3
学園長室。
旧帝政ロシア時代を思わせる重厚な内装。
巨大な本棚。
赤茶色の木製机。
歴代学園長の肖像画。
窓の外には、建設途中の超巨大宇宙船型男子寮が見えていた。
その異様な光景だけでも十分狂っている。
しかし。
現在、部屋の中ではもっと狂った存在が暴れていた。
「のだぁあああああああ!!!!」
レイである。
付け髭は今日も斜めだった。
しかも興奮しすぎて片方が剥がれかけている。
学園長は胃薬を飲みたかった。
だが目の前には東欧経済圏の怪物成金がいる。
耐えるしかなかった。
「ロシアのくせにぃ!!」
バンッ!!!
レイは机を叩いた。
「なぜブリヤート式弓術の授業がないのだぁああああ!!」
「……はい?」
「ふざけてるのだぁああああ!!」
学園長は固まった。
教師陣も固まった。
秘書だけが無表情でメモしていた。
もう慣れている。
レイは腕を振り回しながら叫び続けた。
「極東騎馬文化は男児のロマンなのだぁ!!」
「……」
「馬に乗ってぇ!!」
「草原を駆けてぇ!!」
「意味もなく矢を放つのだぁああああ!!!!」
「意味は必要では……」
「不要なのだぁ!!」
即答だった。
レイは鼻息を荒くした。
「吾輩のエンジェルたちにまともな授業をさせる気なのだぁ!?」
「いや、一応ここ学校なので……」
「吾輩の子供たちが!!」
ビシィッ!!
「まともに勉強すると思うのだぁあああ!?」
「……」
「しないのだっ♡」
妙に堂々としていた。
学園長は頭痛がした。
レイは続ける。
「だから必要なのだぁ!!」
「何がですか……」
「サボりたくなる授業なのだぁ!!」
「教育理念が終わってる」
レイは椅子に片足を乗せた。
完全に海賊である。
「考えてみるのだぁ!」
「はい……」
「退屈な数学!」
「退屈な歴史!」
「退屈な経済学!」
「はい」
「そんなものばかりでは子供は逃げるのだぁ!」
「まあ……それは……」
「だが!」
レイは指を突き上げた。
「突然、“今日は馬で弓撃ちします”と言われたらどうなのだぁ!?」
教師たちは少し黙った。
「……ちょっと楽しそう」
「うむっ♡」
「いや駄目ですって」
「草原を駆けるのだぁ!!」
「授業ですよね?」
「ついでに羊肉焼くのだぁ!!」
「遠足になってる」
レイは止まらなかった。
「あと鷹も必要なのだぁ!」
「何故」
「鷹匠はカッコいいのだぁ!!」
「理由が小学生」
「あと狼犬!」
「危険です」
「あと毛皮!」
「時代に配慮してください」
「あと意味もなく巨大鍋!」
「何なんですかその授業」
レイは突然真顔になった。
「“楽しかった”という記憶は人生に残るのだぁ」
「……」
少しだけ空気が変わった。
レイは窓の外を見た。
建設中の学園。
巨大寮。
白樺林。
遠くの人工湖。
「勉強なんてぇ」
レイは鼻をほじりながら言った。
台無しだった。
「大人になれば嫌でもいっぱいやるのだぁ」
「……」
「だが、“馬に乗って矢を撃った記憶”は子供の時しかできぬのだぁ」
教師の一人が少し黙った。
たしかに。
この男の言っていることは滅茶苦茶だ。
だが。
妙に“子供が喜ぶもの”への解像度だけは高い。
なぜなら。
レイ本人が精神的にほぼ男子小学生だからである。
そして。
この男。
自分で作るのが面倒なだけなのだ。
本質的には。
「……社長」
秘書が静かに言った。
「本音を」
「のだぁ?」
「“自分がやりたいから”では?」
沈黙。
レイは目を逸らした。
「……」
「社長?」
「……」
「社長」
「の、のだぁ♡」
完全に図星だった。
学園長たちは一斉に察した。
ああ。
この男。
未来の子供をダシにしてるだけだ。
本当は。
自分が遊びたいのである。
レイは慌てて立ち上がった。
「ち、違うのだぁ!!」
「はい」
「吾輩は真面目な教育者なのだぁ!!」
「今“意味もなく巨大鍋”って言いましたよね?」
「教育鍋なのだぁ!!」
「何を学ぶんです?」
「肉は美味いということなのだぁ!!」
「帰れ」
だが。
問題は。
この男が金を無限に出すことだった。
数日後。
学園理事会。
「……どうします?」
「却下すると投資引き上げられる可能性が」
「だが騎馬弓術って……」
「でも生徒人気は凄そう」
「設備費全部向こう持ちなんですよね?」
「しかも専用草原まで寄付すると」
「……」
結果。
三ヶ月後。
『ブリヤート伝統騎射・草原文化特別講座』
開設。
専用騎馬場。
専用厩舎。
民族文化研究棟。
謎の巨大肉料理ホール。
全部完成。
そして開校初日。
完全防寒高級毛皮コートを着たレイが馬に乗っていた。
「のだぁあああああ!!」
めちゃくちゃ楽しそうだった。
しかも。
「社長、授業ですよ」
「うむっ♡」
「生徒よりはしゃがないでください」
「無理なのだぁ♡」
レイは矢を放った。
全然違う方向に飛んだ。
「あっ」
そのまま学園長室の窓を割った。
ガシャアアアン!!
沈黙。
遠くで学園長の悲鳴が聞こえた。
レイは青ざめた。
「の、のだぁ……」
秘書は静かにメモした。
『来年度予算:防弾ガラス化』




