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わがまま伯爵令嬢の料理改革  作者: のほほん


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二度揚げの魔法と、黄金色のサクサク革命

1.「どんぶり」という未知の概念


翌朝、リアナは軽快な足取りで厨房へと足を踏み入れた。


「アロイス、今日は『どんぶり物』にしましょう!」


「……どんぶり、ですか? それは一体どのような料理で?」


アロイスが首を傾げた。リアナは厨房を見渡し、ふと足を止めた。


「あ……そういえば、この世界には『どんぶり茶碗』がなかったわね……」


この世界の食器は、平皿か、スープを入れるための底の浅いボウルが主流だ。ご飯の上に具材をどっさりと載せ、その重みと汁気を受け止める『深くて大きな陶器の器』は存在しなかった。


「器から作るとなると時間がかかるわね……。うーん、予定変更よ! 今日は『トンカツ』にしましょう」


リアナは手際よく食材を並べ始めた。


「アロイス、見ていて。ピッグの肉をこのくらいの厚さに切って、まずは『筋切り』をするのよ。これをしないと、焼いた時に肉が反り返ってしまうから」


トントン、とリズミカルな音が響く。そしてリアナは、小さな器で「あるもの」を混ぜ合わせた。


「次に、これ。マヨネーズと味噌を混ぜ合わせるの。ここに、さっき切ったピッグの肉を漬け込んでおいてちょうだい」


「ええっ!? マヨネーズを……肉に、ですか?」


アロイスは驚愕した。卵と油のソースであるマヨネーズを、焼く前の肉に漬けるなど、この世界の常識では考えられなかった。


「そうよ。マヨネーズの油分と酢が肉の繊維を柔らかくして、味噌の旨味が深みを出してくれるの。これを半日寝かせて、夜に揚げるわよ」


リアナはアロイスや他の料理人たちを呼び寄せ、夕方に肉を揚げる際の衣の付け方を丁寧にレクチャーした。


「揚げ方は、前に教えた唐揚げと同じ。『二度揚げ』で行くわよ。これが厚みのある肉をジューシーに、かつ衣を軽く仕上げる最大の秘訣なんだから」


リアナは、実際に一つ揚げてみることにした。それを真剣に見つめるアロイスたち料理人。


「まずは油を160℃くらいにしてゆっくりとトンカツを入れるのよ」


「この低温で3分。じっくりと中に熱を通していくわ。時間が来たら、一度バットに取り出して。ここで3分ほど寝かせるの。余熱で肉の芯まで火を通しつつ、肉汁を落ち着かせるための大事な時間よ」


料理人たちが「寝かせる……」と一斉にメモを取る音が聞こえた。


「最後に仕上げよ。油の温度を180℃まで一気に上げて。表面の水分を飛ばし、衣を固めるために1分だけ揚げるの。これだけで、油切れが格段に良くなって、時間が経ってもベチャつかない最高の状態になるわ」


180°Cの高温の油から、完璧なきつね色に輝くトンカツが引き上げられた。


リアナはそれをまな板の上に置くと、迷いなく包丁を振り下ろした。


ザクッ、サクッ……。


厨房全体に、衣が砕ける軽やかな、そして力強い「音色」が響き渡る。断面からは、透明な肉汁がじわりと溢れ出す。


「さあ、冷めないうちに食べてみて」


差し出された一切れを、アロイスがおそるおそる口に運んだ。


「…………っ!!」


一口噛んだ瞬間、彼の顔に衝撃が走った。


サクサクと小気味よい衣の食感の直後、味噌のコクとマヨネーズのまろやかさが、肉本来の旨味を何倍にも引き立てて襲いかかってきたのだ。


「う、うまい……! 味噌とマヨネーズがこんなに合うなんて……」


若手の料理人たちも、一切れを分け合い、あまりの美味しさに言葉を失っていた。


「今回のは漬け置きをしてないから、少し硬くなってるけど、しっかり漬け込むと肉が柔らかくなるわ」


「アロイス、手順は分かったわね? 今夜の食堂はこれでいくわ。……ただし、ご飯(ポロの実)をたっぷり用意するのを忘れないで。これは、とんでもなく『ご飯が進む』料理なんだから!」


リアナは満足げに微笑んだ。



2.鮮魚シルヴァラスとの対面


夕食のトンカツの仕込みを終えたリアナは、息つく暇もなく朝食の準備に取りかかった。厨房の活気は、彼女の情熱に応えるように一段と増していった。


「朝は、お魚にしましょうか。何が入っているの?」


「今日は、シルヴァラス(銀色の鱗を持つ深海魚)がいい状態で入っていますよ、お嬢様」


アロイスが差し出したその魚を、リアナは手早く捌き、身質を確認した。指先に伝わる適度な脂の乗り。


「うーん……身の質が『銀だら』によく似ているわね。よし、これにもさっきの味噌マヨを使いましょう。ただし、少しだけアレンジを加えるわよ」


「アロイス、魚料理は下準備がすべてよ。まず、シルヴァラスの切り身に塩を満遍なく振って。しばらく置くと水分が出てくるから、それを丁寧に拭き取るの。これで魚特有の臭みが抜けて、身がキュッと締まるわ」


リアナは手際よく切り身を並べ、特製ソースの調合を始めた。


「味噌とマヨネーズを混ぜて……そこに、みじん切りの玉ねぎを加えてちょうだい。玉ねぎの甘みが味噌の塩気をまろやかにしてくれるのよ」


工程1: 水分を取った身をオーブンで15分焼く。


工程2: 一旦取り出し、味噌マヨソースをたっぷりと塗る。


工程3: さらに3分焼き上げる。


注意点: 「味噌は焦げやすいから、目を離さないこと!」


アロイスにシルヴァラスの味噌マヨ焼きの調理方法を教えると騎士たちの朝食の準備が始まった。



3.騎士たちへの「選べる贅沢」


「騎士たちには、昨日から仕込んであるハンバーグを焼いて出してあげてちょうだい」


リアナは、朝から体力をつかう騎士たちの胃袋も忘れていない。


「でも、朝からお肉は重たいって人もいるでしょう? だから、希望する人にはこのシルヴァラスの味噌マヨ焼きを提供してちょうだい」


やがて、食堂には香ばしい味噌の焦げる香りが漂い始めた。



4.豪華な「重り」との戦い


「アロイス、あとはお願いね」と言い残し、厨房の熱気を背に自室へ戻ったリアナを待っていたのは、侍女エリーによる「美の追求」という名の第二の戦いだった。


「今日は、どのドレスになさいますか?」


エリーがクローゼットを開き、色とりどりのシルクやレースを提示した。しかしリアナの返答は相変わらず素っ気ないものだった。


「……何でもいいわよ、動ければ」


「リアナ様! もう少し真面目に考えてください! 伯爵令嬢なんですから」


エリーの抗議に、リアナは肩をすくめた。前世のコックコートがいかに機能的だったかを思い出し、今の幾層にも重なるスカートとコルセットにげんなりせずにはいられない。


「どれも重たいだけなんですもの……。いっそもっと簡素なワンピースでも作ろうかしら。うーん、ジャージ(運動着)があったら最高なのに……」


「『じゃーじ』……? また不思議な言葉を。さあ、背筋を伸ばしてくださいね!」



5.伯爵家の静かなる食卓


着替えという名の重労働を終え、リアナは主食堂へと向かった。そこには、すでに当主エリオンと母エルザが席についていた。


「お父様、お母様、おはようございます」


「うむ、おはようリアナ。今朝も早くから厨房にいたそうだな」


「おはよう、リアナ。あなた、本当にタフね」


二人の前には、アロイスが完璧に焼き上げた「シルヴァラスの味噌マヨ焼き」が並んでいた。銀だらに似た脂の乗った身が、焦げた味噌の香りを纏い、食欲をそそる。


リアナが席に着くと、エリーが手際よく配膳を進めた。ご飯、野菜スープ、そしてメインのシルヴァラス。ここまでは、この邸の新しい「定番」になりつつある風景だった。


しかし、エリーはリアナの前に、あの「糸を引く謎の豆(納豆)」を置いた。そして――。


「……あ、あら?」


エルザが声を上げた。エリーが、リアナの分だけでなく、エルザの前にも同じ小鉢を置いたのだ。


「エリー、これは……?」


「お嬢様が、お母様にもぜひ召し上がっていただきたいと」


「お母様、今日は、何も予定ないですよね。試してみてください」


納豆独特の、発酵した香りがふわりと食卓に漂った。エリオンは一瞬、眉をぴくりと動かし、「私は遠慮しておこう」と言わんばかりにシルヴァラスに集中し始めた。


「お母様、見た目は少し驚くかもしれないけれど、ご飯と一緒に食べると本当に美味しいのよ。お肌にもいいんですから」


リアナは悪戯っぽく微笑みながら、自分の納豆を勢いよくかき混ぜ始めた。



エルザは恐る恐る納豆をかき混ぜ一口食べた。


「あら、いけるわね」


妻エルザの言葉にエリオンは驚愕し眉間を押さえ呟いた。


「もう一つ増えるのか……」


女性の美への欲求を抑えるすべをエリオンは知らない。






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