ちょっとしぼんだアップルパイ
来ていただいてありがとうございます!
「魔女の襲撃って大変じゃない!大丈夫なの?私も何か……」
「いらない!私の力はすごいんだから!この金色に染まった髪がその証なの」
桃佳が言うには渡り人はこの世界に来て力が覚醒すると体のどこかにその印が現れるらしい。
「だから、悪い魔女退治なんて私一人で十分よ!」
「でも……」
「これは私が主人公の私の物語なの!モブのあんたは元悪役令息とせいぜいモブ生活を楽しめばいいわ!これ以上邪魔しないでよね。それから学校でもあんまり話しかけないで。私はルーク派、あんたは第二王子派、敵よ!敵!じゃあね」
「ちょっと!私は別にどっち王子派とか関係ないんだけど?!」
「はいはい、もう面会終わり―!」
桃佳はそう言うとベルを鳴らしてメイドさんを呼んで私を部屋から追い出した。
「腹立つわー!!」
私はだんっとリンゴを真っ二つにした。今日は学園のお休みの日。リンゴの甘煮を作ろうと思って王都の街でリンゴを買ってきた。学園からの帰り道、店先に並んだリンゴを見てから無性にアップルパイが食べたいんだよね。この世界にも似たようなフルーツのパイがあるんだけど、リンゴたっぷりのおばあちゃんのパイが食べたいんだ。もう本当にぎっしり入ってるやつ。とはいっても私はパイ生地なんて作ったことが無いから、ジェフさんにそれを用意してもらった。ちょっとズルだけど、この世界には冷凍パイシートなんて無いから仕方ないよね。
「それにしても言葉が通じてたり、何となく文字が覚えやすかったり、見たことある食材が多かったり、色々都合よくできてるなって思ってたけど、小説の世界だったからだったんだ」
皮をむいて切ったリンゴと砂糖(この世界の砂糖は薄い琥珀色をしてる)とバターとレモン汁を鍋に入れてコトコトと煮詰めていく。
「セシル君に桃佳との話の内容を聞かれるかなって思ってたけど、それは無かったな」
桃佳との面会の後からセシル君の元気が無いように見える。あの日はハーヴェイ王子に剣の稽古につき合わされて疲れちゃったのかなって思ってたけど、あれから三日、ずっと元気がないみたい。
「っていうか、あの日以来何となく避けられてるような気がするんだよね。何かしちゃったかな、私……」
一緒にはいるけど、話しかけても素っ気なくて呪いが解ける前の段階に戻っちゃった感じ。
「でもご家族とは普通に話をしてるんだよね……。やっぱり私、何かしちゃったかなぁ」
「リサ様、フィリングは出来ましたか?」
「あ、ジェフさん!今冷ましてるところです」
「そうですか。ではこちらがパイ生地になります。魔法で冷やしてありますから」
「わざわざ持ってきていただいてありがとうございます!」
「いえいえ」
実は私がいるのはクロックフォード侯爵家の別館(!)の厨房なんだ。大貴族って離れも大きいんだよね。本館の厨房は流石に借りられなくて、こっちを時々使わせてもらう許可を貰ったんだ。
「いい感じですね」
「はい!美味しそうに焼けました!ありがとうございます!」
「セシル様もお喜びになりますよ、きっと」
「そ、そうですね。まだちょっとお茶の時間には早いけど、焼き立ての方が美味しいから呼びに行ってきます」
アップルパイを食べながらセシル君とゆっくり話せるといいな。何かあるなら謝りたいし。
お屋敷の廊下を歩いていると感情の無い無機質な声が聞こえてきた。
「……相応しい婚約者を改めて迎える。心配いらない」
え?これってセシル君の声?ふさわしいこんやくしゃって、ああ、「相応しい婚約者」かあ……。改めてっていうのは魔女の脅威が無くなった後にってことね。
「……ですが、坊ちゃん。リサ様は……」
「いいから僕の言う通りにしてくれ。僕も色々探してみるから、今から出かけてくる。とにかく二度と魔女にちょっかいを出されたくない」
「了解いたしました」
上着を着て自室から出てきたセシル君に追いかけてきたチェンバーズさん。セシル君、どこかに出かけるんだね。アップルパイは一緒に食べられなさそう。私は慌てて廊下の角に隠れた。何となくそうした方がいい気がして……。胸がドキドキしてる。ああ、そうか……。学園に通うようになって綺麗なご令嬢達が周りにたくさんいるもんね。囲まれて騒がれるのは嫌だろうけど、別に女嫌いってわけじゃなさそうだし。セシル君、ううん、セシル様にお似合いのご令嬢がたくさんいる。私じゃなくても。それに私はあくまでボディーガードだし、期間限定の婚約者。セシル君だって不本意だったんだ。
「わかってたけど、実際セシル様の口から聞くとちょっとショックかも」
別に私のことが好きで婚約したんじゃないんだもんね。
「アップルパイ、どうしようかな……」
私はそのまま別館の厨房へそっと引き返した。まだ湯気の出てる、でもちょっとしぼんだアップルパイを目の前にしてちょっと落ち込んだ。いやいやいや!セシル君が一番大変なんだから、完全に魔女から自由になるまでは頑張らないと!特に今のところ何も起こってないし、セシル君の恋の邪魔をしたくはない。なるべく遠くから見守ればいいんじゃない?座り込んでいた私は気を奮い立たせてまた立ち上がった。
「よし!せっかく作ったんだから、あったかいうちに食べよう!」
「それではお茶を淹れますね」
「うひゃぁっ!」
後ろから声をかけられてすっごくビックリした!変な声が出ちゃったよ。
「チェンバーズさん?!どうしてここに?」
「ジェフさんが声をかけてくれたんですよ。私達をお茶に呼んでいただけるとか」
「あ、はい、えっと、まだ早いしどうしようかなって思って一度引き返してきて……これから行こうかなって思ってて、って私達?」
あ、チェンバーズさんの後ろにセシル君がいる。あれ?出かけたんじゃなかったの?
「菓子を焼いたって聞いたから……」
ちょっとそっぽを向いて頬を赤くしてる。セシル君って割と甘いものが好きなんだね。
ジェフさんがダイアナさんとアンさんを呼んで来てくれて、みんなでアップルパイ(アイスクリーム添え!)を食べてお茶を飲んだ。セシル君とも普通に話せた気がしてちょっとホッとした。でもこういう風に使用人と一緒にお茶したりするのは貴族のお屋敷では普通じゃないらしい。私もこれからは少しセシル君、ううん、セシル様とは少し距離を取ろうと心に決めた。
翌日の放課後に教室で一人のご令嬢がセシル様に声をかけてきた。
「クロックフォード様!ご無沙汰しております。魔女の呪いからの解放おめでとうございます」
ブルネットのツヤツヤなストレートヘアで超絶美人。どうやら二年生らしい。
「…………」
「覚えておいでですか?フォルトナ侯爵家のマリアエルデでごさいますわ。何年か前にお茶会でご一緒いたしました」
「すまないが特に記憶にない……」
ああ、セシル様、そんなぶっきらぼうにしてちゃダメだよ……。
「まあ……残念ですわ。でも!これからは同じ学園の生徒として親交を深めてまいりませんこと?」
おお、積極的!この人セシル様のことが好きなのかな?
「これからわたくしの主催のお茶会を開きますの。よろしければご婚約者の方とご一緒に参加されませんか?」
そうは言うけどこの人全く私の方を見てないよ。セシル様の事が好きで私のこと邪魔なんだろうな。なんでもこの学園内では婚約のし直しは割とよくあることらしいんだ。このマリアエルデさんもそれを狙ってるのかもしれない。……よし、決めた!
「セシル様、私は先生に呼ばれていますので、どうぞお一人で行ってらしてください。私は後からお迎えに参ります。ではっ!」
私はセシル様にだけわかるようにサムズアップ。セシル様が女の子が苦手だとしても、お話もしないでいたら相性もわからないし、恋もできないもんね。
「は?そんな話聞いてないぞ?」
「まあ、それは残念ですわ!ではクロックフォード様だけでも、婚約者の方の許可も下りましたし、参りましょう」
うーん、マリアエルデさんたら全然残念そうな顔してないぞ?
「い、いや、僕は……リサ?ちょっと待て!」
「ではっ。また後程!」
私は手早く荷物をまとめて教職員棟を目指して歩き始めた。
その子は突然目の前に現れた。と思う。
「いいの?それで」
渡り廊下の途中で、あの時の白髪ツインテ―ルの女の子に声をかけられた。
「他の誰かに取られちゃうかもしれませんわよ?」
「取られるって……」
「せっかく呪いが解けたのに、目を離しちゃってもいいの?」
妖艶に微笑みながらすれ違ったその子は、振り返るともうその姿が無かった。
「……誰なの?っていうか何だったの?今の……」
狐につままれた……?何だか胸がざわざわする。
帰りの馬車の中、セシル様は物凄ーく不機嫌だった。唐突にやりすぎちゃったかな。
「あの、セシル様?怒ってますか?楽しくなかったですか?お茶会」
「…………」
うわぁ……まずかったかな?でもやっぱり人ってちゃんと話してみないとどんな人かわからないもんね。この先正式な婚約者を選ぶならなるべくたくさんの人と関わっていかないとだよね。
「一人にしてしまったのはごめんなさい。でも私がいると遠慮して他の女の子達がセシル様と話せないと思って」
「どうして」
「え?」
「どうして他の女性と話をしなくちゃならない?」
「今は私が婚約者をやらせてもらってますけど、いずれ私は必要なくなるでしょう?ご友人は多い方がいいと思うんです」
「……っ」
昨日チェンバーズさんとそういう話をしてたよね?いずれは他の婚約者を迎えるって。その候補を自分でも探そうとしてるんだよね?立ち聞きしてましたとは言えずにいると、セシル様は突然私の手を強く握りしめた。
「セシル様……?」
ちょっと痛いくらいに手を握られた私は、俯いたセシル様の顔を覗き込もうとした。だけどセシル様は顔をそむけてしまってどんな表情をしてるのかわからなかった。勝手なことしたからやっぱり怒ってるのかな……。
重苦しい沈黙の後、セシル様は静かに呟いた。
「わかった。けど、まだ今は……ここに、そばにいて欲しい」
「それはもちろんです!魔女の脅威が無くなるまではボディーガード頑張りますから!」
実は一度教職員棟へ行った後すぐにお茶会の行われてる部屋の前まで行ってずっと廊下で待機してたんだよね。これってボディーガードっぽくない?あの白髪ツインテの女の子に言われたからじゃなくて元々そのつもりだったんだ。だって離れたら身辺警護できないから。
「っ、セシル様……?」
セシル様は指を絡めるようにして手を繋ぎなおし、自分の膝にのせた。え、あれ?これって「恋人つなぎ」ってやつじゃない?人生で一度もこんな風に手を繋いだことない……。しかも男の子と。セシル様の熱が伝わってきてその熱が顔に上がってくるみたいに、ほっぺたが熱くなった。
ここまでおよみいただいてありがとうございます!




