10月5日PM Side早見陽菜2
パトカーの赤色灯が夕暮れの住宅街の落ち着いた雰囲気に、
非日常感を持ち込んでいた。
警察に通報してから20分ほど。
最初に到着した制服警官へ事情を説明しているうちに、
応援が次々と現場へ集まり始めていた。
黄色い規制線が張られ、近隣住民が遠巻きに様子を窺っている。
陽菜は肩を抱くように腕を組んだ。
10月とはいえ、日が落ち始めた長野は東京に比べると少し肌寒い。
それ以上に落ち着かなかった。
目の前で起きている光景が現実味を欠いていたからだ。
ただ安否確認に来ただけだった。
鍵を預かり、様子を見て、依頼人へ報告する。
その程度の仕事のはずだった。
なのに。
荒らされた寝室。
床に残された血痕。
壊された裏口。
映画やドラマなら見慣れた光景だ。
だが、それが現実に存在すると知ると話は別だった。
2年前の情景がフラッシュバックする。
「早見さんですか?」
声を掛けられ顔を上げる。
2人の男性が規制線の向こうから歩いてきた。
一人は30代前半くらいだろうか。
姿勢が良く、真面目そうな印象を受ける。
もう一人は50代半ば。
どこか気安い雰囲気だが、その目は周囲を鋭く観察していた。
「長野南署の坂口です」
「丸山です」
警察手帳を示され、陽菜は慌てて頭を下げた。
「早見陽菜です」
「第一発見者ということで、お話を伺ってもいいですか」
「はい」
坂口に促され、陽菜は神林美咲から依頼を受けた経緯を説明し始めた。
東京の探偵事務所に勤めていること。
依頼人から実家の鍵を預かっていたこと。
安否確認のために長野へ来たこと。
家の中を確認しているうちに異変を見つけたこと。
2人は途中で口を挟まず、黙って聞いていた。
時折、手帳へメモを取っている。
「つまり、依頼人のお父様とは面識がない?」
陽菜が一通りの説明を終えると坂口が確認する。
「はい。今日初めて住所とお名前を聞きました」
「依頼主は?」
「神林美咲さんです」
「連絡は取れますか」
「すぐ取れます」
坂口は頷いた。
その横で丸山が陽菜をじっと見ている。
「どうかしましたか?」
「いやなに」
丸山は苦笑した。
「こんなに若い娘さんの探偵なんて初めて見たもんで」
「それ、たまに言われます」
陽菜も苦笑する。
空気が少しだけ和らいだ。
だが次の言葉で再び緊張が戻る。
「念のため確認なんだが」
丸山の声が低くなる。
「君が家を荒らした可能性はないかね?」
当然の質問だった。
むしろ聞かれない方がおかしい。
陽菜は小さく息を吐く。
「ありません」
「だよな」
「自分で警察を呼んでますし」
「それもそうだ」
「あと、長野にも先ほど着いたばかりです
高速道路を使ってきたので、お疑いであればインターチェンジの
防犯カメラを確認頂ければ、あの車を確認できると思いますよ」
陽菜が車を指さすと、丸山は笑った。
「はっはっは、
さすがは探偵さんだ、警察が何を気にするか良く分かっていらっしゃる」
そのやり取りを見ながら坂口が補足する。
「申し訳ありません
職務上、可能性は確認しなければならないので」
「いえ、大丈夫です」
むしろ安心した。
最初から無条件で信用される方が怖い。
そんな会話をしている間にも、鑑識らしき人々が次々と家へ入っていく。
フラッシュが何度も焚かれていた。
陽菜は無意識に神林家の方へ視線を向ける。
「怖かったですか?」
不意に坂口が尋ねた。
「え?」
「現場を見た時です」
少し考える。
もちろん驚いた。
だが。
「怖いというより、びっくりしました」
「びっくり?」
「はい」
陽菜は苦笑する。
「こんなこと本当にあるんだなって」
坂口は少しだけ不思議そうな顔をした。
だがそれ以上は追及しなかった。
やがて免許証確認などの身元確認も終わり、
陽菜からこの家の親族である神林美咲へ連絡を取ってほしいと
坂口から依頼される。
陽菜は今朝聞いたばかりの神林の携帯番号を呼び出した。
まだ仕事中だろうか、しばらくコール音が続いた後、神林が出た。
『はい』
声色から警戒している様子がうかがえる。
しまった、
そういえば今朝連絡先を聞いたときにこちらの番号を伝えていなかった。
登録されていない番号から突然電話が来れば当然か。
「あ、神林さんお忙しいところすみません
今朝依頼を受けた黒峰探偵事務所の早見です」
『どうも、早見さんですか
依頼を受けて戴いてありがとうございます
さっそく向かっていただけるとのことですが既に長野でしょうか?』
こちらから自己紹介をすると、相手も得心が行ったのだろう。
今朝がた会話した調子の口調に戻っていた。
丸山が電話を替わってほしいというジェスチャーをする。
陽菜は丸山にうなずいた。
「神林さん、すみません
ちょっと警察の方に電話を替わりますね」
『えっ?』
予想していなかった展開に神林は驚いた様子だった。
申し訳ないと思いつつ、陽菜は丸山にスマートフォンを渡した。
「あー、神林美咲さんでしょうか
私長野県の長野南警察署に勤務している丸山というものです」
そんなやり取りから丸山は神林につらつらと現在の状況を伝えていく。
電話先の神林の様子は不明だが、状況理解が追い付かず、
さぞ焦っているだろうことが予想された。
「はい、はい、はい
では、現時点でお伝えしたいことは以上ですので
あ、念のためこの電話番号を後ほど早見さんからお聞きしても?
はい、ご協力ありがとうございます
何か進展がありましたらこちらからもご連絡差し上げるかと思いますが
よろしくお願いします
では、電話を早見さんに戻します」
一通りの会話は終えたようで、丸山からスマートフォンが戻された。
「もしもし、神林さん?」
『すみません、だいぶご迷惑をおかけしたようで』
「いえいえ、そんな」
悲痛そうな神林の声に、陽菜はそれ以上どう返していいのか分からず
言葉が続かなかった。
『この度は大変お世話になりました
私も、明日朝からそちらに向かえるように調整しようと思います
今回のお支払いについては、どのようにすれば宜しいでしょうか』
「すみません、所長と相談しないと私からは申し上げられないので
また黒峰と話してから折り返しさせて戴きますね」
そんな事務的なやり取りのみで電話は終わった。
陽菜としては神林に何とか声をかけてあげたかったが
励ませばよいのか、一緒に落ち込めばいいのか分からず
対応に困っているうちに会話は終わってしまった。
「はぁ・・・」
神林のフォローをしてあげられなかったことにため息をつくと、
再度坂口から声がかかる。
「何度も済みませんが、一応探偵事務所の責任者の方にも確認をとっても?」
「はい、大丈夫です」
陽菜は再度スマートフォンから黒峰の番号に電話を掛ける。
「はい、はい、ありがとうございます」
黒峰ならいきなり自分の番号で警察から電話がかかってきても驚かないだろう
そう思ってコール音が鳴っている状態で坂口にスマートフォンを渡すと、
電話に出たであろう黒峰に陽菜の所在確認を行ったようだ。
「なかなか怖そうな上司の方ですね」
恐らく愛想がない応対を受けて、坂口は黒峰の事を怖い人だと判断したようだ。
マイク部分をふさいだまま、陽菜にそんな感想を伝えてきた。
相手をするのが面倒だっただけだと思うけど。
そんなことを思いながら、電話を替わる。
「もしもし、玲司さん?」
『早見』
「はい」
『警察に身元確認されるってことは、何か問題でも起こしたな』
「私がそんなことするわけないじゃないですか!
むしろ私が発見して通報したんですよ!」
いきなり問題を起こしたと決めつけるような言い方をされて頭にきた。
なんで助手をいきなり犯罪者扱いするのだ、この人は。
『ふぅん、それならいいが
何か事件なら、落ち着いてからでいいから状況を説明しろ』
通話は切れた。
相変わらず言いたいことを一方的に言って、こちらの話は聞こうともしない。
次連絡したときはもう良いと言われるまで事細かに状況を伝えてやろう。
「早見さん」
まったくもう
と憤っていると電話が終わることを見計らって丸山から声がかかる。
坂口は怖いと判断した人物に対して陽菜がいきなり怒鳴ったことに、
意外だという顔をしていた。
怒りを追いやるために一呼吸置く。
「はい」
「もう少し詳しくお話を伺いたいので、署まで同行をお願いできますか」
陽菜は頷く。
「分かりました」
断る理由はない。
むしろ自分も知りたかった。
あの家で何が起きたのか、神林亘一に何があったのか。
陽菜は車に乗り込むと、警察車両を追いかけるようにハンドルを切った。
今日は長い夜になりそうだった。




