しあわせ
十進法さえ無くなれば、世界は平和になるだろう。
昔の偉い人はこんなことを言ったらしいね。
人が指なんてものを持たなければ、指折り数えて文明なんて作らなければ世界は平穏なままでいられるだろう……、と。
それはまったく、なんとも短慮で浅ましくて羨ましい仮定であり、間違いである。
昔の私はこんなことを言ったらしい。
九つで世界が完結しているお兄さん達は大半が平和に生きていないし 、五つで世界が完結している私も平和に暮らせてはいない。
だから彼の言うことはおかしいのだ……、と。
そんな風に昔の私は考え、誰に言うでもなく、心の中で密かに過去の知識人と呼ばれるような人間に対して声高らかに勝利宣言を唱えていたわけだ。
……、いや、かの偉人の言わんとすることは今は分かっているさ。
要するに指の数が問題なのではなく、原始共産制まで時を戻すことが平和に繋がると彼は信じていただけなのだろうね。
幾らか大人になった今なら思想の是非は置いておいて彼が伝えたいことは理解できるんだ。
だけども、いかんせん、当時の未熟な達観をしていた私は言葉を文字通りに曲解して受け入れてしまっていたんだよ。
「奇異の目には慣れているんだ。だからそう、形式上の遠慮した動きをしないでくれよ。その方が苛立つからね」
──── 君への最初の言葉はこんなものだった筈だ。
もし、仮に違ったとしても高校一年当時の思春期と被害者意識を拗らせていた私の放った言葉はだいたいこんなものだったに違いない。
だけども、君が最初に私に言った言葉なら私はよく覚えている。
こともあろうに「なぁ、"それ"────」、……いや、やはり思い出したくはない。まったく、アレはなんてデリカシーのない言葉だったのだろうね。君としてはどう思う?
……、まぁいいよ。過ぎたことだし。ただ、発言の根本が善意でなければその一瞬だけは私も未熟な達観を放り投げてしまっていた可能性もあったかもしれないね。
しかし君は……、なんというか当時の厭世ぶっていた私には劇薬だったよ。
大人ぶって、中途半端に賢くて、分厚い殻の中で自分は他の人と違うのだと信じていた頃の子供の自分。
その殻を壊して世界と向き合う以外の選択肢を棄てさせたのだから正しく劇薬と言うべきだろう。
勿論、その劇薬も直ぐに効いた訳でも無かったけども。
薬が効くまでに色々、本当に今日まで色々あったものだ。体育祭に文化祭、クリスマスにバレンタイン。
どれもが本当に、本当に楽しくてかけがえのない思い出だよ。
……だけど、この高校生活で一番嬉しかったことはそういったイベントじゃなかったんだ。
何月の何日だったかは覚えていないけど確か、金曜日の夕方だったかな。
帰り道、君がバランスを崩した私の手を取ってくれたことがあったろう?
その時、君の手の温かみを感じながら私は思ったんだよ。
────ああ、私の世界も十で完結させることができるのか。……なんてね。
君は知らなかったかもしれないけどさ、私はその時から君が好きだったんだぜ。




