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聖イリヤ未来総合学院。
西暦2304年冬。
かつて“地方のちょっと広い私立校”だったその学園は、今や世界中の超富裕層が群がる怪物教育都市へと変貌していた。
だが。
学園長アレクセイ・グロモフには、ひとつだけ明確な信念があった。
――格など知らん。
である。
そんなものより。
現金。
維持費。
設備費。
暖房費。
警備費。
人件費。
そちらの方が遥かに重要だった。
そして今日。
学園長室には、西欧旧貴族たちが勢揃いしていた。
空気だけは立派である。
古い家紋。
勲章。
杖。
格式張った服装。
まるで歴史博物館だった。
「学園長」
老貴族が静かに言った。
「我々は非常に不快だ」
「はぁ」
学園長は笑顔だった。
営業スマイル。
完璧。
だが心は完全に無である。
「近頃、この学園は成金趣味に走りすぎている」
「なるほど」
「宇宙船寮?」
「はい」
「巨大滑り台?」
「はい」
「恐竜部屋?」
「はい」
「秘密基地?」
「はい」
「巨大鍋?」
「はい」
「品位がない」
学園長はニコニコしていた。
(でも子供めちゃくちゃ喜んでるんだよなぁ)
と思っていた。
老貴族は続ける。
「我々のような真の名家が入学することで、この学園の格は完成する」
「なるほど」
「よって、授業料免除」
「……」
「寄付金も不要」
「……」
「むしろこちらが協力してやる立場だ」
沈黙。
学園長はゆっくり頷いた。
そして。
満面の笑みを浮かべた。
「お帰りください」
空気が止まった。
老貴族が固まる。
「……は?」
「お帰りくださいませ」
笑顔。
完璧な笑顔。
だが目が完全に冷えていた。
「我々はヴァルデンベルク家だぞ?」
「存じております」
「七百年続く――」
「ええ」
「ならば」
「ですが」
学園長は書類をめくった。
「維持費は払ってくれませんよね?」
「……」
「暖房費も」
「……」
「警備費も」
「……」
「恐竜維持費も」
「恐竜維持費とは何だ!?」
「恐竜部屋の管理費です」
真顔だった。
老貴族は絶句した。
学園長は淡々と続ける。
「宇宙船寮は電気代が非常に高いのです」
「……」
「秘密基地地下設備も維持費がかかります」
「……」
「あと巨大滑り台の補修費」
「そんなもの撤去しろ!」
「人気施設です」
即答だった。
しかも。
この学園。
実は運営効率が異常に良かった。
理由は単純。
ロシア地方圏なので土地代が安い。
さらに。
周辺一帯をレイ・グループが爆買い済み。
インフラもほぼ自前。
人件費も旧西欧圏より遥かに安い。
なのに。
学費は超富豪仕様。
つまり。
めちゃくちゃ儲かる。
学園長は今、人生で一番機嫌が良かった。
なにせ。
「教育者として理想の学校を作りたい」
とかではない。
普通に黒字が凄い。
それが嬉しかった。
しかも。
寄付金まで飛んでくる。
中東王族。
宇宙資源財閥。
アジア系巨大企業。
皆、札束で殴ってくる。
「うち専用ラウンジ作りたい」
「どうぞ」
「鷹匠施設拡張したい」
「ぜひ」
「専用馬場も」
「もちろん」
早い。
話が非常に早い。
だが。
西欧旧貴族層は違った。
金は出さない。
だが待遇は求める。
学園長はニコニコしていた。
「“格”で設備維持はできませんので」
老貴族が怒った。
「我々を追い返すつもりか!?」
「はい」
即答だった。
「この学園は貴族教育の伝統を――」
「うちは秘密基地ありますので」
「……」
「あと巨大鍋」
「鍋を誇るな」
「人気なんですよ」
本当に人気だった。
老貴族たちは顔を真っ赤にした。
「こんな成金趣味の学校など!」
「では」
学園長は微笑んだ。
「中東連合王族の方々をご案内しますので」
背後のドアが開く。
そこには。
超高級民族衣装に身を包んだ王族一行。
護衛。
秘書。
教育顧問。
そして。
桁違いの資金力。
老貴族たちは黙った。
王族側は穏やかだった。
「新しい寄付の件ですが」
学園長の笑顔がさらに輝く。
「ありがとうございます」
「追加で五百億ほど」
「ありがとうございます」
早い。
恐ろしく早い。
老貴族たちは敗北を悟った。
時代が違う。
もはや。
“名前だけ”では勝てない。
そして何より。
この学園。
別に“伝統校ごっこ”をする気が一切なかった。
宇宙船。
恐竜。
海賊船。
騎馬弓術。
秘密基地。
巨大鍋。
どう考えても狂っている。
だが。
子供たちは熱狂する。
親たちも満足する。
利益も出る。
なら十分だった。
老貴族たちは去っていった。
学園長は窓の外を見た。
巨大宇宙船寮。
雪景色。
遠くでは。
「のだぁあああ!!」
レイがソリ遊びしていた。
愛人たち。
赤ん坊たち。
護衛。
乳母。
全員巻き込まれていた。
しかも。
「校庭に巨大氷迷路作るのだぁ♡」
とか叫んでいる。
学園長は静かに紅茶を飲んだ。
「……まあ」
秘書が言う。
「格は下がりましたか?」
学園長は少し考えた。
そして。
遠くで雪に突っ込んで転がるレイを見ながら言った。
「いや」
少し笑った。
「むしろ上がってますね」
なぜなら。
世界中の金持ちが今、一番入りたがっている学校だからである。
それが現実だった。




