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わがまま伯爵令嬢の料理改革  作者: のほほん


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噛み合わない歯車と、白銀の螺旋

1.絶望的な温度差


オドオドと震え、視線を彷徨わせるオルドの姿を見た、リアナは深くため息をつき、眉間に指を当てた。


「はぁ……。オルド、あなたさっきから何でそんなに『借りてきた猫』みたいになっているのかしら?」


((いや、お嬢様……あんな手紙で呼び出したら、誰だって命の危険を感じますよ!))


エリーは驚愕のあまり、リアナを二度見した。しかし、当の本人は至って真面目な仕事モードだった。


「まあいいわ。混乱しているみたいだけど、オルド、これは正式な仕事の依頼よ」


「え? ええっ? し、仕事……? お咎めじゃなくて……え?」


「そうよ。あなたには、『ミンサー(挽き肉機)』と『フードチョッパー(みじん切り機)』を作ってもらいたいの」


「みんさぁ? ふーど、ちょっぱぁ……? え? ええ?」


オルドの思考は完全に停止した。


死を覚悟して来たところに、聞いたこともない異国の魔法のような単語を並べられ、彼の脳内のキャパシティは一気に限界(オーバーフロー)(オーバーフロー)を迎えていた。



2.バロンの冷静な分析


「はぁ……ちょっとバロン! オルドっていつもこんな感じなの? 腕は確かだって聞いたけど、これじゃコミュニケーションも取れないわ」


呆れ顔のリアナに、バロンは油まみれのタオルで顔を拭いながら、力なく答えた。


「いえ……お嬢様。こいつ、いつもはもっと威勢がいいんですよ。さっき工房に入ってきた時なんか、俺の胸ぐらを掴まんばかりの勢いでしたし……」


「……入ってきた時? ああ、そういえば何か叫んでいたわね」


リアナは思い出した。彼は確かに、バロンに向かって「騙しやがったな!」と吼えていたはずだった。


「……なるほど。私と話すのがそんなに怖いのかしら?」


リアナが目を細めて問い詰めると、オルドは「ヒッ」と喉を鳴らした。


「いや、あの、その……」


「はっきりなさい!」


その瞬間、リアナの背後に前世――板前の料理長・工藤玲子の鋭いオーラが立ち昇った。厨房を仕切り、数多の修羅場を潜り抜けてきた「ボス」の迫力だ。


「は、はいっ! 昨日の手紙を見てから、処刑されるんじゃないかって恐怖で、一睡も出来ませんでしたぁ!」


直立不動で叫ぶオルド。そのあまりの怯えっぷりに、リアナは毒気を抜かれたように、ふっと眉間の力を緩めた。


「あら、そうなのね……。それは少し、困ったわね」


(((少しどころじゃないですよ! あの手紙なら、普通は遺書を書くレベルですってば!)))


エリーが心の中で激しく突っ込みを入れつつ、冷ややかな視線をリアナに向けた。


「だから言ったじゃないですか、リアナ様。ちゃんと『仕事の依頼』だと書くべきだったんです。脅迫状みたいな真似をするから……」


「まあ、終わったことはしょうがないわ。過ぎたことを悔やんでも時間は戻らないもの」


リアナは華麗にエリーの正論をスルーすると、まだ目が泳いでいるオルドを見限り、次のターゲットに視線を定めた。


「バロン、ちょっといいかしら」


「えっ……お、俺ですかい?」


火の粉が自分に飛んできたことを察し、バロンの顔が引き攣った。



3. 生贄のバトンタッチ


「ええ。今のオルドに説明しても、右から左へ抜けていきそうだわ。だから、まずはあなたに詳細を教えるから、彼が正常に戻ったらしっかり伝えておいてくれるかしら」


(((ああー……バロンさん、どうか生きてください……)))


エリーが憐れみの視線を送る中、リアナは全く悪びれることなく、設計図を広げた。


「いい、バロン。この『ミンサー(挽き肉機)』と『フードチョッパー(みじん切り器)』は、これからのオルフェウス領の食文化を変える重要な調理器具よ」


「は、はあ……。つまり、俺がその……パニックになってるこいつを宥めて、この理屈を叩き込めってことですかい?」


「頼んだわよ、バロン」


リアナはバロンの肩をポンと叩くと、「よろしくね」と可憐に微笑みました。それは、拒否権など一切存在しない、絶対的な主君の笑みだった。


「それじゃあ説明するわよ」


リアナはトルネードポテトを呆然自失のオルドと、それを見守るバロンの目の前に突き出した。


「いい? この螺旋らせんの形が重要なの。上から肉を入れて、レバーを回すとこのスクリューが回転する。すると肉が潰されながら、グイグイと前に押し出されていく……という寸法よ」


「……なるほど。この渦巻きが『送り出す』役割をするわけですかい」


バロンが感心したように頷く。リアナはさらに、空いた手で網目状のジェスチャーを加えた。


「そして先端には網目状のダイを置くの。押し出された肉がその穴を通ることで、『挽き肉』になって出てくるわ。穴の大きさが違うものを、少なくとも三種類は用意してちょうだい。料理によって粗さを変えたいの」


リアナの説明は止まらない。設計図の余白に、素早く追加の指示を書き込んでいく。


「それから一番大事なこと。この機械は、使ったあとに『分解して洗える』構造にしてちょうだい。生肉を扱うんですもの、お湯で煮沸消毒できるくらいじゃないと、私は使わないわよ!」


「ぶ、分解できるように……ですかい。そりゃまた、接合部の精度が求められやすね……」


バロンが冷や汗を拭った。次にリアナは、もう一つの装置――フードチョッパーの図面に指を動かした。


「チョッパーはもっと単純よ。網目状の刃を敷いて、上から野菜を押し付けると、切れた野菜が下に落ちる構造。これも押し付けるパーツは取り外し可能にして、色んな形の刃に取り替えられるようにしてちょうだい」



4.「白銀鉄」という名のステンレス


「……さて。構造は分かったわね? あとは一番重要なことよ。バロン、錆びない鉄はあるかしら。肉や野菜の水分で機械が赤黒く錆びたら、料理が台無しになるわ」


「へい。それなら、例の圧搾機プレスにも使った『白銀鉄しろがねてつ』がありやすぜ。水にも酸にも強く、輝きが失せねえ魔鉱石由来の鉄です」


「値段はどうなの?」


「普通の鉄よりは張りやすが、どこにでもあるもんです。流通量もそれなりにあるんで、問題ないかと」


リアナは満足げに深く頷いた。


「決まりね。じゃあ、主要なパーツはすべてその『白銀鉄』で作るように、あっちで固まってるオルドに伝えておいてくれるかしら?」


「あ……はい……承知しやした……」


バロンは、未だに「みんさぁ……ちょっぱぁ……」と虚空を見つめているオルドを振り返り、深い、深いため息をついた。


(……やっぱり、俺がこいつを叩き起こして、全部一から説明しなきゃならねえのか……)


「じゃあ、私は孤児院へ行ってくるわね」


リアナはエリーを連れ、風のように工房を去っていった。


静まり返った工房に残されたのは、設計図と、思考の停止したオルド、そして肩を落とすバロンだった。


「おい、オルド……起きろ!」


バロンの悲痛な叫びの傍らで、オルドが「ミンサー……フードチョッパー……処刑じゃない、仕事……?」と、壊れた蓄音機のように呟き続けていた。


「はぁ……ダメだな、当分ほっとくか」


一旦オルドを見限りバロンは弐号機の調整に戻った。

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