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メトロジェイルの歌姫  作者: 羽月楓


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【第10話】優しさのやり取り

「分かりやすかったぜ、ソラ。

 女王が一斉放送でよく言ってる〝自転が加速して重力反転が起こった〟ってのは真実ってことだな」

 

「そうさ。そして引いてった海水は赤道付近から落ちていき、重力に逆らって大気圏上層に留まった。あそこらは多分、うまく反発して無重力に近い状態だ」


「海が地球全体を覆うような〝膜〟になっているのもお伽噺じゃない……理にかなってるのか、ふふ、最っこーだぜ……」


  *


「地球の自転が加速して重力反転が起こったんや」

 

 そのヤマサンの言葉が、琥珀の中に、ある光景を呼び起こした。

 目蓋の裏に、かつての日常が浮かび上がる。あれは、五年前のことだった。


 ――――核シェルターの中、わたしはいつもと変わらぬ朝を迎えていた。

 突如、地鳴りと共に大きな揺れが全身を突き、世界が船上のようにゆらりと傾いた。酔ったような感覚の中で、天井のシャンデリアが明滅するのが見えた。


 その直後からインターネットは繋がらなくなり、外部との通信は完全に絶たれてしまった。

 

 数日経っても使用人たちは戻らない。わたしは緊急脱出口のドアのロック解除を何度も試したが、外からもロックされていたせいで結局開けることは出来なかった。


 唯一の小さな窓を覗くが、闇しかなかった。外界は停電していたのだろう。

 シェルターの表面壁が脈打つ淡い緑光だけが闇にうっすらと反射し、呼吸するかのように消え浮かんでいた。わたしはただそれを眺めていた。


 孤独には慣れていた。おそらくその日に世界の重力反転が起こっていたのだろう。

 あの、天地無用の()()()()()核シェルターだけを残して。


 *

 

 「ガジュ、あの日だよ。通信出来なくなったもん」

『そうか~、あ! そう言えばボクの事、壊れただのポンコツだの言ってたよね! コハク!』


 二人のやり取りを微笑ましく見守るヤマサン。


「なんや、ガジュ丸とは、よう喋れるんか」

 

(モゾモゾ)

『あ、うん、そうなの……』

「おお、今度は通訳モードかい。忙しいやっちゃな、ハハハ」


 琥珀は料理を待つ間、少しずつ過去について話した。


「……話聞いとると、えっらい金持ちさんみたいやな。シェルターの中どないなってたん?」


 シェルター内は、琥珀が快適に過ごせるように設計されていた。

 琥珀が再びガジュ丸に小さな声で話しかけ、うんうんとガジュ丸が通訳を始める。

 

『厚みのある絨毯が床一面を覆ってて、足音をやわらかく吸い込むの。

 壁には、精緻な額縁に収められた風景画が並んでて、円形の部屋の真ん中には卵型の睡眠装置が置いてあったわ。……ガガ

 

 テーブルに置かれたロココ調のアンティークテーブルには、銀縁のティーセットがよく似合ってた。


 そして、部屋の隅にはグレッチのギター《ホワイトファルコン》――』


 そこまで話したとき、何かを思い出したかのように琥珀の瞳が輝きだした。


『金色のピックアップとアーム、ガガ……お母様の華奢な体に合わせて仕立てられた特注の小ぶりなボディに、デフォルトでナイロン弦が張られているの。ガガ!

 かわいい、世界にたったひとつだけのエレキ・ガガガットギター!』


「オリジナルギターかいな、ええなあ!」


『そうなの! あのね、お母様はミュージシャンだったの。

 ガガガガライブコンサートの動画を観ながらギターを、ジャ~ンって鳴らして、わたし毎日それを真似て弾いてた』

 

 それは、琥珀にとって生き生きと出来る日常のひとこま。閉ざされた孤独世界に差し込む、わずかな〝音の灯火〟だった。

 

 最新型シェルターは蓄電池や濾過装置も備えてあり、ライフラインは途絶えず、食料も数年分は備蓄されていた。

 

 これだけあれば、いずれ誰かが助けに来てくれる。そう信じていた五年後、ミナトが現れ、琥珀を外の世界へと導いたのだった。

 

「ガジュ! あの時ガジュが、敵の捕虜収容所って言うから、わたし捕まっちゃったって思って!」


『だって~、ガガガだと思ったんだよ~』

 

 ガジュ丸の調子が良くない。シエリが来るまではあまり喋らせないでおこうやと、ヤマサンが苦笑いした。

 

 その傍らで円花(まどか)たちは変わらずいそいそと動き回り、次々と椎茸料理を仕上げていく。


 塩焼き、煮浸し、餡掛け、大豆ハンバーグ詰めなど、どれも人工灯で作られたアーク特産の料理ばかりだ。


 琥珀も先ほどは、一応『手伝う』と申し出たものの、「ここは戦場だから入らないで! お客はゆっくりしてなさい」と嗜められてしまった。とは言え、もちろん内心はホッとしていたが。

 

 こんな漫才もあった。

「ワイらにも椎茸、食べさしてーや」とヤマサンが言うと、「物々交換ね」と円花(まどか)があしらう。


「ケチやな、せやから〝()()姉妹〟いわれるんや」とドヤ顔のヤマサンに、


「一円を(わら)うもの、……一円に泣く。二人ともご飯抜き」と冷たい視線の一花(いちか)


「そりゃないわあ、堪忍してやあ」と、ヤマサンのオーバーリアクションにつられて皆が笑う。

 結局「面白かったから食べていい」と、円満なオチだった。

 

 貨幣のない世界の物々交換は、〝優しさのやり取り〟。

 

 互いの価値観を尊重し、その場で釣り合いを見出す。もし足りない分があっても、ほんの少しの思いやりが埋めてくれる。

 そうやって人は、絆を育てていく。

 

 琥珀は心の中で呟いた。

 

〝もしかしたら、世界が壊れる前よりも今の方がいいのかもしれない〟

 

 *


 ソラは、荒れ果てた高級時計の陳列棚を無造作に指でなぞった。

 埃を掻き分けたガラス越しに、銀の文字盤が(かす)かに光を返す。

 

「女王が確信を持って市民に語っているのは、どこかでこの真実を手に入れていたからかも知れない」

 

 ソラがそう言って時計を一つ手に取り、微かな秒針の鼓動を耳元に当てる。ミナトは散乱した店内を物色しながら、その言葉を背中で聴いていた。

 

「この世界じゃ24時間という概念は崩れ、人は時間の束縛から解放された。今じゃ、〝何のために生きるのか〟その想いこそが、行き場をなくした心に方向を刻むんだ。

 この世で唯一の羅針盤さ」

 

「ハハッ。カッコいいこと言うじゃねえか、ソラ。でも確かに、大昔の人も時計なんて無かったし、どうやって今日を生きようかって必死だっただろうな」

 

〝人は還ったんだ。反転の果てに、原始の自由を取り戻した。今の方がいいのかも知れないな〟

 

 *

 

 探索を終えたミナトとソラがアークへ帰還すると、入り口の門で腕組みをした円花(まどか)が少し怒った表情で待ち構えていた。

 

「料理、冷めたじゃないの」

「いや、今回の〝目〟はいつもより長かったんだよ」

 

 ミナトが言い訳めいた声を出すと、張り詰めていた空気が一気にほどけた。

 その場にいた者たちの口元に次々と笑みが浮かぶ。無事に帰ってきたことが当たり前のことのようでいて、やはり心の底はホッとしているのだろう。


 誰かが小さく吹き出し、つられて笑い声が広がっていく。その輪の端の方で、琥珀は隠れるように立っていた。


 顔を出し、初めて見るソラに自分から挨拶を試みる。指先を握りしめ、ガジュ丸を口元に構える。

 

『はじめまして、ガガガ……です。よろしく……』


 琥珀のぎこちない自己紹介に、ソラが吹き出した。

 

「こんにちは、ガガガさん。ハハハッ。僕はソラ、ヨホウシだよ!」

 

『ガガガガガ……』

 

「ガガガじゃないの」と小声で言いながら琥珀は頬を赤らめた。そんなざわめきの中、遅れて駆け寄ってくる大きな影にミナトが気付く。

 

「ヤマサン! お土産持ってきたよ。むかし欲しがってたやつ」

「ほんまか! まさかクリスタルグランドピアノやないやろな!」

 

 ミナトがポケットを探る。「入るか」と慣れたツッコミを入れながら出したのは、時計店で見つけたロレックスだった。それを見てヤマサンは目を細める。

 

「おま、これ、今じゃ缶詰五個分くらいやがな」

「だろうな」

 

 軽口に、また笑いが弾けた。

 

 一同は食卓を囲み「椎茸、カンパーイ!」と、ガヤガヤ食事が始まる。

 笑い声や箸のぶつかる音が、地下の空気を少しだけ柔らかくする。

 学校でさえいつもひとり、黙って給食を食べていた琥珀にとって、こんな風に大勢で囲む食卓は初めてだった。

 

「宝石店もまだ残ってたんやな?」

 

 ヤマサンがミナトの土産話に真剣に相づちを打ちながら確認している。そして何かを閃いた様子で隣の琥珀に身を寄せ、低く囁いた。

 

(ええこと思い付いたで。作戦に追加や)

 二人のコソコソとしたやり取りが終わると、ミナトが琥珀に話しかけた。

 

「コハク、ハンターが持ち帰った物は、ほとんどが〝市場ヤエチカ〟に集まるんだ。食料品、薬、衣料から機械の部品まで。〝目〟が来た直後は活気が出て雰囲気もいいし、後で行かないか?」

 

 ミナトの問いかけに反応が薄い琥珀。半分まぶたを閉じかけ、まるで揺りかごに身を委ねるように座っている。

 

「なんや、疲れとるんか。……せや、すぐそばに空いてるルームあるで。コハちゃん、そこにしばらく住みや。三食付きで面倒見たるわ」

 

 ヤマサンはひとり頷きながら、あたかも決定事項のように言い切った。空きルームはいくらでもあった。人口が減り続け、灯りの点らない扉が増えたせいだろう。

 琥珀は騒がしい世間話の中で、安堵の寝息をたて幸せそうな寝顔を浮かべていた。


 いつものように、アークの奥から轟音が聴こえる。風の音が擦り合わさり金属を削るような唸り声。

 

 鉛の風車は見えぬ闇の中、狂おしいほどの速さで羽根を回転させていた。


 

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