接触
来ていただいてありがとうございます!
「今度のはどうじゃぁー!」
「はい」
パキっ。
乾いた音がして短剣の形の透き通った石が真っ二つになった。
「…………」
「…………」
「また駄目かぁぁぁぁぁっ」
黒ローブのおじいちゃん先生の絶叫が響く。
「なんか、ごめんなさい……」
もうこのやり取り何度目だっけ?
私はセシル様がお茶会に出席してる間に教職員棟に出入りするのが習慣になっていた。何でも魔法を使うには媒体が必要で、小さな魔法石のついたアクセサリーを身につけることが多いんだって。そういえば料理人のジェフさんもちいさなピアスを両耳につけてたっけ。おしゃれだなって思ってたけど、あれって魔法の媒体だったんだ。
「次こそはぁぁぁっ!」
黒ローブのおじいちゃん先生は魔法媒体用の魔法道具の研究、作成が趣味で、毎回自信作を勧めてくれては私がそれを壊すのを繰り返してる。
「じゃあ、失礼します」
私は教職員棟を後にして、お茶会が行われてる部屋へ急いだ。
「えっと今日は、レモンバーム伯爵家のジェイコブ様主催のお茶会だったよね」
セシル様に友達ができてるといいなぁ。蓋を開けてみればステラ学園では週一どころか二、三日に一回くらいお茶会が行われてるみたい。その分貴族同士の親交が深まるってことだよね。セシル様にはいいことかもしれない。私は特に招待をされてないし、貴族でもないからよくわからないんだけど。でも今日は何故か私にも来て欲しいって結構圧強めに誘われたから急いでいかないと。セシル様のお茶会での様子も気になるしね。
「ねえ、本当にいいの?セシルを放っておいて」
「え?」
渡り廊下で声をかけられて振り向くと、そこにはまたあの白髪ツインテの女の子が立っていた。
「あなたは誰?この学園の生徒ですか?」
ステラ学園に通って大体に二週間くらい経った。一年生のクラスは二クラスだけで同じ一階の隣り合った教室。目の前のこの子はどう見積もっても一年生だろうと思われた。それどころか下手をすれば元の世界の小学生くらいに見える。この見た目で二年生、三年生っていうのは無理があるんだよね。それにこんなに目立つ外見だったら、見かけたら気づくと思うし。校舎では見たことが無いと思うんだ。それに……。
「あなた、人間ですか?」
なんだろう。前に会った時も思ったけどこの子はなんだか違うって思った。具体的にはどうって言えないんだけど。
「まあ!失礼ね。私はアビー・アルバーン。かつてこのステラ学園の生徒だった者よ」
アビーと名乗ったその女の子は制服のスカートをつまんで綺麗なカーテシーをして見せた。
「……かつて生徒だった?」
「ああ、そうだわ。私のことを時の魔女と呼ぶ人もいるわね」
「!」
無意識に体が動いた。
「ちょっと!いきなり殴りかかろうとしないでよ!」
「うるさい!よけないで!」
こいつが何年もセシル様を苦しめた張本人なんだ。頭に血が上った私は相手が魔女だってことも忘れて素手で殴りかかった。もちろん拳で。
「落ち着いて!今の私を見て!」
「はあ?!あんたのせいでセシル様はっ!」
「おかしくなったの!私の頭の中が!セシル=ヴァン・クロックフォードに出会った時に!」
「そんな言い訳っ!」
時の魔女はふわりふわりと時折姿を消したりしながら私の拳をかわし続けてる。何かの魔法を使ってるのかもしれない。
「ずっと黒い影に取り込まれて動かされてた。あの時貴女に殴られて正気に戻ったのよ!」
「何を……」
確かにあの舞踏会の夜に見た魔女は黒い影だった。
「大体私は大人の男が好きなの!少年趣味は無いわ!」
私はこの魔女の言葉を信用できない。でも一つの言葉が頭の中に浮かんでる。
「物語の強制力」
この世界は小説の世界だから、それはあり得ることなのかもしれない。私は動きを止めた。自分を時の魔女だと名乗ったアビーはホッとしたように渡り廊下に降り立った。
「私はもうセシル=ヴァン・クロックフォードを狙うことはないわ。誓ってね」
「あっ」
アビーの姿が消え始めた!
「ちょっと待って!」
「嫌よ。殴られたら痛いもの。一回で十分だわ。でも目を覚まさせてくれたお礼にこれをあげる」
アビーが消えたその場の床にはダイヤモンドみたいに輝く真っ白い石が残されていた。
お茶会の部屋に着いたのはそろそろお開きになる頃だった。もう一度教職員棟へ戻って今あったことを知らせたんだけど、先生達の反応は薄かった。ステラ学園には防御魔法が施されていて害意のある者は入ってこれないから、私の言葉は信じてもらえてないみたいだった。私は仕方なく魔女アビーが置いていった石を託して引き返したんだ。一応他言無用って言われたけど、お屋敷へ帰ったらセシル様には報告しようと思ってる。
軽くノックをして中に入ろうとドアを開けたら大きな声が聞こえてきて驚いた。
「何故です?クロックフォード様。我々は第二王子を推す仲間でしょう?!我が妹との縁組はハーヴェイ殿下に利すると申し上げているのです!あんな渡り人を騙るどこの馬の骨とも知れぬ娘を由緒ある侯爵家に迎え入れようなどと、正気の沙汰とは思えません!」
「そうですわ!王宮におられる聖女様は大きなお力をお持ちだと覗っておりますが、あのリサ様という方には何の能力もないそうですし、セシル様がお気にかける必要は無いかと」
うわぁ……とんでもない時に来ちゃったよ……。なんてタイミングなの。これも全部あの魔女のせいだわ。お茶会はすでに終わっていたようで、お茶会用の部屋ではメイドさんが片づけを始めていた。そんな中でセシル様が二人の男女に詰められてた。
「言いたいことはそれだけか?」
「っ!」
「…………」
セシル様に睨まれてレモンバーム兄妹は押し黙ってしまった。ああ、セシル様滅茶苦茶怒ってるっぽい。
「クロックフォード侯爵家は別に第二王子派ではない。中立だ。ハーヴェイ殿下には個人的に良き友人としてお付き合いいただいているが、それだけだ」
ここでセシル様はぐっと両手を握りしめた。
「……そしてリサは僕の恩人であり、婚約者だ。貶めることは許さない。彼女を貶めることは僕やクロックフォード侯爵家を貶めることと同義だ。今後我がクロックフォード侯爵家がレモンバーム伯爵家と関わることはないだろう。失礼する」
「セシル様……」
「リサ、来ていたのか。……帰ろう」
セシル様は私の肩を抱いて部屋を出ようとした。
「お待ちくださいませっ!セシル様、わたくし、わたくしは以前から……」
ジェイコブ・レモンバーム様の妹は私達と同じ一年生で確かジェシー様というお名前だ。ふわふわした明るい茶色の髪に空色の瞳の子犬みたいな愛らしい女の子。ジェシー様は瞳を潤ませてセシル様に近づいて来た。この子もセシル様が好きなんだろうな……。セシル様モテモテだ……。
「僕はいつあなたに名前を呼ぶ許可を与えましたか」
「あ……」
セシル様は冷たく言い放つと私の肩を抱いたまま部屋を出た。ちらっと振り返るとジェイコブ様は青い顔をして立ち尽くしていて、ジェシー様は顔を覆っていた。
「セシル様、大丈夫なんですか?あんな強い言い方しちゃって」
帰りの馬車の中で私は一人焦ってた。
「あれじゃ、絶縁宣言です。仲直りが難しくなっちゃいます……」
「君は、あんなことを言われてあいつらと仲良くしろと言うのか?!」
「庇ってくれるのは嬉しいんですけど、実際桃佳と違って私はコスモス王国のお役には立ててない渡り人ですし……。今のところどんな力があるのかもわかりません。セシル様もそれはわかってるでしょう?」
物語の主役である桃佳と違って、おまけでここへ来ちゃった私の能力はおじいちゃん先生の鑑定でも不明だった。ただ魔力量はすっごく多いらしいけど。
「セシルでいい」
片手で顔を覆ったセシル様がやがてぽそりと呟いた。
「え?」
「敬語も要らない」
「でも」
「以前のように話してくれ」
「セシル……」
「あいつらが嫌いだ。僕が魔女に狙われていた時には挨拶すらしようとしなかったくせに……」
両手で顔を覆ってしまったセシル君の背中をそっと撫でた。
私、間違ってたのかもしれない。学園に入れば、お茶会に出れば、みんなと交流していけばセシル君にいい影響があると思ってた……。セシル君はこんなに傷ついていたのに。私の考えを押し付けちゃってたんだ。
「ごめんね、セシル」
結局魔女会ったことをその日はセシル君には話せなかった。セシル君は夕食をとらずに部屋に籠ってしまったから。一応夕食後にチェンバーズさんには話しておいたから、クロックフォード侯爵家の人達には伝わってるはず。
月の無い空。色々と反省したりしてその夜はなかなか寝付けずにいたら、それは突然起こった。しばらく忘れていた感覚……金縛りだった。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!




