死の病と、偽りの墓標
1.死漂う村
それでも村人からは、不安の声が漏れる。
「税徴収の監視員は、どうすればいいんだ……」
「現実はそう甘くないよな……」
「ああ、そうだな……」
そんな中、一人の村人が、震える声で異を唱える。
「ミルフォード子爵様は、たとえこの村が飢えていようとも、年に二度は必ず『税徴収の監視員』を寄こします。奴らは冷酷に人数を数え、一人でも足りなければ『逃散(逃げ出し)』とみなして、残った者に倍の税を課すのです」
「そうですよ! 木を運び出し、人を数人ずつ消していけば、すぐに勘付かれます。監視員が来たときはどうすればいいのですか?」
不安が波のように広場に広がる。しかし、リアナは可愛らしく小首を傾げ、まるで今日のおやつのメニューでも決めるかのような軽い調子で言い放った。
「そんなの簡単よ。『死んだ』と言えばいいだけじゃない」
「……は?」
村人全員が、耳を疑った。
「村人の人数が合わない? 逃げたんじゃないわ、土に還ったのよ。そうね、村の入り口に近い目立つ場所に、いくつか新しめのお墓を作ればいいんじゃないかしら。形だけでいいわよ。中は空っぽで結構」
リアナは指を一本立て、楽しそうに「演出案」を付け加える。
「監視員が来たときだけ、みんなで激しく咳き込んだり、寝たきりのフリをすればもっといいわよ。顔に少し煤でも塗って、不健康そうに見せるの。そうね……『村で不治の病が流行っている』と言えば完璧ね!」
「な……っ!」
村人たちは唖然として、言葉を失った。
この幼い令嬢は、今、神聖な「死」を偽装し、あろうことか役人を騙すための「お芝居」をしろと言ったのだ。それも、恐ろしいほど平然とした顔で。
「いい? 欲深い役人ほど、自分の命は惜しいものよ。そんな村に長居したくないでしょうし、病気がうつるのを恐れて、ろくに中まで調べず、早々に引き上げていくはずだわ」
「し、死の病……演技……。しかし、お嬢様、それはあまりに不謹慎では……」
村長が困惑して口ごもるが、リアナは冷ややかな、しかし確信に満ちた瞳で彼を見据えた。
「不謹慎? 生き延びるための嘘が、死を待つ誠実さより劣っているとでも? 私は、形式上の墓を作って生き残る道を選んでいるの。文句があるなら、正直に名簿を差し出して、残った家族全員で十六割の税に殺されなさい」
リアナの正論(?)という名の暴力に、村人たちはぐうの音も出ない。
一方、背後に控えていたエリー、ラウル、ロバートの三人は、もはや様式美となった深い溜め息を同時に吐き出した。
「……また始まりましたわ。お嬢様の『わがまま悪役令嬢』モード」
エリーが眉間を押さえる。
「死の病の芝居とはな……。だが確かに、あの子爵の配下なら、病を恐れて逃げ出すだろう。合理的すぎて反論の余地がないのが一番恐ろしい」
ラウルが肩をすくめる。
「リアナ様……。あとで私に、その『墓作り』を手伝えとおっしゃるのでしょうな……」
ロバートはすでに自分の運命を悟り、スコップの場所を考え始めていた。
リアナはそんな周囲の反応など何処吹く風で、今度は村の子供たちに向かってウィンクをした。
「いい? 監視員のおじさんが来たら、全力で苦しそうな顔をするのよ。一番上手だった子には、オルフェウス領に来たときに特別なレモンケーキをあげるわ。……さあ、練習しましょうか?」
その瞬間、コロン村の悲壮感漂う空気は、どこか奇妙でブラックな「大芝居」の稽古場へと変貌していった。
「基本、子供たちは寝たきりにしなさい」
「体力の弱ってる子供が、次々と倒れたとでも言っておけばいいわ」
八歳の令嬢が指揮を執る、五ヶ月に及ぶ壮大な「騙し討ち」が、着実に、そして不敵に動き出したのである。
2.守り続けた理由は「無」
広場での演説を終えた後、リアナは村の背後に広がる斜面へと足を運んだ。そこには、太陽の光を浴びて黄金色に輝く「ゆずレモン」の木々が、不気味なほど整然と並んでいる。
「この木は、誰が管理しているのかしら?」
リアナが尋ねると、後をついてきた村長と村人たちが顔を見合わせた。
「村人全員にございます。特定の誰かではなく、畑仕事の合間に交代で下草を刈り、水をやり、この実が落ちれば拾い集めて埋めて……そうして全員で管理してまいりました」
「畑とゆずレモンの木を、当番制で守っているということね。……それで、なんの為にそんな手間をかけているのかしら?」
リアナの問いに、村人たちは一様に困ったような、ひどく曖昧な表情を浮かべた。
「……正直に申し上げまして、私共にもわかりません。ただ、先祖代々『この木を決して枯らしてはならぬ』と受け継がれてまいりました。食べれば顔が歪むほど酸っぱく、売ろうとしても腐っていると罵られる……。我々にとっては、ただの『苦行』のような仕事でした」
「そうなのね……」
リアナは一本の幹に触れた。誰にも価値を理解されず、ただ「伝統」という鎖で繋がれ、何世代にもわたって守られてきた木。それが今、リアナという一人の少女の手によって、呪いから「救国の一滴」へと変わろうとしている。
3.密かなる収穫作業
夜の闇に紛れて木を運び出す準備として、リアナは一つ重要な提案をした。
「木を掘り起こして運ぶ際、実が重すぎると枝が折れるかもしれないわ。村から見えない方の実を先に取って、少し軽くしましょうか。村長さん、お願いできるかしら?」
「はい、わかりました。……すまないが、籠を持ってきておくれ!」
「うん、わかった」
子供たちが駆け出し、村から籠を持ってきた。
村長の指示で、村人たちがテキパキと動き出す。彼らは慣れた手つきで「呪いの実」と呼ばれたゆずレモンに手をかけ、次々と籠に入れていく。その流れるような作業効率に、リアナは満足げに頷いた。
村長が一つゆずレモンを採るとリアナに手渡した。
「リアナ様、これをどうぞ」
「あら、ありがとう」
リアナは村長から貰ったゆずレモンを手の中で転がしながらエリーたちに話しかけた。
「エリー、ラウル、ロバート。あなたたちも手伝いなさい。ただ見てるだけなんて許さないわよ」
「えっ、私たちもですか?」
すっぱい思い出のあるエリーが少し嫌そうな顔をする。
「そうよ。……そうね、ただの作業じゃつまらないから、競争にしましょうか。この中で一番収穫が少なかった人には、罰ゲームとしてゆずレモンを丸かじりしてもらうわ」
「えーーーっ!?」
エリーの悲鳴が太陽の光が降り注ぐ斜面に響いた。あの、エリーの顔のパーツが中心に集まるほどの暴力的な酸っぱさを思い出し、ラウルとロバートも顔を引きつらせる。
「……本気ですか、お嬢様」
「私はいつだって本気よ。さあ、始めなさい!」
4.鋼の果実
「絶対に嫌! 絶対に丸かじりなんてしません!」
エリーは必死の形相で、目の前の低い枝に実ったゆずレモンを掴んだ。
「ふんぬっ……!」
力を込めて引っ張る。……が、動かない。
「……あれ?」
隣では、騎士であるラウルが太い腕で実を握り、引きちぎらんばかりに力を込めていた。しかし、黄金の果実は枝にしがみついているかのように、びくともしない。
「な、なんだこれは……? 鋼鉄でできているのか?」
「リアナ様……全然取れません……。まるで木の一部になっているようです」
ロバートも剣の柄を握る時より真剣な顔で格闘しているが、結果は同じだった。
一方で、村の子供たちはひょいひょいと、まるで熟したリンゴを摘むように軽やかに実を収穫し、籠をいっぱいにしている。
「子供たちは採ってるわよ。あなたたち、大人としての体面はどうしたのかしら?」
「そんなこと言ったって、本当におかしいんです! 指がちぎれそうですよ!」
エリーが半泣きで訴える。リアナは彼らの苦戦を不思議に思いつつも、近くにあった太い木の根を見つけて、腰を下ろした。
5.誰の手に落ちるか
リアナは木にもたれかかり、先ほど村長が採ったばかりのゆずレモンの匂いを吸い込んだ。爽やかで、少し苦味のある高貴な香り。前世の記憶にある「ゆず」と「レモン」が完璧に調和したようなこの匂いだけで、彼女は幸せだった。
すると、額に汗を浮かべたエリーが不服そうに声をかけてきた。
「リアナ様は取らないんですか?」
「え? なぜ私が?」
「『この中で一番少なかった人』ってことは、リアナ様も含まれてますよね! 座ったままでいいんですか?」
エリーは、リアナが一つも採れなければ「全員同点」で罰ゲームを回避できるのではないか、という一縷の望みに賭けていた。
「はぁ……。必死ね、エリー。仕方ないわね……」
リアナは重い腰を上げる……ふりをして、そのまま座った状態で、少し考えながら、スッと近くの枝の下へ手を差し出した。
「村人は、軽々採れているのに対し、エリーたちは全く採れないわね……何かコツでもあるのかしら」
村人たちは次々と収穫を続け、エリーたちは顔を真っ赤にして格闘している。
その時だった。
リアナの手の中に、黄色い実がポトリと、音も無く落ちてきた。
「あら、採れたわ」
「…………え?」
エリーの動きが止まった。
「えーーっ!! リアナ様、今、座ったまま手を出しただけですよね!?」
「誰からもらったんですか!? 村人さんがこっそり手の中に入れたんでしょう!?」
「失礼ね。誰からももらってないわ。勝手に手の中に落ちてきただけよ」
「嘘です! 私たちがこんなに引っ張っても採れないのに、落ちてくるなんておかしいです!」
エリーは納得いかない様子で、リアナの前に詰め寄った。ラウルとロバートも「そんなバカな」という顔でこちらを見ている。
「仕方ないわね。エリー、よく見てなさい」
5.ゆずレモンの木との沈黙の契約
リアナの言葉に、収穫していた村人たちまでが手を止め、注目した。
根のイスに腰掛けている、八歳の令嬢が、まるで空から降る雨を受けるように、そっと両手を前に差し出した。
「もう一つ、もらえないかしら」
リアナが木に向かって、囁くように呟く。
すると――風もないのに、ゆずレモンの枝がふわりと、彼女の手元に向かって垂れ下がった。
そして、最も美しく色づいた実が、茎から自ら離れるようにして、リアナの手の中へ吸い込まれるように落ちた。
ポトリ。
「……ありがとう」
リアナが微笑むと、木々の葉がザアーッと、微かに、けれど喜びを表現するように揺れた。
「「「…………!!?」」」
エリーは口を開けたまま固まり、ラウルとロバートは思わず神に祈るようなポーズを取った。村人たちは、自分たちが代々「呪い」として恐れてきた木が、この少女を「主」として認めた瞬間を目の当たりにし、驚愕のあまり震えていた。
「あら、これで二つ。エリーたちはまだゼロ、よね?」
リアナは涼しい顔で、手の中の黄金の果実を転がした。




