絵に描いた龍
時刻は草木も眠る丑三つ時、さらに月も出ない新月の夜だと言うのだから江戸の街はもう暗くて暗くて仕方がありません。なんばだろうが千鳥だろうが転けて眠ってしまうような模様が故に、その間は悪党もののけ怪異の時間となるのもまた摂理。そんな中、二人の悪党は提灯片手にそろりそろりと歩いていました。
「兄貴、やっぱぁやめやしませんかい? 足元が一寸先すら見えやしませんし、あんまりにも静かすぎる」
「べらんめえ! おめぇまさかあの長屋に幽霊が出るなんて話を本気で信じてるのか? ったく……、任侠が死人に慄いてどうするんだ。地獄にも極楽にもいけなかったような凡夫なんざコイツを見せればビビってぽっくり逝ってまうさ」
そう言って兄貴と呼ばれた男は小袖をずらし、背中をはだけさせます。そこには、見事な龍の紋々が描かれていました。
「流石兄貴!でも暗すぎてよく見えやせんし幽霊はもう死んでると思いやす!」
「べらんめぇ!おめぇに見せてるわけじゃねぇんだよ! あとお前はもうちょい言葉の意味ってもんを考えろ」
「すいやせん兄貴!」
さて、この二人の悪党 ── 仮に兄貴と子分とでも言うとしましょう ── は何をしようとしているのでしょう。
端的に言うのならば……、泥棒です。
闇夜に紛れ込み、とある屋敷の大判小判を盗んで逃げる。それが彼らの目的でありました。まるで音に聞こえし石川五右衛門、あるいは鼠小僧。しかし生憎闇夜の今は絶景でもなければ彼らも義賊ではありません。強いて彼らとあの大悪党達の共通点を上げるのならば、性別と捕まれば死罪という二つぐらい。格があまりにも違いすぎて、この二人のことはもう小悪党と言うほかないでしょう。
さて、そんな小悪党二人が忍び込もうとするのは四谷の大きな幽霊屋敷、寺社仏閣武家屋敷が立ち並ぶ中に佇む元豪商の夢の跡であります。
そう、本来人っ子一人いない場所に彼らは忍び込もうというのです。ならばそれは盗人ではなく観光人、小悪党ですらないのではないか? と思うかもしれません。しかし、そうでない理由はもちろん存在しています。そして、それは決して彼らが背中に紋々を彫った任侠だからとかそういう話ではありません。二人の小悪党……、いや、これを成せば稀代の大悪党にすらなりうるだろう二人は、なんと、この豪商が屋敷に隠したとされる埋蔵金を掘り起こしてやろうと考えていたのです。
「兄貴……、着きやした。間違いなくここが件の豪商の屋敷でさぁ」
「これまた随分と寂れてらぁ。それに……、こりゃあ俺ら以外にも埋蔵金の噂を聞きつけた野郎が何人かいたみてぇだな」
門を覗いてみれば、庭には穴、穴、穴、ひとつ飛んで穴、穴、穴、穴、穴。
「ひでぇ。穴だらけでまるで人気のねぇ寄席みてぇだ。今日の俺らの噺が後世に伝わるならこんなのはやめて欲しいもんだ」
兄貴は意味不明な言葉を言って、提灯片手にヒョイと穴を飛び越え、彼は屋敷へと向かいました。
「兄貴! 置いていかないでくれよ!」
提灯を持っていない子分はそれに大慌て、竦む足もそのままに、彼もまたヒョ……、トトト、と穴を超えてすぐさま兄貴を追いかけます。
「見ろ!屋敷の中は荒らされてねぇ!」
「でも兄貴、埋蔵金なら庭に埋めてあるのが自然なんじゃないすか。屋敷の中探したところで無駄だと思いやすが……」
「べらんめぇ! さっきの庭の様子をおめぇも見ただろ? あれだけ掘って見つからなかったんだったらこっちにあるって考えた方が自然だろうが」
「なるほど! さすが兄貴!」
そう言って屋敷の中の探索を始める二人、見取り図等も当然持っていませんので場当たり的に一部屋、また一部屋と漁り続けることとなります。そうしているうちに一刻、また一刻と時は流れてゆき……。
「ぎゃあ幽霊!」
「それは仏像だって何度いやぁ分かるんだ!しかしまた、ここは随分と信心深ぇ家だったんだな。ホトケさんばっかだ」
「えっ、兄貴? 死体なんかどこにも……」
「べらんめぇ! 仏像のことだ! 馬鹿が! それよりそろそろ手分けして探すぞ。このままじゃ埒があかねぇ」
「えぇ兄貴? 提灯も無しに!?」
「もう夜目も効くようになっただろうが。 おめぇも男だろ、ビビってんじゃねぇ」
「でも」
「さっさと行け!」
「わ、わかりました兄貴!」
そう言って別れてからまた半刻、突然、兄貴のいる部屋とは別の部屋から大きな声が響きます。
「アイツ、今度は何にビビったんだ?」
兄貴は声がした部屋へと向かいます。するとそこには上を仰いだ状態の子分が、尻もちをつきながらわなわなと震えていました。
「兄貴、龍が、龍が!」
子分が天井を指さしながらそう叫んでいますので、兄貴もまた上を見ると……、そこには見事な龍の絵が描かれていました。
「べらんめぇ! おめぇなんで絵なんかにビビってんだ! あんなもんただの絵に決まってんだろ!」
「ひ、ひぃ、そうでやんすよね。あんなものただの絵でさぁ! だから……、すいやせん兄貴」
「は?」
そう言うや否や、子分の態度は豹変します。懐から九寸五分を取り出したかと思いきや、目の前の龍へとブスリ! と突き刺しました。
「これでここにあるハズの大判小判はあっしが独り占めできるって寸法っすね。ホトケ様は一個増えやしたが……、幸い穴には困りやせん。……さて、探索再開再開っと」
その後子分がどうなったのか、それは誰も知りません。




