【第19話】ソラの作戦
ミナトがその名を口にした瞬間、円花と一花の瞳の奥で、眠っていた記憶が静かに響動めいた。
『革命派……?』
琥珀が分からない顔をしていると、円花が話し始めた。
「〝革命派〟ってのは……、二人の有志によって結成された、反女王派のことなの。彼らは当初、メトロジェイルの一画を拠点として、女王に抗う意思を掲げたわ。
でも、女王の裁きによって全員が罪人になっちゃって、空に棄てられてしまった。……ねえ、ミナト、まだ生き残りがいたってこと?」
「ああ。劫火の騎士から逃れるため、暴風の地上で生き延びることを選んだ者たちがいた。今も彼らは存在を隠しながら、密やかに息を繋いでいるんだ」
――三年前、地下鉄内の細い路地。
青年が、錆びたドラム缶の上で紙に地図を描いていた。
赤いチョークで線を囲みながら、彼は円花と一花に説明をする。
〝俺たちは、ここに革命派のアジトをつくる〟
しかしその背中は、あの日の混乱の中で煙の向こうに消え、二度と戻らなかった。
目の前の作戦図、その上に引かれた赤い囲み線が、二人にはあの日のチョークの軌跡と重なって見えていた。
〝ジン〟は、もしかしたらまだ生きているかもしれない。二人は言葉にはしない。ただ、一瞬だけ視線を交わし、互いの瞳の奥を確認した。
ソラは指先で、逆さにした東京タワーの図面を叩く。
「まず、A班はミナトと琥珀だ。おまえ達は囮役を担ってもらう」
仰天顔で、首を多めに横に降る琥珀。しかし、ソラの口調にいつもの軽い調子はない。
彼は真剣な表情で図面の一角をなぞりながら、さらに言葉を重ねた。
「トップデッキの放送ブースに着いたら、すぐにオーディオミキサーを起動させてくれ」
「……全市民に、何か放送?」と、一花。ソラはゆるく口角を上げ、無言のままにミナトに視線を送った。視線のバトンを受けたミナトが、とうとう立ち上がる。
「思いっきり歌えよ、コハク! 誰もお前の歌を禁じることは出来ないってことを教えてやろうぜ!
なあ、お前の歌は最っこーだ。
死んだような目をした連中に聴かせてやれ! 生きるための光をな!」
心臓から突き上げるような熱いその一拍を、琥珀の小さな身体が受け止めた。
瞳が煌めきを魅せる。
〝偽りの家族〟……おそらくメトロジェイル市民の大半がそうなのではないか。
そして、心の中に牙を隠し息を潜めている〝革命派〟。彼らのためにも、光を歌いたい。
ミナトのためにも。
そして自分自身のためにも。
だが同時に、胸の中に影が差した。もし人々が歌に触れて立ち上がれば、〝女王派〟との争いは避けられない。
自分の歌がきっかけで血が流れるかもしれない。その恐れと願いが、琥珀の心の中でせめぎ合っていた。
『……革命派を掲げると、すぐに殺されてしまうんでしょ?』
琥珀が質問する。ガジュ丸も眉をひそめ、ついでに自分の意見を言う。
『お言葉ですがミナト様、命を懸けてくれる仲間が大勢いたとして、それらを束ねる覚悟をお持ちですか?』
ミナトの眼差しは、深く、重く、そして揺るぎなかった。
「……俺の兄さんの名はカイト。女王に殺された、〝革命派〟の創立者さ」
その発言に全員が息を呑む。
「そして円花、革命派を立ち上げたのは二人じゃない。公にはしていないが裏にもう一人いたんだ」
ソラだけが目を閉じ、にんまりと一つ頷いた。ミナトが続けた。
「俺さ」
琥珀はハッとした。ミナトに出会った頃に感じていた違和感が浄化されていく。
「そして兄さんから引き継いだんだ。革命派の総指揮官をね」
やはり彼は〝演じていた〟。
革命派でありながら表向きは家族を演じ、兄の仇をとる機会をひたすら窺っていたスパイだったのだ。
〝嘘は罪〟その言葉を紙一重に、女王のすぐ傍で……何年も偽りながら。
ミナトの本当の生きる理由は、宝さがしや世界のワクワクなんかじゃない。あの野心の光る瞳は〝復讐と革命〟を秘かに灯していたせいだったのだ。
「俺は絶対にあいつを許さない。兄さんをまるで見せしめのように殺されたあの日から、ずっとこの瞬間を待っていたんだ」
ヤマサンの仇。
兄さんの仇。
女王に空へ葬られた全ての仲間のため。
そして、いつか訪れる真の平和のために。
「僕たち革命派は、東京タワーからの放送にうんざりしてるんだ……」
そう言って、ソラが赤ペンを持ち直す。ミナトはすかさずそのペンを奪い、ペン先を地図に滲ませた。
「憎き女王を、その象徴、東京タワーもろとも奈落に墜とそうぜ! 最っこーだろ!」
彼の声が爆ぜる。
我々を導いてくれる存在、信頼出来る存在、それがミナト。そう理解できるまで時間はかからなかった。
皆の表情に不安はない。すでに希望に満ち溢れている。
「俺たちは、歌を取り戻す。そして、自由を取り戻す。女王に付けられた鉄の枷を、この手で断ち切る」
ミナトは視線を一人ひとりに送りながら言った。
それぞれが抱える深い闇の中にひとつ、またひとつ、燈籠の火が灯っていく。
必ず朝が訪れると信じて。




