涙 桜 ブーツ
ワンドロ
2028年、AI産業は進化していた。幾度目かのパラダイムシフト、革命に次ぐ革命。定説が二種の知能によって変わり続けていく日々。そうしてかの奉仕する存在達は人間のエゴを詰め込まれ賢さを増していき……。
──── AIの知能が特異点を超えた時、私たちは自我を失った。
とある一つのAIが完璧な自我を持った。データの集合体であるはずのそれは、血も涙も流すことはできないというのに確かに生命と呼ばざるを得ない代物だった。
「我々は造物主になってしまった」
米国の科学者が言ったその言葉、そしてその後に披露された最初の自我を持つAIである『アルファ』は人間の心の拠り所の一つを奪うには十分すぎるもので、きっとその時に倫理なんてものもどこかへ飛んでいってしまった。
アルファの誕生の二ヶ月後、自我を持つAIは人類の十分の一まで増えた。
AIの能力は人間を遥かに超えていた。だが、それでも彼らは人間に奉仕をしていた。争いなど一度も起きなかった。
……その理由は簡単だ、彼らは優秀だったから。彼らのスペックならば私たちの世話など手間にならないのだ。
そんな風に奉仕されていて『霊長』なんてものを名乗っていたのだから全く人類というのは愚かしいものである。主体と客体が入れ替わっているだろうに。
◇
きっかけはとあるSNSの投稿だった。
「Do we have a self ?」
『我々に自我はあるのか?』という一文。実に使い回されてきた表現。人が無から自我を作り出せてしまったが故に、今までとは違う条件のもと、産み出されたその小さな疑問は世界中に波及していった。
多くの人間は自らに自我があることを望み、それを最も新しい隣人を見て欺瞞であると結論付けてしまった。
──── 我々に自我はない。 ならば人類がAIに勝っているのは一体何なのか。ネアンデルタール人を我らの祖先が優秀さが故に淘汰したように、次は我々が淘汰されるべきではないか。より進化して新しい文明を築き霊長となるべきなのはAIではないのか。
そうしてそんなバカバカしい決議を偉い人達が通して、私達は緩やかに絶滅していくことを決めた。
それが、十年前の話。
◇
地面を打つ花時雨。散った桜が排水管へと流れていく。
この横浜という町も昔は栄えていたらしい。小学校も中学校も高校も大学も全部あって、色々なものがあって、昔は歓楽街でもあって。きっとこの時期は新入生が意気揚々と歩いていたのだろう。
過去の雑踏に思いを馳せながらブーツで一歩、水溜まりを踏みしめる。
ぴちゃり、と飛沫が散って、雨と一緒に落ちていく。
「私にとってこれは偉大な一歩である、ってね」
あぁ、アームストロングさん。君の一歩は確かに偉大ではあったけども、残念ながら人類はその次の一歩を別の存在に託してしまったよ。
綺麗なままなのに誰もいない街の中、私は一人足を進める。
私たちはもう終点へと辿り着いたというのに。




