目
金輪際人付き合いなんかするもんかと私が心に誓ってから、そろそろ半年になります。
私は酷く馬鹿でした。浅はかで愚かで酷く幼かったのです。
だから私は彼女をそっと、押しました。
彼女との出会いは記憶にありません。多分入学式だったと思います。
言ってしまえば本当にどこにでもいる少し変わった少女、それが彼女でした。
彼女と私は意外に気が合いました。誰かと同じ時間を共有し続けることを嫌うはぐれ者同士、波長が合う部分があったのだと思います。
中学生という自らが人と同じであることを嫌う、そんな時期に互いに心の底で見下し合いながら楽しく二人過ごせていたのです。
その関係が崩れたのは中学二年生の夏、進学を視野に入れ始めるタイミングでした。
彼女は私よりも頭が良くて、志望校も私よりもずっと上で、私の受ける高校なんて彼女にとっての滑り止めでした。「同じ高校に行けたらいいね」なんて冗談めかして笑いながら心の底ではそうなってしまえ、と祈っていた記憶があります。
一言で言うなら私は嫉妬をしていました。
心の底ではどこか見下していた「不思議ちゃん」と自分との差を感じて、同じレベルになろうと努力することもせず、薄っぺらい面の皮で誤魔化しながら肚の中で恨みを育てていたのです。
彼女と私が会話する機会は少しずつ減っていきました。
私は彼女を、自分よりも優秀な人間を見たくなかったのです。自らが無能であると、逆恨みをしていると看破され関係が崩れることを恐れていたのです。
年を越す頃には彼女には別の友人が何人もできていました。同じ塾で交友を深めたということは盗み聞きした会話から理解しました。
ひとつの事に実直に打ち込む事ができるという彼女の性質は勉強という普遍の事象に対しては他の人との感性の共有をしやすかったようで、冬休みが明ける頃には所謂「賢い人」のグループに属していたのです。
私だけを見ていた夏までの彼女はもう居なかったのです。私は彼女しか見ていなかったというのに。
そこで、私は彼女にもう一度私を見てもらうことにしました。
無能なりに考え続け、私は彼女に悪戯を仕掛けることにしました。
結果として彼女が私を見ることは無かったけれど、泣いている彼女を見ていると不思議と心が休まりました。
私がやったことに彼女が意識を向けている、心を痛めている、それだけで私の心の臓は高鳴りました。
だから、私はそれを続けました。何回も何回も何回も。彼女が私を見ることは無かったけれど、何回も何回も何回も。
夏に差し掛かる頃には彼女の成績は落ちて、彼女は「賢い人」ではなくなっていて、それでも彼女は私を見てはくれませんでした。
夏休みのある日、通勤ラッシュの駅のホームの雑踏の中、偶然彼女と会いました。
「久しぶりだね、──ちゃん。元気? そういえばさ、昔□□高校に行くって言ってたよね? 私も志望校一緒にしたんだ。最近あんまり話せてなかったけど……。また一緒にいられるんだね」
彼女は私を見て、そう言いました。
彼女のどうしようもなく澄んだ瞳に濁りきった私の目が映っていました。
お前のせいだ、と私が私に言っていました。
助けてくれ、と彼女の震える手と目は語っていました。
彼女は泣きそうな笑顔で私だけを見ていました。
私はその時、多分喜んでいたんだと思います。
ようやく見てくれた、と。
だから、私はその瞬間を切り取りました。
そっと押して、私を見た彼女を永遠のものにしたのです。
それに私は微笑んで、次の瞬間には温かい赤が頬に差しました。
彼女が最期に見たのは私でした。
人生に絶望した少女が電車に飛び込む、そんなニュースはよくあることで、彼女は世間からすぐに忘れられました。
季節は冬になりました。疎らな献花が駅のホームには目立ちます。
こちらに迫る電車に、私は彼女を幻視しました。
彼女は私を見て、笑っていました。




