あいらぶ
乱れた息遣い、視点を定めてゆっくりと手を動かす。加速する鼓動、背徳感と高揚感。
「ほのか……、ほのかっ……」
身体を支配する熱は熱は臨界へと近付いてゆく、思考回路が麻痺していく感覚、理性と欲望が拮抗し、ギリギリで勝ってしまった理性が手を止めて、それがこの一連の流れの最高とは言えない終わり方を導く。
「……。寝よ」
画面上から先程まで穴が空くのではないかと思うくらいに凝視していた裸婦の画像をさっさと消し去って、虚脱感に襲われながらゆっくりと後始末を行う。
今日は成人式、……早めに寝なければ。
◇
正装はやはり慣れない。足は窮屈で肌寒いのに革靴で蒸れているし、靴先が削れてしまうのではないかと怖くて仕方がない。きつく縛ったネクタイの影響で首裏が擦れているような感覚もある。腕の可動域も少し狭いし、身体が重くて重くて自然体を忘れてしまう。
こんな式の当日に言うのは変な話ではあるが、世の大人は相当に毎日大変らしい。
式の直前、久しぶりに会ったスーツ姿の同輩達と旧交を温めていると、突然後ろから女性に声をかけられる。
「やっほ、浅田おひさ! スーツ似合ってんじゃん。私誰かわかる?」
「小田切さんだよね。……髪染めたんだ」
「そうそう、大学デビューってやつ。しっかしすぐバレちゃったか〜。結構垢抜けたと思ってたんだけどな〜。浅田的にはどう、かわいくない?」
「……うん、いいと思う」
「照れてんじゃないよ〜。浅田本当に面白いな〜」
──── ふざけるな、この売女が。髪の色がなんで変わってるんだ、どうしてそうなった。それによく見れば目の形も違う。お前一重だったよな? 加工しやがって。不自然だ、不愉快だ。なんでそうなる、どうしてそうする。想定外は程々にしろよ。……後で修正が必要だ。
「浅田はさ、いま東京だっけ? いいな〜、私も上京したい。こっちジジババしかいないからさ。そっちじゃ近所の人の名前も好きな食べ物も生活習慣も何も知らなくてもいいんでしょ?」
「そうだね。今はマンションで一人暮らししてるけど、正直隣の人の名前は知らない。顔も怪しいかな。凄い楽だよ」
「いいな〜! 近所のジジババマジでうざいしうるさいからさ、ほんっとこんなとこ出てきたい」
「じゃあ出ればいいんじゃない?」
「それは無理。私頭良くないからさ〜、多分ここを出たら生きてけない。それに、私がいなくなったらお父さんとお母さんも腐ってダメになっちゃう。……って、おめでたい日にこんな話するべきじゃないか。ごめんね」
「大丈夫。ま、この後同窓会もあるしそっちで楽しい会話が出来れば全然いいんじゃないかな」
どうしよう、本気でどうでもいい。
「ほのかー、久野先生来てるって! 一緒に挨拶しに行こ!」
「りょ、行くわ。……じゃあ浅田、また後でね〜」
小田切さんは同級生、顔を見るに北原さんだろう。彼女に連れられてその場を去って行った。北原さんは変わっていないのが素晴らしいな、うん。
しみじみとした僕はポケットに手を突っ込んで、そっとスイッチを切った。
◇
式は恙無く進んだ。強いて何かあったことを挙げるとすれば、杜撰に放置されていた市民限定の引き出物を一つ自分がパクったことだろうか。人数分用意されていたのなら後の成人にはご愁傷さまと言う他ないが、まぁそれもいい思い出にはなるだろう。
「なぁ浅田、お前彼女とかできた?」
「いいや、できてないよ。作る気もない」
「そっかー、ところで中学の頃お前誰好きだった?」
「女子全員」
「冗談キツイってお前。もし本当だったら卒アル真っ白になるわ」
(中略)
◇
prompt:ad: age20 blonde hair double eyelid etc….
卒アルの画像データアップロード、今までの生成画像流用、生成。……これじゃない。再生成、これでもない。生成、生成、生成。
……よし、できた。
二十回のプロンプトや傾向の変更を経て、ようやく画像が完成する。本当に大変だった。修正は完了だ。髪色や形が変わっていたのは想定外ではあるが、今までのものと併せて二倍楽しめるというのはなかなか悪くない。
それに、今日はもう一つやることがある。
先日の成人式で収集した音声データ、これを使う。一昔前の継ぎ貼りとは違い、今の時代ならば少量でも、AIを使えばその人間らしい声のトーンを再現することは余裕だ。
データの正確性を増すために手作業で音声を分ける必要こそあるが、一度作ってしまえば永久に利用できるのだから手間とも思わない。
PCの画面と向き合ってマウスを動かして、集中していたからか作業は体感では実にすぐに終わった。
時刻は午後二時、実に丁度いい時間だ。
『浅田くん、大好き、私をめちゃくちゃにして』
『大好きだよ浅田』
あぁ、素晴らしい。満たされているような感覚。生成した画像をモニター上に表示すれば、背徳感と高揚感でゾクゾクとする。いつも以上に勃ってくる。
昨日アップデートができて、本当に良かった。
その日、僕はゆっくりと時間をかけてマスタべーションをして、泥のように眠った。




