三人の夢と、課題
1. 満たされた胃袋と変わる日常
昼時、孤児院の食堂には温かな湯気が立ち込めていた。
リアナが来る前のこの場所は、痩せ細った子供たちが硬いパンと薄いスープを寂しく啜る、静かすぎる場所だった。しかし今は違う。ふっくらと肉付きが良くなった子供たちが、野菜たっぷりのスープとおにぎりを頬張り、美味しそうに食べている。
子どもたちを見ながらリアナは微笑んだ。
「ふふ、みんな元気そうで何よりだわ」
食後の片付けを自分たちで行い、午後の授業に備える子供たちの背中には、かつての「影」は、無かった。
「そう言えば、ここを近々卒業するのは誰かしら?」
リアナの問いに、シスターが三人の少年少女を呼んだ。ハンス、ヨハン、ライネ。緊張で少し肩を硬くした三人が、リアナの前に並ぶ。
「簡単な質問よ。ハンスから順に、将来の夢を教えてくれるかしら?」
「おれは……冒険者になって、外の世界を見てみたいです!」
ハンスが拳を握りしめ答えた。次に、少し内気そうなヨハンが、震える声で絞り出した。
「ぼくは……料理人になりたいです。リアナ様みたいな、人を幸せにする料理を作りたい……」
「私は……裁縫師になりたいです」
最後に答えたライネの瞳には、確かな意志が宿っていた。
2.令嬢の「英才教育」
三人の夢を聞いたリアナは、迷うことなく采配を振るう。
「分かったわ。ラウル! ハンスを徹底的に鍛えてあげなさい。冒険者は体が資本よ。死なないための剣術を叩き込んで」
「……分かりました。覚悟しておけ、ハンス」
ラウルの無表情な、しかし圧のある返事にハンスの顔が引き攣った。
「ヨハンは、お屋敷の厨房でアロイスの元で働いてもらいましょう。プロの現場で基礎から学びなさい。……そして、ライネ。あなたには後で『課題』を出すわね」
やがて、ジョアンナ侯爵夫人が到着し、読み書きの授業が始まった。
リアナは、読み書きは参加するが算術は、後ろで見ているだけだった。
リアナにとって、この世界の算術はあまりに簡単すぎる為、リアナは授業の輪から少し離れ、食堂の隅で羊皮紙を広げた。ライネに課す「課題」の設計図を描くためだ。
(ライネには、『付加価値』のあるものを作れるようになってほしいのよね……)
リアナのペンが、さらさらと羊皮紙の上を滑る。
描き出されたのは、前世の機能性とこの世界の素材を融合させたアイテム――「巾着ショルダーバッグ」。
構造: 口を紐で絞る巾着型。中身が飛び出さず、収納力も抜群。
デザイン: 肩から掛けられるストラップを付け、手ぶらで動けるように。
装飾: ライネが得意な刺繍を施せるような広い面を確保。
「うん……これなら実用的だし、流行るかもしれないわ」
読み書きの授業に勤しむライネの横顔を見ながら、リアナは不敵に微笑んだ。
冒険者、料理人、そして裁縫師。
リアナが蒔いた「種」は、田んぼのポロの実よりも先に、子供たちの心の中で芽吹き始めていたのだった。
3.黄金の報酬を夢見て
算術の授業が一段落した頃、リアナは傍らに控えていたロバートを見上げた。
「ロバート、伯爵邸の厨房に行って、トルネードポテトを作って持ってくるように伝えてくれるかしら」
「あと切れ端も同じように揚げて持ってくるように伝えて」
「はっ、トルネードポテトは、どの程度の量が必要でしょうか?」
「ここにいる子供たち全員分とジョアンナ夫人の家族の分をお願い」
ロバートは深く頷くと、その足で厨房へと向かった。リアナの意図は明確だ。勉強や訓練で頭と体を使った子供たちに、あのサクサクの「トルネードポテト」をご褒美として振る舞うつもりなのだ。
4.騎士ラウルのスパルタ教育と課題
算術の授業を終えたハンスとヨハンは、弾かれたように外へと飛び出しました。待っていたのは、無表情ながらも底知れぬ威圧感を放つ騎士ラウルです。
「ハンス、冒険者になりたいと言ったな。ならば、今日から地獄を見てもらう」
ラウルがハンスに課したメニューは、想像を絶するものだった。
基礎: 徹底した柔軟体操。
持久力: 息が切れるまでのランニング。
技術: 木剣による果てしない素振り。
実戦: ラウルによる直接指導。
さらにラウルは、ハンスの目の高さに合わせて腰を落とすと、鋭い視線を向けた。
「いいか、ハンス。冒険者は体力がなければ、どんなに剣の腕が良くてもいずれ獲物に食われる。今日から三ヶ月、腕立て、腹筋、反復横跳び……教えたメニューを一日も欠かさずこなせ。分かったな!」
「は、はいっ!」
「これができれば、三ヶ月後には『身体強化』の基礎を教えてやる。死ぬ気でついてこい」
ラウルの死なせない為の訓練を聞いたハンスの瞳に、恐怖を上回る決意の火が灯った。
一方、食堂ではジョアンナ侯爵夫人による裁縫の授業が始まった。リアナは隅で静かに針を動かしていた少女を呼び寄せた。
「ライネ、少しいいかしら。……あなたには、これを作ってほしいの」
リアナが手渡したのは、先ほど描き上げたばかりのスケッチ。それを横から覗き込んだジョアンナ夫人が、驚きのあまり扇を落としそうになった。
「……まあ! リアナ嬢、これは一体……?」
「『巾着ショルダーバッグ』ですわ。紐で口を絞ることで中身を守り、肩から掛けることで両手を自由に使える機能的なバッグです」
リアナはスケッチの細部を指でなぞりながら、ライネにアドバイスを送る。
「ライネ、構造はシンプルだけど、ここにあなたの得意な刺繍を入れたり、レースをあしらったりしてみて。そうすれば、世界に一つだけの特別なバッグになるわ。やってみてくれる?」
「……はい! 頑張ります、リアナ様!」
ライネの瞳が、職人特有の輝きを放ち始めた。
冒険者の汗、料理人の卵の期待、そして新たなファッションの芽吹き。
孤児院という名の「未来の苗床」では、リアナの撒いた種が力強く根を張り始めた。
「お腹すいたー!」
外で騎士ラウルのスパルタ指導を受けていたハンスたちが、泥と汗にまみれて食堂へ戻ってきた。その顔は疲れ果ててはいるものの、どこか晴れやかだった。
「今日はここまでね。ジョアンナ侯爵夫人、本日もご指導ありがとうございました」
リアナが丁寧に礼を述べると、子供たちも声を揃えて「ジョアンナ先生、ありがとうございました!」と元気よく頭を下げた。
「今日学んだことは、しっかり予習復習しておくのですよ。……それではリアナ様、また明日お会いしましょう」
「あ、ジョアンナ侯爵夫人少し待ってもらえますか」
「あら、何かしら?」
夕食の積荷からジョアンナ夫人のトルネードポテトと素揚げしたポテトの入った入れ物を取り出し手渡した。
「じゃがいもを揚げた料理が入っています。よかったら家族でお召し上がりください」
「あら、リアナ様ありがとうございます」
リアナからお土産を受け取ると気品ある微笑みを残し、侯爵夫人は孤児院を後にした。リアナもまた、充実感に包まれながら迎えに来た馬車へと乗り込んだ。
「それじゃあ、私たちも帰りましょう。みんな、またね!」
「リアナ様、さようならー!」
子供たちの見送りを受けながら、リアナは伯爵家へと戻った。
屋敷に到着したリアナを待っていたのは、一通の手紙だった。差出人は、石鹸の製法を尋ねたミリア。




