【第5話】黒鉄の門
バイクはやがて、暗い新道トンネルへと入っていった。
天井には真新しい銀色の線路が敷かれている。その敷設作業やトンネル壁の補強工事はシュウリヤたちによって粛々と進められていた。
風を感じる。湿り気を帯びた空気の中に、鉄と油の臭いが混じり、不快だ。
――危ない!
滑るように迫るトンネル奥に、突如として人影が現れた。
ミナトの背中が強張る。
「離すな、コハク!」
短い叫びに、琥珀は反射的にミナトの背へしがみついた。
次の刹那、ブレーキが悲鳴を上げる。
〝キィィィ……ッ〟
耳をつんざく金切り音が狭いトンネルに反響し、車体は泥飛沫を上げて傾きながら停止した。
一拍の沈黙。
琥珀がそっと瞼を開く。
タイヤが水溜まりを蹴散らしたせいで、人影の作業着に泥の斑点を付けてしまっていた。
「悪かった、おっさん大丈夫か?」
「……ああ、命だけはな」
トンネルの床には浮草の広がる水溜まりが随所にあり、辺りには古い井戸の底を思わせるような緑臭さが漂っている。
男は梯子を掛け、天井へと腕を伸ばして作業を再開した。どうやら頭上に新しい線路を増設しているらしい。
「どうしてわざわざ上に線路を張ってんだ?」
ミナトが訊くと、男は振り返りもせずに淡々と答えた。
「さあな、女王様に訊いてくれや。俺たちゃ命令に従って、その日の飯にありつくだけさ。お前らモグラだって似たようなもんだろ? あの方が仕事をくれっから生きてられんだ」
琥珀は、男の痩せ細った背に目を留めた。服の布越しにも、骨で出来た稜線が浮かんで見えている。自分も、これからああやって生きていくのだろうかと、漠然とした不安が静かに胸を締め付けた。
その場所から目的地はそう遠くなかった。
後から取り付けられた鉄製の階段を数段、そして苔むしたコンクリートの狭いトンネルを抜ける。
やがて琥珀たちの目の前に、巨大なゲートが姿を現した。
黒鉄の門。
乾いた泥がこびりつき年季を見せつけている。それは、かつて首都を水害から守るために築かれた、首都圏外郭放水路の巨大水槽へと繋がるゲートだった。
「着いたぞ、ほら、おまえのまんまるいの――」
ミナトは琥珀を下ろし、充電を終えたガジュ丸を差し出した。
たまたま口にした〝まんまる〟という言葉に驚く琥珀。
もともと〝ガジェット〟という名前だったガジュ丸を、幼かった琥珀は〝まんまる〟と呼んでいた時期があった。その懐かしい記憶が胸の奥で弾けたのだ。
「ガジュ!」
『ビビビビビビーーーー』
ガジュ丸が、起動と同時にミナトにむけて警戒音を鳴らす。
『敵! 敵! 琥珀! 逃げろ! こいつだよ! 琥珀を拐ったの!』
その仕草に目を輝かせるミナト。掴んだ球体型ドローンがブルブルと機体をバタつかせている。
「ガジュって言うのか。これ……欲しいな!」
琥珀はガジュ丸をそっと取り上げ、〝ダメ〟と口を動かし、頬を膨らませた。
「ガジュ、ガジュ、良かった! もし充電出来なかったらわたし、また独りになるところだったよ!
それとね、ガジュは誤解してる! わたし達、あのシェルターから助けてもらったんだから!」
琥珀のあまりの激しい口振りに、ミナトは目を丸くした。
「なんだよ、お前めちゃくちゃ喋れるんじゃねぇか」
その時、球体の表面が光り、音声が発せられた。
『通訳モード、起動』
淡い光が波紋のように広がり、ガジュ丸の表面にコンニャクの絵が表示される。
琥珀は恥ずかしそうに、球体にモゾモゾと話しかけ、ふむふむと彼が頷く。その一連はまるで、通訳者を通す外国人タレントのようだ。
『わたし、ガジュを通してなら喋れるの。子供の頃はよくこうやって友達や先生と話してたわ~』
琥珀の声を真似したガジュ丸が話す。多少色付けされたイントネーションだ。
「はは、ガジュ、そんな可愛らしい声も出せるんだ! 最高だな!」
『ねえミナト、
ありがとう。……やっと言えた。
わたし達、あのシェルターから出られなくなっていたの』
「ああ、女王が開けてくれたのさ。
……でも、最初にお前を見つけたのは俺なんだぜ! 俺は地中を這う〝モグラ〟でありながら、地上を探索する〝ハンター〟でもあるからな!」
ミナトの笑顔は絶えない。
こんな破滅的な世界なのに、この人は楽しそうに生きている。
なぜ?
『ミナト……ミナトの生きる意味って、なに?』
彼は、そんな唐突な問いに臆することはなかったが、少しだけ視線を外して答えた。
「……例えばさ、台風の日に学校が休みになるのが嬉しかったり、直下型地震の予言が噂された時は、今か今かって毎日がドキドキで……そんな非日常が昔からたまらなく好きだったんだ。
だから、今のこの破滅的な世界にすごくワクワクするんだよ」
その目が一瞬曇る。
「……それとさ、」
琥珀はその表情をさり気なく覗き込む。
「それと、……女王に安全が保障された世界、お宝さがしのハンターごっこ、最高だろ?」
琥珀はミナトの横顔を見つめ、違和感を覚えた。
この人は〝演じている〟。
女王の話をする度に、その目の奥で野心が光っている――。
ギギギギギギ……
大きな音を響かせながらゲートが下がっていく。
通気口からの風が音を立てて吹き抜け、二人の髪を揺らした。
ミナトが開かれる門をじっと見つめる。
琥珀は、真っ直ぐなその横顔を、
訝しげにじっと見ていた。




