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西暦2301年。
旧ロシア北西部――。
広大な森林地帯と、古びた地方都市の境界線に存在する、とある私立学園があった。
正式名称。
『聖イリヤ未来総合学院』。
百五十年前に設立された、ごく普通の私立校である。
特徴は少ない。
伝統はある。
教育水準も悪くない。
治安も良い。
ただし。
とにかく土地だけは無駄に広かった。
旧時代の寄宿学校文化の名残で、森まで含めると小国みたいな面積がある。
そして。
そこを発見してしまったのである。
宇宙級成金馬鹿社長レイが。
「のだぁっ♡」
専用超音速リムジンから降りたレイは、付け髭を撫でながら学園を見上げていた。
今日の付け髭は“知的な教育者風”を意識したらしい。
しかしどう見ても接着が浮いている。
しかもヒゲの端にキャビアが付着していた。
「社長、本日は視察ですので、できれば鼻をほじるのは――」
「静かなのだぁ♡教育とは自由なのだぁ♡」
秘書は諦めた。
学園側は緊張していた。
なにせ。
目の前にいるのは、現在の東欧経済圏を半分くらい所有している超巨大企業レイ・グループ総帥である。
しかも最近。
「未来の吾輩の子供たちが通う理想の学園を作るのだぁ♡」
と言い出し。
突然この学校に莫大な投資を始めた。
最初は皆、冗談だと思った。
だが翌週には。
・新校舎建設費
・医療棟最新化
・教師住宅改修
・学生用AI端末無償配布
・巨大図書館増築
・人工気候体育館
・寮全面建て替え
などなど。
意味不明な額の予算が振り込まれてきた。
しかも。
全部現金一括。
学園理事会は軽くパニックになった。
「……あの、本当にこれ全部寄付で?」
「のだぁ♡」
「見返りとかは」
「吾輩の未来の可愛いエンジェルたちが快適ならそれでよいのだぁ♡」
「……」
怖い。
逆に怖い。
そして現在。
レイは猛烈な勢いで校内を歩き回っていた。
「狭いのだぁ!」
「は?」
「男子寮が狭いのだぁああ!!」
校長は飛び上がった。
「えっ」
「男の子は宇宙船に乗りたい生き物なのだぁ!!」
「……宇宙船?」
「恐竜にも会いたいのだぁ!!」
「……」
「海賊にもなりたいのだぁ!!」
レイは腕をぶん回した。
「だから男子寮の個室は!!」
ビシィッ!!
「宇宙船部屋!!」
ビシィッ!!
「恐竜部屋!!」
ビシィッ!!
「海賊船部屋が必要なのだぁああああ!!!!」
沈黙。
教師たちは固まった。
一方で。
設計会社の人間だけは真顔でメモしていた。
なぜなら。
レイは言ったことに本当に金を出すからである。
「……ちなみに予算は」
「無限なのだぁ♡」
「……」
「吾輩の可愛い未来の息子たちが“秘密基地ごっこ”できない人生なんてあまりにも可哀想なのだぁ!!」
レイは本気で熱弁していた。
「男児はなぁ!!意味もなくボタン押したいのだぁ!!意味もなくレバー引きたいのだぁ!!意味もなく隠し通路に入りたいのだぁ!!」
「……」
「秘密基地は人類の夢なのだぁ!!」
意外と熱かった。
しかも。
妙に説得力だけはあった。
実際、男性教師陣の一部は少し頷いていた。
「……まあ、秘密基地は欲しかったな」
「子供の頃……」
「宇宙船部屋はちょっと楽しそうだな……」
校長は頭を抱えた。
一方。
レイは女子寮予定地に到着した。
そして。
三秒で叫んだ。
「足りぬのだぁあああ!!」
「今度は何でしょうか……」
「プリンセス成分なのだぁ!!」
「……」
「未来の娘たちはキラキラした部屋で暮らすべきなのだぁ!!」
レイは付け髭を揺らしながら暴走した。
「天蓋付きベッド!」
「自動お菓子サーバー!」
「宝石みたいな照明!」
「お城みたいなバルコニー!」
「ドレス試着ホログラム!」
「巨大ぬいぐるみ!」
「あと意味もなく光る床!!」
「最後いる?」
「キラキラは重要なのだぁ!!」
愛人の一人が感動していた。
「社長……」
「のだぁ?」
「なんだかんだ、子供には本気で優しいんですねぇ……」
レイは鼻を鳴らした。
「当然なのだぁ♡」
少しだけ真面目な顔になる。
「吾輩はなぁ」
夕暮れの風が吹く。
広大な学園敷地。
古いレンガ校舎。
遠くに広がる白樺林。
「子供には“世界は楽しい”と思ってほしいのだぁ」
「……」
「勉強は大事なのだぁ。だが、それだけだと寂しいのだぁ」
レイはふんすと鼻息を鳴らした。
「秘密基地!」
「冒険!」
「お姫様ごっこ!」
「くだらない遊び!」
「好きなだけやればよいのだぁ!」
愛人たちは少し驚いていた。
普段のレイは。
浪費。
女遊び。
無駄遣い。
変な付け髭。
だが時々。
妙なところだけ本気になる。
「子供時代なんて一瞬なのだぁ」
レイは腕を組んだ。
「だったら最高に馬鹿みたいで楽しい場所にするべきなのだぁ♡」
その瞬間。
学園理事たちは理解した。
ああ。
この男。
本当にこれを作る気だ。
しかも。
翌月。
工事は始まった。
超巨大宇宙船型男子寮。
海賊船風ラウンジ。
恐竜テーマ浴場。
女子寮には空中庭園。
プリンセスルーム。
お菓子ホール。
意味もなく巨大なシャンデリア。
しかも全部最高級素材。
結果。
『頭がおかしいほど豪華な学校』
として世界的に話題になった。
教育関係者は困惑。
富豪層は大興奮。
子供たちは大歓喜。
そしてレイ本人は。
建設中の宇宙船寮を見ながら感動していた。
「のだぁ……」
「お気に召しましたか?」
「うむ……」
レイは静かに呟いた。
「吾輩が入学したいのだぁ……」
「社長、年齢的に無理です」
「うぇえええええん!!!」




