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10月5日PM Side坂口拓真1

長野南警察署の二階。


刑事課のフロアは普段より明らかに騒がしかった。

電話の鳴る音、無線の呼び出し、廊下を行き交う職員たち。

机の上には資料が積み上がり、ホワイトボードには

避難所の運営状況や道路規制情報がびっしりと書き込まれている。


ここ数日続いている地震の影響だった。

坂口拓真(さかぐち たくま)は机に広げた資料へ視線を落としながら、小さく息を吐いた。

刑事になって6年。

決して長いとは言えないが、それなりに場数は踏んできたつもりだった。

交通死亡事故、窃盗事件、家庭内トラブル、行方不明者の捜索。

警察官という仕事は、ドラマのような派手な事件ばかりではない。

むしろ地味で、根気のいる仕事の方が圧倒的に多い。

それでも続けてこられたのは、人を助けたいという単純な理由だった。

困っている人がいるなら力になりたい。

警察学校に入った頃から変わらない考えだった。

そんな彼の向かいで、50代半ばの男がコーヒーを飲んでいた。


丸山誠治(まるやま せいじ)。

拓真の相棒である。


「難しい顔してるなぁ」


のんびりした声だった。

拓真は顔を上げる。


「難しい顔にもなりますよ」


「また行方不明の件か?」


「ええ」


机上の資料を指で叩く。


「10月2日から今日までで3件です」


「正確には2件だろ。昨日の分はまだ捜索願の段階だ」


「そういう問題じゃないですよ」


丸山は苦笑した。

拓真は真面目すぎる。

よく上司からそう言われている。

自覚はあった。

だが、だからといって軽く扱える話ではない。


「10月2日、田村勝則(たむら かつのり)さん、82歳。

 高齢で認知症、夜間に徘徊で外出したと思われるまま失踪」


資料をめくる。


「10月3日、佐久間美代子(さくま みよこ)さん、56歳。

 夜に犬の散歩に出掛けたまま失踪」


さらに次のページ。


「そして昨日、宮下詩織(みやした しおり)さん、26歳。

 アルバイトを終えて帰宅途中に所在不明」


年齢も性別も生活環境も違う。

共通点はほとんどない。

だから署内でも意見が割れていた。

偶然が続いただけなのか。

何らかの関連があるのか。


「まぁ、こう並べると不気味っちゃ不気味だな」


丸山が言った。


「ですよね」


「でも関連付けるには材料が足りん」


「それも分かっています」


それぞれについて初動捜査は行われていた。

自宅周辺の聞き込みも、防犯カメラの確認も済んでいる。

だが、田舎であることが災いし、防犯カメラの点数も少なく

地震の影響で夜間の人通りも少なくなっていることから

有力な目撃情報は一つも得られていなかった。

拓真は腕を組んだ。

実際、証拠はない。

同じ町で起きているというだけだ。

だが。


「皆神山周辺に集中してるんですよ」


「うん?」


「そこだけは気になります」


丸山はしばらく黙っていた。

やがて窓の外へ目をやる。

空はどんより曇っていた。

遠くで救急車のサイレンが聞こえる。

地震の負傷者だろうか。


「なぁ、坂口くん」


「はい」


「刑事は勘も大事だ」


堅実な丸山らしくない言葉に、拓真は少し驚く。

丸山は続ける。


「でも、勘だけで走ると絶対に失敗する」


「……はい」


「勘だけで動くと、見なくていいものまで見えてきちまう

 逆に、本当に見るべき事実を見落とすこともある

 気になるなら情報を集めろ、足使え、裏付けを取れ」


丸山は笑った。


「そうすりゃ勘だったものが物理的な証拠になる事もある」


その言葉に小さく頷いた。

普段は飄々としているのに、本当に大切なことは外さない。

拓真は調査の基本を大事にしている丸山を信頼していた。

 

「しかし、皆神山周辺に集中しているってのは気になるよなぁ

 あそこは地震の発生源でもある

 土砂崩れでもあれば、それに巻き込まれた可能性ってのも考えられるが、

 今のところそういった情報もないしな」


そう、地震は続いている。

にもかかわらず、皆神山での土砂災害や事故報告は上がっていなかった。

もし本当に山で事故に遭っているのだとすれば、不自然なほど静かだった。


「山への立ち入り自体、消防が封鎖しているみたいですね

 頂上の神社に毎日参拝している方から、クレームの連絡が上がってるって

 聞きました」


拓真がクレームの件を伝えると、丸山は首をすくめた。


「はぁ、熱心だねぇ

 参拝中に地震にあって何か問題が出れば命の危険だってあるだろうに

 その危険を冒してまで毎日参拝したいなんて、信心深くて恐れ入る」


拓真としては丸山の考えに同意だが、

日々の生活が乱される気持ちもわからなくもない。

返答に困り苦笑いを返した。

その時だった。

フロアの空気を裂くように内線が鳴った。

近くの警官が受話器を取る。

数秒後、その表情が変わった。


「緊急出動要請です!」


声が上がる。

署内の視線が一斉に向いた。


「民家で襲撃事件の可能性あり! 争った形跡と血痕とのこと!」


空気が変わる。

ざわめきが止まった。

拓真は立ち上がる。


「詳細は?」


「第一発見者からの通報です!」


職員が資料を読み上げる。


「被害者不明

 室内に大量の血痕

 住人と連絡取れず!」


丸山も立ち上がった。

その顔から普段の緩さが消えている。


「住所は」


「松代町――」


職員が住所を告げる。


「また松代か……」


丸山がごちる。

資料を確認していた拓真の手が止まった。

聞き覚えがあった。


「……皆神山の麓だ」


思わず口に出る。

丸山も同じことを思ったらしい。

二人の視線がぶつかった。

偶然。

そう片付けるには少し出来すぎている。


「行くぞ」


丸山が言った。


「はい」


拓真はジャケットをつかむ。

胸の奥で嫌な予感が膨らんでいた。

だが警察官である以上、予感で動くわけにはいかない。

現場を見て、話を聞いて、事実を積み上げる。

先ほど丸山から言われたばかり、それが刑事の仕事だ。

エレベーターへ向かう途中、床がかすかに揺れた。

また地震だった。

誰も驚かない。


この数日で慣れてしまった揺れ。

それでも拓真は立ち止まり、窓の外を見た。

西の空が赤く染まり始めている。

その向こう。

松代町の方角に視線を向ける。

そこにあるはずの皆神山は、ここからでは見えなかった。


捜査車両は署の駐車場を飛び出した。

赤色灯が夕暮れの道路を照らす。


「偶然だと思いますか」


「さあな」


丸山はシートに背中を預けた。


「だから今から見に行くんだろ」


拓真は黙って頷いた。

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