王家の騎士の貫禄と、聖樹の咆哮
1.悲しきジュニアと王太子の重圧
領境に近いノルディアの町に立ち寄った。リアナは、オルフェウス伯爵の馬車を降りる際、ジュニアに声をかけた。
「ジュニアはそのまま馬車に居てちょうだい」
その言葉を聞いた瞬間、ジュニアはシュンと項垂れ、足?を曲げて悲しみを表現した。
「ごめんなさいね。ジュニアが王家の馬車に乗ったら、殿下の精神状態が保たないと思うのよ」
王家の馬車に、植物の姿をしたジュニアが同乗するとハロルドにとって、それは「化けの皮を剥がすための視察」という目的を忘れ、ただのパニックに陥る原因になりかねない。リアナはジュニアを気遣いつつも、今回の「ハロルド活用計画」のためにジュニアをオルフェウスの馬車へと隔離した。
少しの休憩を挟み、一行は再びコロン村に向けて動き出す。先頭は王家の騎士、続くは王家の馬車、そしてジュニアを乗せたオルフェウス家の馬車、最後尾をラウル、ロバート、アロンの精鋭が固めるという、万全の陣形だった。
二つの領地を分かつ領境、オルフェウス領の検問を事もなく通過し、一行はそのままミルフォード子爵領の関所へと迫る。
そこには、ハオンの不祥事以来、厳重に閉ざされている無骨な門が立ちはだかっていた。
ハロルドの護衛騎士、エドワルド・ド・デュランが馬を駆り、門の正面へと進み出る。
「我が名はエドワルド・ド・デュランである! これよりハロルド・ディ・ヴァルディオス王太子殿下、並びにリアナ・ド・オルフェウス伯爵令嬢が、コロン村への視察に向かう! 直ちに門を開けよ!」
エドワルドの力強い声が関所に響き渡る。
門番の兵士たちは凍りついた。事前に「王太子殿下が視察に来る」という連絡は受けていたが、「オルフェウス伯爵令嬢」が同行しているなどとは一言も聞いていなかったからだ。
2.揺らぐミルフォードの防壁
「う……ッ!?」
門番の兵士が顔を見合わせる。上層部からは「視察を許可せよ」との命令は受けている。しかし、オルフェウス伯爵令嬢を領内に迎え入れて良いのかが分からない事で、彼らの足を止めていた。
馬車の中で、ハロルド――「ハロ」として鎧を纏った王太子は、拳を固く握りしめていた。
(ここを通れば、もう後戻りはできん!……リアナ嬢、貴様の悪行を暴いてみせる!)
一方で、リアナは窓から見えるミルフォード領の荒れた空を見つめていた。
彼女の視線は、関所の先にあるコロン村の方角――そこにいるであろう人々に向けて注がれている。
前回訪れた際にはすんなりと通れたコロン村への関所が、今は無骨な門を固く閉ざしている。
「前回はこんなに警備厳重じゃなかったわね」
前回、コロン村を訪れた時にはすんなり通れた関所が今では門を閉ざしている。
「人の出入りを制限してるってことですね」とエリーが呟くと、リアナも「そうなるわね」と同意する。馬車の中でハロルドは、侍女と令嬢の平然とした会話に耳を傾けていた。
外では痺れを切らした王家の騎士エドワルドが、馬上で堂々と声を張り上げる。
「ハロルド王太子殿下をこれ以上待たすのであれば、全員、ハロルド王太子殿下への不敬と見なす!」
その圧倒的な覇気に飲まれ、兵士たちは慌てて門を開放した。
「貫禄が違うわね。さすが王家の騎士ね」
リアナの何気ない賞賛の言葉に、ハロルドは唇を噛み締めるしかなかった。今の彼はただの「ハロ」であり、威厳など微塵も感じられない変装姿だったからだ。
3.「若造」と「拉致犯」の烙印
コロン村まではおよそ三時間の道のり
「世直しが楽しみね」
リアナがこよなく愛した時代劇、そのシュチエーションがリアナを中心に起ころうとしていた。
三時間の道のりを経て、リアナたちはコロン村に到着した。入り口ではミルフォード子爵と百名ほどの兵士が待ち構えていた。
王家の馬車が止まると、ミルフォード子爵らは跪いて王太子の降臨を待った。最初に降りたのはハロルドだが、子爵たちの反応はない。続いてエリーが降り、最後にリアナが姿を現した瞬間、ミルフォード子爵が声を荒らげた。
「ハロルド殿下はどうした! なぜオルフェウスの令嬢が乗っている!」
「ハロルド殿下に馬車を借りただけよ」
「な! ふざけるな!」
「ふざけているのはどっちかしら。伯爵家との契約を反故にしといて、何を言ってるのかしら」
「オルフェウス伯爵との契約だと何を言っているんだ!」
ミルフォード子爵とリアナの言い争いが行われてる隣のオルフェウスの馬車からジュニアがラウルに抱えられ降りるとすぐにリアナの足元へと移動しラウルら護衛たちも即座にリアナを囲んだ。
「埒が明かないわね。コロン村の村長とウルズを呼びなさい!」
(我は何を見せられているんだ?何故ミルフォードは我に気づかないんだ!)
ハロルドは怒りが込み上げてくるが、今名乗れば自分が敗者になることを恐れ一切発言出来ないでいた。
ミルフォード子爵はリアナの指示に渋々従い、村長とウルズが呼び出した。リアナは彼らに、ゆずレモンの納期遅延について厳しく追及する。
「どういうことかしら?! なぜ納期が二日も遅れているの!」
「も、申し訳ありません……」
村長がリアナに謝罪の弁を述べるがリアナは深く溜め息をついた。
「はぁ……私は理由を聞いてるのよ!それとも我が伯爵家との契約を反故にする気なの!」
「伯爵家もなめられたものね」
「ミルフォード子爵!あなたたちは伯爵家に泥を塗るつもりみたいね」
ミルフォード子爵は状況をまったく理解出来ていなかった。
(どういう事だ?契約とは何だ?あの酸っぱいだけの実を伯爵家が買っているとでも言うのか?)
「ハッキリしなさい!黙ってるだけじゃ伯爵家に対する不敬とみなすわ!」
リアナの圧に村長が口を開く。
「ミ、ミルフォード子爵より……」
村長が何かを言いかけると、ミルフォード子爵が「黙れ!」と遮る。
「黙るのは貴方よ!」リアナの冷徹な声が響く。
「村長、続けなさい」
「ミ、ミルフォード子爵よりコロン村から村人全員出ることを禁じられ、村人百五十人を連れて行くと言われております……」
ミルフォード子爵とリアナとは対処的にハロルドは、完全に蚊帳の外だった。ミルフォード子爵に気づかれずただ立っているだけの存在、プライドが傷つき怒りが込み上げるが、今ここで名乗れば敗北を意味する。敗北と言う名の恐怖と気づかれない屈辱に涙目になりながら、彼は沈黙を貫くしかなかった。
3.王家への反逆
「ミルフォード子爵! 村人を何処に連れて行く気だったのですか!」
リアナの追及に、子爵は逆上して喚く。
「貴様には関係ないわ! そもそも王家の馬車を奪い、あの若造を監禁してるんではないのか!」
(若造って、殿下のことかしら)リアナはチラリとハロルドを見て、その悲惨な表情に内心で苦笑した。
「殿下を拉致した上にミルフォード子爵家を侮辱した罪、万死に値する! 兵ども、オルフェウスの令嬢とそこに居る者全て、王家への反逆罪で捕らえよ!」
ミルフォード子爵の命令に兵士たちは困惑していた。
「いや、さすがに伯爵の令嬢を捕まえるのは……」と躊躇するが、子爵の怒声に押され、ついに抜剣するとラウルたち護衛も剣に手をかけた。
(潮時ね。さあ殿下! ここで印籠……もとい、権力の見せ所ですわ)
(うーん……前振りが必要ね。私が格さん役をやればいいのかしら「控え控えおろう!この方をどなたと心得る」セリフはこんな感じで、あとは殿下を前に出せばいいわね……これはイケるわ!)
リアナの興奮が最高潮に達し、ハロルドに正体を明かすよう促そうとしたその時だった。
リアナに対する兵士たちの殺気が、ジュニアの怒りの限界を突破した。
激しく揺れるジュニアの枝に呼応する様に遠くのゆずレモンの森が一斉に轟音を立てて波打った。
風もないのに、森からは轟音のような葉音が響き渡り、ミルフォード子爵と兵士たちはその異様な光景に動揺した。
リアナがジュニアを見ると、ジュニアがしゃがむジェスチャーをする。
「しゃがめってこと?」
リアナの言葉に、枝を揺らして答える。
「みんな伏せなさい!」
リアナの言葉にラウル、ロバート、アロン、エリーはすぐに伏せたが、ミルフォード子爵が反発すると同時に、ハロルドも憤慨して反発した。
「なぜ私が平伏さなければならん!」
「なぜ我が平伏さなければならんのだ!」
「いいから伏せなさい!」
リアナは強引にハロルドの首に腕を回すと、体重をかけて地面へとグッと押し下げる、それを見た王家の騎士たちも伏せた。
「あわわわ、な、な、な……」
リアナの顔が、胸が、吐息がハロルドに触れ、彼の鼓動が跳ね上がる。
次の瞬間、リアナたちの頭上を高速で何かが通り過ぎた。
ヒュン! ヒュン! ヒュン!
ドオン! ドオン! ドオン!
おびただしい数のゆずレモンが次々とリアナたちの頭上を通過するとミルフォード子爵と兵士たちに直撃し、彼らをなぎ倒していく。
ミルフォード子爵が支配していたコロン村の入り口は、一瞬にして聖樹の制裁という名の戦場と化した。
「ああー、私のゆずレモンが……」
敵の壊滅に安堵するより先に、大切な食材が浪費されていくことに、リアナは悲痛な声を上げハロルドは近いリアナに対しパニックに陥っていた。




