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わがまま伯爵令嬢の料理改革  作者: のほほん


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死の宣告と、戦慄の召喚状

1.簡潔すぎる「招待状」


バロンから「腕は確かだ」という太鼓判をもらったリアナは、鉄は熱いうちに……もとい、やる気が冷めないうちに筆を執った。


リアナはサラサラと迷いのない手つきで、隣町のトロンに住む鍛冶職人・オルド宛の手紙を書き上げた。


『明日、オルフェウス伯爵邸に来るように。明け方に迎えの馬車をそちらに差し遣わします』


「よし、これでいいわね」


リアナは満足げに頷くと、父親であるエリオンから預かっている「オルフェウス伯爵家の紋章」が入った封蝋を、熱い蝋の上に力強く押し当てた。


「ロバート、これをトロンの町長に渡してちょうだい。鍛冶職人のオルド宛と言えば分かるでしょう。あと明日の朝、一番足の速い馬車を出す手配も忘れずにね」


「はっ、畏まりました。直ちに!」


使いに出されたロバートは、伯爵家の正式な紋章が刻印されたその手紙を恭しく受け取り、風のような速さで工房を出て行った。


その一連の流れを横で見ていたエリーは、頬を引きつらせながら天を仰いだ。


(……うわ、まただ。お嬢様の悪い癖が出たわ……)


エリーの脳内では、今頃トロンで平和に槌を振るっているであろうオルドの姿が再生されていた。


平民の職人のもとに、突然、伯爵家の紋章入り「召喚状」が届くのだ。しかも中身は『明日、明け方に来い』という、有無を言わせぬ短い命令。


「あの……リアナ様? 念のためにお聞きしますが、せめて『新しい調理器具の相談をしたい』とか、一言添えなくてよろしかったのですか?」


「え? 会ってから話せばいいじゃない。その方が早いわ」


(……絶対、オルドさんは『俺、何か悪いことしたっけ!?』って震え上がって、一睡もできずに馬車に乗るわね。……もしかしたら、遺書まで書くかもしれないわ)


エリーは、まだ見ぬ「二代目の犠牲者」になるであろうオルドの身を案じ、そっと胸元で祈りを捧げた。リアナの「合理性」は、時に相手の心臓を止めるほどの威力を持つのだ。



2.長屋建設の進捗


朝の清々しい空気の中、ゼノが工房の門を叩いた。


「リアナ様、おはようございます」


「ゼノ、おはよう。早速だけど、例の長屋の進捗はどうなっているかしら?」


リアナは図面から目を離さず、端的に問いかけた。今後、領地外のコロンの住人を受け入れるための宿泊施設は、リアナの計画における最重要インフラだ。


「はい、言われた通り、知り合いの大工の棟梁に『伯爵家からの最優先事項である』と強く伝え、資材の発注をすべてかけ終えました。腕利きの職人たちを揃えておりますので、着工は早まるでしょう」


「そう、ありがとう。助かるわ」


リアナは一つ頷くと、続けて新たな指示を出す。


「ゼノ、もう一つお願い。魚を捕るための大きな網を、十二枚ほど買い付けてほしいの。大きさは、シーツと同じくらいかしら」


「網ですか? リアナ様、漁を始められるのですか?」


「いいえ、熟した果実を受け止めるために、樹の下に設置したいのよ。シーツだと光を遮ってしまうけれど、網なら根に陽が届くでしょ?」


「なるほど、木から落ちる果実を傷つけないためですな」


ゼノは納得したように頷いたが、すぐに表情を曇らせた。


「分かりました。ただ、それほど頑丈で巨大な魚網を揃えるとなると、やはり隣のデュラン領まで足を運ばねばなりません」


(デュラン領……海……昆布……ワカメ……!)


リアナの胸に、今朝からくすぶっていた「出汁への渇望」が再燃する。本当なら自分が馬車に飛び乗り、海辺で昆布を拾い集めたい。だが、自分は伯爵令嬢であり、勝手な長旅など許されるはずもない。


「……そうね。残念だけど、買い付けは任せるわ。よろしくね」


リアナは小さな溜息と共に、海の幸への未練を心の奥底へ仕舞い込んだ。



3.スラムという名の「人材供給源」


そして、リアナは今日の本題へと切り出した。


「ゼノ、蜜芋糖みついもとうの量産化を急ぎたいの。そのために、新たに十人ほど動ける人材を確保してくださる?」


「えっ……十人、ですか?」


ゼノが驚きに目を見開く。


「そうよ。いずれは醤油と味噌の仕込み、それにゆずレモンの抽出も本格化するわ。今いる人員だけじゃ、どう考えても足りなくなる」


ゼノは険しい顔で腕を組み、言葉を選んだ。


「……リアナ様。今のオルフェウス領のほとんどの領民はすでに自分の仕事を持っており、急に十人も働き手を募るというのは……正直、かなり厳しいですな」


「そうなの……? 誰も余っていないというわけ?」


「ええ。まともに働ける者であれば、何かしら仕事を持っていますから。……もし、どうしてもというのであれば」


ゼノは一度言葉を切り、少し声を潜めて続けた。


「……スラムの人々を雇うしかありません」


「スラム……」



4.料理が変える「世界のカタチ」


リアナが思い描く未来――それは、決して自分や伯爵家だけが贅沢をすることではありません。


「美味しい料理を食べて、すべての人が笑顔でいられる。そんな世界を作りたいの」


前世で料理長として、皿の向こう側にある無数の笑顔を見てきた工藤玲子の魂が、今のリアナを突き動かしている。


お腹が満たされれば、心に余裕が生まれる。心に余裕が生まれれば、人は他人に優しくなれる。リアナにとって、食は平和の礎そのものだった。


しかし、現実は非情だ。


特に「スラム」と呼ばれる場所に身を置く人々は、社会から煙たがられ、まともな教育も受けられず、当然のように職に就くのは難しい。 


仮に雇ってもらえても安い賃金で働かされ、スラムからは抜け出せないのだ。


低賃: 収入が少なく、明日食べるものにも困る。

困窮: 空腹と絶望が、人を道から外れさせる。

犯罪: 生きるために罪を犯し、待っているのは冷酷な「極刑」。


この負のループが、街の治安を悪化させ、結果として領地全体の活力を削いでいることを、リアナは知識として理解していた。


「……でも、ゼノ。この街にスラムなんてあったかしら? 私の知る限り、市場も通りも活気に溢れているわよ」


リアナの率直な疑問に、ゼノは少しだけ表情を曇らせて答えた。


「はい。……お嬢様の目に触れないよう、北の城壁沿いの隅に、規模は小さいですがスラムは存在します。日の当たらない、古い建物の跡地に人々が住みついているのです」


「……そう。私が知らなかっただけなのね」


リアナは自嘲気味に微笑んだ。伯爵令嬢としての箱入り娘生活では、意図的に隠されてきた現実。しかし、今の彼女はそれを見過ごすつもりはなかった。



5.「労働力」という名の救済


リアナは頭の中で、パズルを組み立てるように計算を始めた。


蜜芋糖の量産、味噌や醤油の仕込み、ゆずレモンの抽出……。これらはすべて、丁寧な「手仕事」が必要だ。


「ゼノ。もし、彼らに『仕事』と『食事』、そして『住む場所』を提示したら……彼らは働いてくれるかしら?」


「それは……食いつくでしょうな。ですがリアナ様、彼らは作法を知りません。何より、裏切りや盗難のリスクもございます」


「教育すればいいのよ。孤児院の子供たちが変わったように。それに、本当に飢えている人は、一度掴んだ『希望』を離さないものよ」


リアナの瞳には、慈愛というよりは、「優れた人材を確保し、同時に街を健全化する」という、極めて合理的で力強い意志が宿っていた。


「ラウル、近いうちにその北のスラムを視察に行くわ。それまでにスラムの調査をお願いね……あと、お父様には内緒でね?」


「……お嬢様。それは、さすがに無理があるかと……」


ラウルとエリーが同時に溜息を吐いたが、リアナはすでに、スラムの住人たちが作った「極上の味噌」を想像して、楽しそうに目を細めていた。


エリーは隣で「またお嬢様の無茶が始まった」と言いたげに、そっと目元を押さえた。



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