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わがまま伯爵令嬢の料理改革  作者: のほほん


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三色そぼろ丼と、黄金の特製プリン

1.厨房に漂う「昆布」の亡霊


ポチの庭から引きずられるようにして、リアナは館の厨房へとやって来た。その足取りは重く、肩は力なく落ちている。


「はぁ……。私の、私の昆布……。待っててね、私の出汁だし……」


「……お嬢様、いつまで言っているんですか。気持ちを切り替えてください」


エリーが呆れたように声をかけるが、リアナの耳には届いていない。その様子を、仕込みをしていた料理長のアロイスが不思議そうに眺めていた。


「リアナ様、どうしたんだ? まるで世界が終わったような顔をして」


「……海に行けないことにうなだれているだけです」


「海? 魚でも見に行きたいのか?」


「いえ、何か『コンブ』がどうとか言ってました」


「コンブ……? なんだそれは?」


「分かりません。お嬢様の頭の中にしかない、魔法の言葉か何かじゃないでしょうか」


エリーの身も蓋もない説明に、アロイスは首を捻る。この領地で「海」といえば、塩や魚の供給源であって、それ以上に執着する対象ではなかったからだ。



2.絶望からの「ハンバーグ」旋風


しばらく、まな板の隅で「コンブ……ワカメ……」と呟いていたリアナだったが、ふと顔を上げた。料理人としての本能が、ストレスを「創造」へと変換し始めたのだ。


「……決めたわ。こうなったら、食べて忘れるしかないわね。アロイス、気分転換に『ハンバーグ』を作るわよ」


「ハンバーグ? また聞いたこともない料理名ですね」


「最高にジューシーで、お父様も絶対に唸る料理よ。アロイス、牛肉と豚肉の在庫はある?」


「肉ならありますよ。ちょうど最高級のホーンバッファローの赤身と、脂の乗ったラッシュピッグのバラ肉が入ったばかりです」


「完璧ね。……じゃあアロイス、それを使って『挽きひきにく』を作ってちょうだい」


アロイスの手が止まった。彼は包丁を握り直すと、困惑したようにリアナを見返した。


「……お嬢様。失礼ですが、『ヒキニク』とは一体何のことですか?」


「えっ? ああ、そういえば……」


リアナは思い出した。この世界の肉料理といえば、塊のまま焼く「ロースト」、薄く切って焼く「ソテー」、あるいは角切りにして煮込む「シチュー」が主流だ。


肉を細かく叩き潰し、別の形に成形するという概念は、まだこの厨房には存在していなかった。


「切って焼くか煮込む以外は、まだやっていなかったわね。いい、アロイス。挽き肉っていうのはね、肉を細かく細かく刻んで、ペースト状に近い状態にすることよ。それを混ぜ合わせて、新しい『肉の塊』を作るの」


「肉を……わざわざ刻むんですか? 塊のままの方が食べ応えがあるのでは……」


「甘いわよ、アロイス。細かくして脂と赤身を混ぜ合わせることで、口の中で肉汁が爆発するの。……私が手本を見せるわ」


リアナは自らの包丁を握り、ホーンバッファローの肉を並べた。


トントントン、といういつもの軽快なリズムではない。ドンドンドンドンドン! と、二本の包丁を使い、凄まじい速度で肉を叩き切っていく。


「見てなさい。これが『黄金比率』よ。バッファローの力強さと、ピッグの甘い脂が混ざり合うことで、単体の肉では到達できない高みへ行けるの」


刻まれ、粘り気が出てきた肉の塊。


アロイスはその光景を、魔法を見るような目で見つめていた。 


「なるほど……。肉の繊維を断ち切り、再構築するということか。……これは、料理の概念が変わるかもしれない」


「そうよ、アロイス。さあ、やってみて! ジョアンナ様の講義が始まる前に、この『肉の種』を寝かせておきたいの。玉ねぎ……オニンのみじん切りも忘れないでね!」



3.効率化の極み


挽き肉の概念に驚愕していたアロイスたちだったが、リアナの「食べればわかる」という自信に押され、作業は一気に加速した。


「アロイス、ロックバード(鳥肉)も挽き肉にしといてくださる?」


「承知しました!」


厨房は瞬く間に役割分担がなされた。


第一班: ポロの実を炊き上げる「米炊き係」


第二班: 三種の肉をひたすら叩いてミンチにする「精肉係」


第三班: 野菜スープを煮込む「煮炊き係」


「今日の朝食は、『そぼろ丼』にするわよ」


リアナの指揮のもと、機能的な「流れ作業」が始まった。



4.秘密のデザート ―― 蜜芋糖みついもとうプリン


肉のミンチを職人たちに任せている間、リアナは今日一番の「お楽しみ」に取りかかった。


「グラニュー糖は無いから、この蜜芋糖で代用しましょう」


小鍋に水と蜜芋糖を入れ、火にかける。甘い香りが立ち上り、次第に深い琥珀色へと変わっていく。


「焦がさないように……うん、いい色ね」


出来上がったキャラメルソースを器の底へ流し込み、次は主役の卵液だ。 


「それにしても、このタマゴ……やっぱりデカいわね。一体何人前できるのかしら……」


巨大な卵を割り、手際よく混ぜていく。 


混合: 溶き卵に蜜芋糖を加え、しっかりと混ぜ合わせる。


加熱: 牛乳を温め、沸騰直前で止める。


融合: 卵液に温かい牛乳を少しずつ加え、温度を合わせながら混ぜる。


仕上げ: 滑らかにするために一度こしてから、キャラメルの入った器へ。 


「あとは冷やして固めるだけ。名付けて、『蜜芋糖プリン ――ポチの実を添えて――』。……ただ、これだけの卵を使っても数は限られるから、子供たちと私たちの分だけにしましょう。騎士たちやメイドには、ポチのゆずレモンのカットを出せば十分よ」


アロイスは「お嬢様のえこひいき(愛)は相変わらずだ」と苦笑しながら、その繊細な工程を必死にメモしていた。



5.炎の舞 ―― そぼろ丼の完成


「ロックバードのミンチはできたかしら?」


「はい、お嬢様!」


差し出された鶏肉のミンチを、リアナは熱した鍋に投入した。


「そぼろ丼を作るわよ。酒と蜜芋糖を入れて……フランベ(発火調理)よ!」


ボォォォッ!!


一瞬、鍋から鮮やかな炎が上がり、厨房の料理人たちが「うわあっ!」と声を上げた。


「大丈夫、驚かないで。こうしてアルコールを飛ばして、香りを濃縮させるの。次に醤油を入れて、キツネ色になるまで炒めれば『鶏そぼろ』の完成。卵そぼろも同じように、酒と蜜芋糖でふんわり仕上げるわよ」


最後に青野菜を茹でてザク切りにし、醤油でサッと炒めて彩りを添える。


炊き立てのポロの実の上に、三色の具材が美しく並べられた。


茶色: 旨味が凝縮された鶏そぼろ


黄色: 甘くふんわりとした卵そぼろ


緑色: シャキシャキとした青野菜の醤油炒め


「盛り付けは均等にね。見た目の美しさも味のうちよ」


今日の朝食――『特製三色そぼろ丼』、『野菜スープ』、そしてデザートの『ポチの実』。


料理人たちは、自分たちが作った「挽き肉」がこれほどまでに食欲をそそる姿に変わったことに、深い感動を覚えていた。



6.黄金比 7:3 の魔法


そぼろ丼の仕込みを終えた厨房に、今度は甘い香りが立ち込めた。リアナがアロイスに指示し、大量のオニン(玉ねぎ)をキツネ色になるまでじっくりと炒めさせていたのだ。


「いい、アロイス。このオニンの甘みが、肉の猛々しさを優しさに変えるの。でも、炒めてすぐ肉に混ぜちゃダメよ。予熱で肉の脂が溶け出してしまうわ。冷めるのを待つ間に、配合の準備をしましょう」


リアナは、ボウルに二種類の肉を用意させた。


「ホーンバッファローの赤身ミンチを七。ラッシュピッグの脂の乗ったミンチを三。これが、肉汁を逃さず旨味を最大化する黄金比よ」


ボウルの中に、牛乳に浸したパン粉を加え、そこにようやく冷めたオニンを投入する。さらに少量の塩と、隠し味の蜜芋糖。


「さあ、ここからは時間との勝負。手の熱が伝わりすぎる前に、しっかりと、でも素早く練り混ぜて!」


アロイスが力強く肉を捏ねていく。最初はバラバラだった肉が、次第に粘り気を持ち、一つの「タネ」へとまとまっていく。


タネが完成すると、リアナはそれを個数分に等分し、一塊を手に取った。


「成形よ。まずは楕円形にまとめて表面を整える。……ここからが大事。こうやって、片手から片手へ軽く投げるようにして空気を抜くのよ」


ペチン、ペチン


厨房に、肉と手の平がぶつかる小気味よい音が響く。


「こうしないと、焼いている時に中の空気が膨張して割れて、大事な肉汁が全部逃げ出してしまうわ。最後に、中央を少し窪ませて。焼くと真ん中が膨らむから、これで平らになるの。……完璧ね」


アロイスたちは、まるで宝物を扱うような手つきで、残りのタネを丁寧に成形していった。



7.黄金の「和風ゆずレモンソース」


成形したハンバーグを冷やして馴染ませている間に、リアナはソースの仕上げにかかった。


「ソースは醤油ベースの和風仕立て。ゆずレモンの恵みを存分に使いましょう」


鍋に酒と蜜芋糖を入れ、再び鮮やかな炎を上げてフランベする。アルコールの角が取れたところに、醤油、そしてゆずレモン汁をたっぷりと加えた。


「醤油の塩気、糖の甘み、そしてゆずレモンの酸味と香り。……これが肉の脂を最高に引き立てる、特製ソースよ」


アロイスが小皿で味見をすると、その表情が驚愕に染まった。


「……肉料理なのに、これほどまでに爽やかで、かつ深い……。お嬢様、この料理が並んだら、伯爵様はもう他の肉料理では満足できなくなってしまいますよ」


「ふふ、いいのよ。それが私の狙いなんだから」


リアナは満足げに、冷蔵魔道具の棚へとハンバーグを収めた。


今日の晩餐、この「肉の革命」が食卓に並ぶ瞬間を想像したリアナの顔からは笑みが溢れる。

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