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わがまま伯爵令嬢の料理改革  作者: のほほん


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わがまま令嬢の微笑みと、職人たちの絶望

1.飴(差し入れ)の投下


朝食を食べ終えたリアナは、木工鍛冶工房へと向かった。熱気と金属音に包まれたその場所に、リアナは軽やかな足取りで現れた。背後には、重い籠を抱えたエリーが控えている。


「差し入れ持ってきたわよ」


「おー、ありがてい! お嬢様の差し入れだけが、この地獄の唯一の光ですよ」


職人頭のハンスが、煤だらけの顔を綻ばせて寄ってくる。籠の中には、先ほどまで厨房で温め直されていた唐揚げとおにぎりがぎっしり詰まっていた。職人たちが「飯だ飯だ!」と野獣のように集まってくる。



2.束の間の希望と絶望


リアナは、組み上がりつつある圧搾機の骨組みを、満足げに検分した。


「作業は順調かしら?」


「ええ、この二号機に関してはバッチリです。お嬢様の無茶な設計図にも慣れましたからね。あと一週間もあれば完成しますぜ」


ハンスは誇らしげに胸を叩いた。おにぎりを頬張りながら、彼はようやくゴールが見えてきたことに安堵していた。だが、リアナの瞳には、すでに「次」の景色が映っていた。


「そう、一週間。完成が楽しみね」


リアナは可愛らしく首を傾げ、ふふっと微笑んだ。そして、工房を去ろうと踵を返した瞬間、思い出したかのように足を止める。


「あら、言い忘れていたわ」


「……へ?」


ハンスが、嫌な予感に喉を鳴らす。


「急ぎであと三台作ってちょうだい。 それと、四ヶ月以内にさらに三台追加ね。 宜しく頼むわね」


「…………え?」


バロンの手から、食べかけのおにぎりがポロリとこぼれ落ちそうになる。


二号機に心血を注ぎ、ようやく完成が見えたところで、まさかの「合計七台」という超絶過密スケジュール。


「ちょっ、リアナ様……!? 無理ですよ! 鉄も足りねえし、職人の腰が死んじまう! お嬢様!?」


リアナは、背後から聞こえる絶叫に近い懇願を、心地よい初春の風のように聞き流した。


「大丈夫よ、あなたたちの腕を信じているから。あ、材料はゼノに頼んで、材料費は伯爵(お父様)に請求しておいて。じゃあね、頑張って!」


彼女は振り返ることなく、優雅に手を振って工房を後にした。


その横を歩くエリーは、放心状態で立ち尽くす職人たちをチラリと振り返り、そっと胸元で十字を切る。 


(……ああ。お嬢様の『これくらいできるわよね?』という笑顔は、魔物の咆哮より恐ろしいですわ。……南無三。頑張ってください、ハンスさん、バロンさん。今夜の晩御飯も、多めに届けるよう手配しておきますから……)


エリーの瞳には、かつてないほどの深い「哀れみ」が宿っていた。


職人たちの長い、長すぎる夜が、また始まろうとしていた。



3.豊作への第一歩「選別」


木工鍛冶工房で職人たちに「愛の鞭(増産命令)」を振るったリアナが次に向かったのは、領地の食料自給を支える農家たちの集落だった。


そこでは、本格的な作付けに向けた「ポロの実」の種籾たねもみが山積みにされている。


「お嬢様、ポロの実の種籾を集めましたが……何かするのですか?」


農家の代表が不思議そうに尋ねる。ポロの実の量産に向けての第一歩としてリアナは科学的な「精査」を行う。


「ええ。種籾を蒔く前に『塩水選えんすいせん』を行います」


リアナは日本で行なわれている苗作りを行なわずにカリフォルニア米を作る方法を行うことにした。


苗作りの工程は、複雑な上にビニールハウスが無いことでさらに複雑になる。


いずれは苗作りから行う予定だ。


「えんすい……せん? 塩の水で洗うのですか?」


「選別するのよ。中身がスカスカの種籾は塩水に浮き、実の詰まった良い種籾だけが底に沈む。これだけで、収穫量は劇的に変わるわ。比重はそうね……1.13程度が理想的かしら」


農家たちは「ひ、じゅう?」と首を傾げたが、リアナは慣れた手つきで大きな樽に水を張らせた。


「難しいことは考えなくていいわ。塩水の濃度を測るのに、一番簡単な方法があるの。……誰か、タマゴを一つ持ってきてくださる? タマゴが液面から半分くらい浮く感じがベストなのよ」


「あ、はい! すぐに持ってきます!」


若者が鶏舎へ走り、すぐに戻ってきた。だが、彼が両手で大事そうに抱えてきた「それ」を見た瞬間、リアナの思考は一秒ほど停止した。


「お持ちしました!」


「…………ありが……大きいわね……」


差し出されたのは、リアナの顔よりも大きな、白く艶やかな「タマゴ」だった。前世の感覚で言えば、ニワトリどころかダチョウの卵に近い。この世界の家畜化された鳥たちは、どうやら胃袋だけでなく産むものまで規格外らしい。


リアナは引き攣った笑みを浮かべながら、巨大なタマゴを受け取った。ずっしりと重い。


「これ……もっと小さいタマゴは、ないかしら? 例えば、もう少しこう、手の中に収まるような……」


「いえ、これがうちで一番小さいタマゴ(最小サイズ)です。これより小さいのは、まだ生まれていない雛くらいのもんで」


農家の男は誇らしげに胸を張る。リアナは内心で「そうよね、ここは異世界だものね」と自分を納得させた。


だが、料理人としての、そして理系的な知識が彼女の脳内で警鐘を鳴らす。


(まずいわ。このサイズのタマゴで『半分浮く』状態を作ったら……)


リアナは指先でタマゴを叩き、その殻の厚みと質量を予測する。


(私が欲しい比重は1.13。でも、これだけ大きくて殻が厚いタマゴだと、半分浮かせた時点で比重は1.15くらいまで上がってしまうわね。……種籾が厳選されすぎて、植える種がなくなっちゃうじゃない!)


「お嬢様、どうかされましたか? 早く塩を入れましょうぜ!」


期待の眼差しを向ける農家たちを前に、リアナは額の汗を拭った。


「……予定変更よ。タマゴを半分浮かせるんじゃなくて、『三分の一だけ背中が見える』くらいで止めてちょうだい」


「えっ? 半分じゃないんですか?」


「いいのよ。この世界のタマゴは立派すぎて、私の知っている基準じゃ強すぎるの。……さあ、塩を持ってきて! 最高の種を選び出すわよ!」


リアナの指示で、大量の塩が樽に投入され、巨大なタマゴがゆっくりと琥珀色の液面へ浮上していく。

前世の知識をそのまま当てはめるのではなく、この世界の「サイズ感」に合わせて即座に補正をかける。これもまた、リアナの持つ「適応能力」という名の才能だった。


「浮いたわ! さあ、ポロの実の種籾を入れなさい! 浮いたものは容赦なく取り除いて、底に沈んだ『選ばれし者』だけを育てるわよ!」


「「おおおっ!!」」


農家たちの歓声が上がる中、リアナは巨大なタマゴを見つめ、(これ、仕事が終わったらゆずレモンと砂糖をたっぷり使った巨大なプリンにできるかしら……)と、ちゃっかりデザートへの転用を考えるのであった。


底に沈んだ種籾を水に浸しその時を待つ。




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