体を押しのけようとした。でも、華奢に見えるのにセシルの力が強くてあっという間に抱きしめられて、押し倒されてしまった。
「別に僕はおかしくない。僕達は婚約者同士だから」
おかしい人はみんな自分はおかしくないって言う!
「っ!」
なんとか顔を背けたけど耳に熱い息がかかって体がふるえた。
「これは……お邪魔でしたか?」
いつの間にかチェンバーズさんが部屋のドアの所に立っていた。手に持ったランプの明かりに照らされたチェンバーズさんの顔はどことなく楽しそうだった。
「邪魔だ」
「お邪魔じゃないです!」
「うーん、そうですか。では残念ですが、女性の意見を優先で、てぃっ!」
近づいて来たチェンバーズさんがちょっと考えてからセシルに手刀一閃!
「うっ」
セシルは気を失って倒れこんだ。
「はぁぁぁぁぁ…………助かりました、チェンバーズさん」
「いえいえ。ダイアナさんがリサ様の部屋の中で話し声がすると私を呼びに来たんですよ。坊ちゃんだったのならあまり問題無かったですね」
「いやいや問題ありますよね?」
私はセシルの体の下から抜け出して、厚手のストールを体に巻き付けた。
「ちょっと様子がおかしかったんです。なんだか正気じゃないみたいで」
「ふむ、そうですか……」
セシルの顔を覗き込むチェンバーズさんは少し顔を顰めた。
「頬の紅潮、動機も早い。今日はお茶会がありましたか?」
「あ、はい。レモンバーム伯爵令息様主催の」
「成程。これは……魔女の秘薬を使われましたね」
「魔女の秘薬?」
「いわゆる媚薬ですね」
「へ?」
「恐らくお茶会のお茶や食べ物に盛られてたんですね」
「媚薬って、いわゆるあの媚薬ですよね?セシルってまだ十五歳なのになんでそんなものを……」
「既成事実を作ってしまえばあちらの思い通りですからね」
「…………」
学園内で何をしてくれてるの?いや、学園外ならいいって訳でもないんだけど!
「坊ちゃんはあまり甘いものはお好きではありませんし、お茶も口をつける程度で済ますようになさってますから」
「そ、そんなに危険なんですか?学園なのに?お茶会なのに?」
私、そんな場所にセシルを一人で送り出してたの?反省はしたつもりだったけど、まだまだ足りなかったみたい。
最近背が伸びて大人っぽくなったけど、気を失ってるセシルの顔はあどけなく見える。せっかく呪いが解けたのにおっかない世界に一人で放り込んでしまった……。
「夕食も取らずにお部屋に閉じこもってしまわれて……。恐らくずっと我慢なさってたんでしょうね」
「我慢……?」
「リサ様のお顔をご覧にならないように」
「え?私?」
「当然です。リサ様は坊ちゃんの大切な婚約者様ですから」
「えっと、そうじゃなくて」
そういう気持ちが私に向くのっておかしくないかな?でも、小説とかのうる覚えの知識だと、薬を使われると誰でも構わなくなっちゃうみたいな描写があったような……。そっか、近くにいるなら私でも誰でも良かったんだよね、きっと。
「さてこれは少々困りましたね」
「どういうことですか?」
「このまま目を覚まされますと、また同じ状態になるかと思われます」
「ええ?!どうしたらいいんですか?」
「魔女の媚薬は軽い呪いと一緒ですので、解毒または解呪の魔法が必要です」
「じゃあ、魔法を使える人を呼んでくるまでセシルはこのままってことですか?あ、そうだ!チェンバーズさんはその魔法を使えないんですか?」
「解毒や解呪は特殊な魔法ですので私には無理ですね。使える者は限られるかと」
「そんな……他に方法は……」
「坊ちゃんの好きなようにさせて差し上げるのが一番なのですが……」
「それは駄目です!色々と駄目な気がしますっ!!」
「でしたら、やはりここはリサ様の出番ですね」
「え?私、ですか?」
チェンバーズさんの微笑に若干嫌なものを感じたけど、とりあえず話を聞いてみようと思った。
「できません!そんなこと、どっちも」
「そうですか……。でしたらとりあえず坊ちゃんを縛り上げて、朝になるのを待ってから解呪ができる魔法使いを探すことにいたしましょう。その間坊ちゃんにはご不自由をおかけすることになりますが……」
チェンバーズさんの沈痛な声と表情に、私は自分が酷いことをしちゃってるような気持ちになった。
チェンバーズさんの提案は二つ。あの舞踏会の夜のようにセシルを殴って呪いを吹き飛ばす方法。確かに私は悪いお化けとかを追い払うことは出来るけど、悪くない人を殴ったりなんかできないよ。そう言ったらチェンバーズさんはもう一つの方法を説明してくれた。
「恐らく、リサ様のお力は魔を祓う類のもの。であるならば坊ちゃんの体に直接力を流し込めば、呪いは解け、毒は消えるものと思われます」
「魔力を直接流し込む……」
「古来より伝統的な方法がございますよ」
「伝統的な?」
「姫君は王子の口付けで目覚めるものでございます」
「え……?」
それってまさか……。
「対処方法はリサ様にお任せいたしますね」
チェンバーズさんはにこやかに私の部屋から出て行ってしまった。そんな……。私は私ベッドの上で苦し気に眠っているセシルを見ながらしばらくの間途方に暮れてた。
翌朝、セシルはなんとか無事に目覚めることができた。
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セシルは自分を支配する重くて粘りつくような熱に苦しんでいた。お茶会での飲食については細心の注意を払っていたが、わずかにお茶の成分が体内に入ってしまったようだった。体はどんどん重くなっていき意識が一つのことに囚われていった。
お茶会の場にはジェイコブ・レモンバームの妹や他にも数人の令嬢が参加していたが、リサが遅れてやって来た時にだけセシルの心臓はドクンとはねた。それからはリサの顔を見ないように必死だった。
深夜どうにも自分を抑えきれなくなったセシルはリサの部屋を訪れた。駄目だと思っていても歩みを止めることができなかった。高熱に浮かされたような苦しみの中、冷たく清廉な風が自分の体の中を巡り、癒していくのを感じていた。もっと欲しいと縋りついた時、優しい風がふるえた。怖がらせてはいけないと、力を緩めてそっと抱き寄せた。
朝日がさしこんだ部屋でセシルは目覚めた。おかしい。眠る前にカーテンはしっかりと閉めたはずだった。セシルの隣ですやすやと眠る少女の顔をしげしげと見つめる。途端に頭がはっきりとして完全に目が覚めた。勿論昨夜自分がしでかしたことも完全に思い出していた。
セシルはそっとリサの部屋を出て、まだ動き出してない静まり返った屋敷の中を自室に戻ったのだった。
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