8 名門校業界の焦り
西暦2305年。
世界の超名門校業界は、静かに焦り始めていた。
原因。
聖イリヤ未来総合学院。
旧ロシア地方圏に突如現れた、あまりにも意味不明な超富豪学園である。
数年前までは。
本当にただの地方私立校だった。
それが今では。
宇宙船寮。
恐竜棟。
秘密基地。
海賊船エリア。
騎馬弓術。
巨大鍋。
果てには。
巨大ピラミッド型寮。
もう完全におかしい。
しかもそのピラミッド。
普通に内部構造が豪華だった。
学園長アレクセイ・グロモフが完全に調子に乗ったのである。
「いやぁ」
学園長は笑顔だった。
「“古代文明感”って大事でしょう?」
誰も止められなかった。
しかも。
内部。
超高級スパ。
人工星空。
巨大図書館。
空中庭園。
黄金色ホール。
地下秘密通路。
意味不明である。
だが。
成金層には刺さった。
めちゃくちゃ刺さった。
特に。
「分かりやすく豪華」。
これが強い。
伝統校というのは、しばしば“分かりにくい価値”を売る。
歴史。
人脈。
品格。
卒業生ネットワーク。
だが。
成金層は違う。
彼らはまず。
「うちの子が楽しそうか」
を見る。
そして。
聖イリヤは圧倒的だった。
さらに厄介なのは。
学園長が最近、本格的に“文化”へ手を出し始めたことだった。
ロシアの名門バレリーナ。
旧帝室系音楽家。
東欧の芸術家。
民族舞踊家。
オペラ歌手。
全部雇い始めた。
理由。
「金があるから」。
シンプルだった。
しかも。
ロシア圏は人件費がまだ比較的安い。
西欧超一流レベルの文化人でも、英米圏超富豪学校より遥かに低コストで抱えられる。
その結果。
聖イリヤ未来総合学院は。
・豪華
・広い
・楽しい
・文化も強い
・設備が狂ってる
・食事も美味い
・寄宿環境が異常
・話題性最強
という怪物になり始めていた。
そして今。
西欧名門校たちは頭を抱えていた。
例えば。
英国超名門校。
セント・オルドリッジ・カレッジ
創立四百年以上。
政財界人脈。
英語圏ブランド。
卒業生ネットワーク。
今なお超強い。
だが。
理事会では空気が重かった。
「また減ったのか」
「はい」
「中東系?」
「はい」
「アジア新興財閥もです」
「……」
巨大スクリーンには比較データ。
聖イリヤ。
セント・オルドリッジ。
比較されていた。
そして。
保護者アンケート。
『うちの子は聖イリヤの方が楽しそうだと言っています』
『古臭い』
『寮が狭い』
『秘密基地がない』
『宇宙船寮が羨ましい』
理事たちは頭を抱えた。
「秘密基地とは何だ」
「分かりません」
「なぜそれで生徒が流出する」
「非常に人気だそうです」
「意味が分からん」
だが。
もっと深刻なのは別だった。
維持費である。
英国。
税金。
人件費。
文化財維持。
全部高い。
しかも。
旧貴族層は相変わらずだった。
「成金趣味だ」
「品位がない」
「秘密基地など下品」
「ピラミッド寮など論外」
だが。
寄付金は出さない。
しかも。
成金層を馬鹿にする。
これは致命的だった。
現在の超富裕層市場は。
“新しい金”が強い。
宇宙資源。
AI。
量子金融。
エネルギー。
バイオ。
その層に嫌われるのは危険だった。
一方。
聖イリヤは違う。
「成金最高♡」
である。
むしろ歓迎。
学園長もレイも隠さない。
「豪華で何が悪い」
「楽しい方が勝ち」
「金あるなら使えばよい」
このノリだった。
しかも。
翻訳技術が進化した2300年代では、“英語圏の優位”そのものが弱まり始めていた。
昔は。
英語圏エリート校には絶対的優位があった。
人脈。
言語。
国際性。
だが。
現在。
リアルタイム量子翻訳がほぼ完成している。
会話の壁が激減。
当然。
「じゃあ別に英国である必要なくね?」
という話になる。
これは西欧名門校にとって悪夢だった。
もちろん。
依然として強みはある。
歴史。
ブランド。
卒業生ネットワーク。
国家上層との繋がり。
それは本物だ。
だが。
若い富豪層ほど。
「子供が楽しそうな方がいい」
へ流れ始めていた。
しかも。
聖イリヤは“遊園地”だけではない。
最近は普通に教育水準まで上がり始めている。
優秀教師を金で引き抜きまくったからである。
その結果。
西欧側はさらに焦った。
フランス超名門校。
リセ・ド・サン=エレーヌ
理事会。
「何故、ロシア地方の成金学校に負ける」
「子供が楽しそうだからです」
「教育とは苦痛を伴うものだ」
「今の富豪層はそう思ってません」
「……」
沈黙。
一方その頃。
聖イリヤ。
レイは。
「のだぁあああ♡」
巨大ピラミッド寮内部で滑り台を滑っていた。
愛人たちは呆れていた。
「社長ぉ……」
「また遊んでますのぉ……」
「うむっ♡」
レイは真顔だった。
「ピラミッドには浪漫があるのだぁ♡」
「教育関係あります?」
「秘密通路が作りやすいのだぁ♡」
完全にそれ目的だった。
しかも。
その横で。
世界中の富豪たちが視察していた。
「素晴らしい……」
「うちも寄付したい」
「専用棟を」
「うちの文化エリアも」
「うちの王族専用ラウンジも」
学園長は笑顔だった。
もはや止まらない。
気付けば。
聖イリヤ未来総合学院は。
“世界富豪文化見本市”
みたいになり始めていた。
そして。
西欧名門校たちは静かに理解していた。
これ。
一時的ブームではない。
価値観そのものが変わり始めている。




