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わがまま伯爵令嬢の料理改革  作者: のほほん


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運命共同体と、密談の馬車

1.繰り返される「釘」と令嬢の返答


翌朝。食卓には、これから始まる「嵐」を予感させるような、少しだけ張り詰めた空気が漂っていた。


エリオン伯爵は、娘がミリアに会いに行くこと自体は許可したが、それはあくまで「対話」の範疇。石鹸の製造、ましてや販売となれば話は別だ。


「リアナ。……分かっているな」


食事の手を止め、エリオンが射抜くような視線を娘に向けた。それは、昨夜から何度も繰り返されてきた、領主としての、そして父としての最終警告。


「はい、お父様。心得ておりますわ」


リアナは淑女としての完璧な微笑みを浮かべ、優雅に頷く。しかし、その傍らで控えるエリーは、心の中で激しく頭を振っていた。


(……絶対に分かっていない。このお嬢様、『分かった上でやる』っていう顔をしてらっしゃるもの……!)


朝食を終えると、玄関ホールにはゼノ商会の会頭のゼノが姿を現した。


「お嬢様、ゼノ様がお見えになりました」


セバスの報告を受け、リアナはスッと立ち上がる。


「では、お父様、お母様。行ってまいりますわ」


「はい、行ってらっしゃい。気をつけるのよ」


「うむ……」


エルザの穏やかな声と、エリオンの重々しい唸り声を背に、リアナはホールへと向かった。


そこには、少し緊張した面持ちのゼノが立っていた。


「ゼノ、朝早くから付き合わせて悪いわね」


「いえ、問題ありません。……行きましょうか」


平然を装うゼノだったが、その内心は穏やかではなかった。


石鹸の利権に手を出すということは、巨大なバルーナ商会に真正面から喧嘩を売るということ。失敗すれば、ゼノが心血を注いできた商会など、一瞬で握り潰されてしまう。


彼は一晩、眠れぬ夜を過ごした。


リアナを切り捨てて安全を取るか、それとも彼女と運命を共にするか。


そして出した結論は、後者だった。


(……リアナ様からの『宿題』が、また一つ増えるな)


「大丈夫でしょうか、ゼノ様……」


隣を歩く部下が不安げに囁くと、ゼノはどこか吹っ切れたような笑みを浮かべた。


「なるようになるだろう。あのお方は破天荒でわがままだが、一度決めた筋は決して曲げない。それが、リアナという女性だ。……賭けてみる価値はあるさ」



2.動き出した歯車


屋敷の前に停められた馬車。


リアナが乗り込み、続いてエリー、ラウル、ゼノ、が乗り込む。ロバートは御者台に座る。


「さあ、ミリアのところへ行きましょう。私たちの『清潔で美味しい未来』のためにね」


リアナの号令とともに、御者が鞭を鳴らした。


バルーナ商会の独占、コーリン公爵家の影、そして父の危惧。


あらゆる障害を突き抜けて、リアナの野望を乗せた馬車が、ミリアの工房へと走り出した。


揺れる馬車の中、リアナは向かいに座るゼノと真剣な表情で打ち合わせを始めた。目的地であるミリアの工房に到着する前に、交渉の落とし所を決めておく必要があったからだ。


「まず、ミリアからの要求は石鹸の製法に関する『情報料』ね」


「はい。彼女たちがその技術を独占せず、対価を求めてきたのは賢明な判断と言えるでしょう」


ゼノが手帳を広げながら答えた。


「問題は支払い方法ね。一括で大きな金額を払うべきか、それとも将来の売り上げから一定の割合を払い続ける長期契約にすべきか……。ゼノ、あなたならどう見るかしら?」


「ミリア様側のリスクを考えれば、一括での支払いを望むのが妥当でしょうな。彼女たちが製法を知りながら自分たちで売り出さないのは、やはりバルーナ商会という巨大な存在を恐れてのこと。いつ潰されるか分からない将来の取り分より、確実な現金を手にしたいはずです」


「そうね……。バルーナ商会と真正面からぶつかっても、今の彼女たちでは勝ち目がないものね」


ゼノの言葉には実感がこもっていた。彼にとっても、この計画は一歩間違えれば自らの商会を破滅させかねない、薄氷を踏むような賭けなのだ。



3.「女の武器」という名の悪魔


「……それで、リアナ様。伯爵様からも釘を刺されたと聞いております、あの商会に対し、具体的にどう動くおつもりですか?」


ゼノの問いに、リアナはふっと口角を上げた。


「そうね。まずは、外堀を埋めるところからかしら」


「外堀を埋める、とは?」


「ふふ、『女の武器』を使うのよ」


リアナが浮かべたその微笑みは、優雅でありながらもどこか底知れぬ企みを感じさせ、エリー、ゼノ、ラウルの三人には、まるで「悪魔の微笑み」のように見えた。


「冗談はさておき。……ラウル、少し教えてちょうだい」


リアナは右前に控える護衛の騎士に視線を向けました。


「はい、お嬢様」


「私に講義をしてくださるジョアンナ侯爵夫人の実家――カルヴァン侯爵家は、どの派閥に属しているかしら?」


ラウルは淀みなく答える。


「カルヴァン侯爵家であれば、デュラン公爵家と非常に親密であると聞き及んでおります。派閥で言えば、完全にデュラン公爵派と言えるでしょう」


「では、バルーナ商会の後ろ盾であるコーリン公爵家との仲はどうなの?」


「決して良好とは言えません。むしろ、王宮での利権を巡って常に火花を散らしている間柄です」


その言葉を聞いた瞬間、リアナの瞳に鋭い光が宿った。


「ふふ、決まりね。まずはジョアンナ侯爵夫人を『口説き落として』味方につけましょう」


「……どうやってですか?」


ゼノが恐る恐る尋ねると、リアナは先ほどよりも深い笑みを湛えて言い放った。


「だから言ったじゃない。『女の武器』を使うのよ」


一人で何事かを楽しそうに計画し始めたリアナを見て、エリーの背筋には、言いようのない寒気が走るのだった。

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