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わがまま伯爵令嬢の料理改革  作者: のほほん


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黄金の果実と、国境を越える「救済」

1. 呪いの森の正体


次の日、リアナは露店主・ウルズの故郷であるコロン村に向かった。


村の入り口まで来るとリアナは呟く。


「ラウル、確認しておきたいのだけれど。このあたりは誰の領地になるのかしら?」


リアナは、荒れ果てた街道の先に広がる、点々と黄色い実をつけた木々を見渡しながら尋ねた。護衛のラウルは周囲を警戒しながら、厳しい表情で答える。


「ここはミルフォード子爵家の領地になります。王都の西側に位置する、あまり豊かとは言えない土地ですね」


「ミルフォード子爵……全く知らないわね。評判はどうなの?」


「……良い噂は聞きません。現当主はあくどい徴税で知られ、民の生活よりも自身の贅沢を優先する男です。政治的には、先日お会いになった第一王子ハロルド殿下の派閥に入っております」


ラウルの言葉を聞いた瞬間、リアナの唇がわずかに吊り上がった。それは、彼女が「獲物」を見つけた時の不敵な笑みだった。


「あら、なら問題ないわね」


その一言に、エリー、ラウル、ロバートの三人は、一斉に嫌な予感に襲われた。この「問題ない」は、一般的な意味ではない。彼女にとって「遠慮なく力ずくで奪い取っても、良心が傷まない相手だ」という意味であることを、三人は痛いほど知っていた。


「お嬢様……また何か、とんでもないことを考えておいででは?」


エリーが恐る恐る尋ねるが、リアナは楽しそうに鼻歌を歌いながら、ウルズの案内で村へと足を進めた。



2. 飢えに喘ぐ「良心」


村の入り口まで来ると、そこには石ころだらけの痩せた土地に、細々と建つ十数軒のあばら家があった。その背後に広がる斜面には、例の「呪いの実」をたわわに実らせた黄金色の木々が、群生している。


「ウルズ、ここの村長さんはどういった人間かしら?」


「あ、はい! 村長様は……私たちのような貧しい者のために、自分の食事を削ってまで配ってくれる、本当に村人思いのよい方です」


「わかったわ。話が早そうで助かるわね」


一行が村の広場に差し掛かると、騒ぎを聞きつけたのか、一人の老人が慌てて飛び出してきた。継ぎ剥ぎだらけの服を着ているが、その背筋は伸びており、誠実そうな瞳をしていた。


「ウルズ! 無事だったのか! ……それに、そちらの立派な身なりのお方は……?」


村長は、泥にまみれた村の風景にはおよそ似つかわしくない、美しく着飾ったリアナの姿を見て、深々と頭を下げた。ウルズは慌ててリアナを紹介しようとして、ふと固まった。


「リアナ様です……えっと……」


リアナは苦笑いして、優雅にカーテシーを決めた。


「失礼したわね。私はリアナ・ド・オルフェウス。オルフェウス伯爵の娘よ。ウルズさんには王都で貴重な物を買わせていただいたの」


伯爵家の令嬢という言葉に、村長はさらに深く腰を折った。


「こ、これは失礼いたしました。オルフェウス様。このようなみすぼらしい村に、何の御用でしょうか……」



3. 破格の取引


リアナは村長の謙虚な態度を見て、この人物は信頼に値すると確信した。彼女は本題を切り出すべく、背後の斜面を指差した。


「村長さん。単刀直入に言うわ。あの『呪いのゆずレモン』の木を、私が全部買い取らせていただきたいの」


「えっ……? あの、酸っぱくて食べられもしない木をですか?」


「そうよ。あれは呪いどころか、使い方次第で黄金を生み出す宝の木だわ。……全部で何本あるかしら?」


村長は呆然としながらも、指折り数え始めた。


「……全部で百四十七本ございます。ですが、あんなもの、お金をいただくような価値など……」


「一本あたり、金貨一枚で買い取るわ。合計で金貨百四十七枚。これでどうかしら?」


「ひっ……!?」


村長は、あまりの衝撃に心臓が止まるかと思った。


この村の一年の収穫をすべて合わせても、金貨数枚にしかならないのだ。金貨百四十七枚。それはこの村の人間が一生かかっても見ることのない、文字通り「国家予算級」の衝撃だった。


「お、お嬢様! 正気ですか!? 金貨一枚あれば、この国では何もしなくても一年は暮らせますよ!?」


エリーが背後で叫ぶが、リアナは動じない。


「いいえ、安すぎるくらいだわ。この木が将来生み出す価値を考えればね。……村長さん、どうかしら?」


村長は、震える手で何度も涙を拭った。


「……ああ……ああ……神様……。ありがとうございます……。これで、これで当面は、村の者が餓死しなくて済みます。今年の冬は、誰一人欠けることなく越せそうです……!」


地面に膝をついて泣き崩れる村長の姿に、リアナは静かに目を伏せた。


ミルフォード子爵という領主がいながら、この村の人々は自生する果実を「呪い」と恐れ、餓死の淵を彷徨っていたのだ。



4. リアナの真の狙い


だが、リアナの提案はこれだけでは終わらなかった。彼女は泣き続ける村長の肩に、そっと手を置いた。


「村長さん。もう一つ、提案があるわ」


「は、はい……何なりと……」


「この金貨百四十七枚を持っていても、あなたたちの領主であるミルフォード子爵が黙っていないでしょうね。噂を聞きつければ、すぐに『特別税』として、すべて没収しに来るはずだわ」


その言葉に、村長とウルズの顔が青ざめた。まさに、それが現実になることは明白だった。搾取されることに慣れてしまった民にとって、突然の富は「不幸の呼び水」でしかなかった。


「……なら、いっそのこと、ゆずレモンの木と一緒に、村人全員で私の領地……オルフェウス領に移住しませんか?」


エリー、ラウル、ロバートの三人は、その瞬間、一斉に天を仰いだ。


「……やっぱりかー!」という叫びが、三人の心の中で完璧に重なり、項垂れた。


「お嬢様……木を買うだけじゃ飽き足らず、村ごと買い叩くおつもりですか……」


ラウルが額を押さえながら呟く。


「人聞きが悪いわね。これは『雇用』よ。木の管理を彼らに任せるのが一番効率がいいでしょう? それに……」


リアナは村長を真っ直ぐに見据えた。


「オルフェウス領なら、理不尽な重税はないわ。住む家も、耕す土地も、そしてこの金貨を自由に使える平和も約束する。……どうかしら、村長さん。私たちと一緒に、『美味しい未来』を作ってみない?」


村長は、もう声も出なかった。


ただ何度も、何度も深く頷き、リアナの小さな手を、まるで救世主の御手であるかのように両手で握りしめた。


「そうと決まれば村人全員を集めてくださいな!」



5.運命的な数字の合致


コロン村の広場。そこには、痩せこけ、明日をも知れぬ不安に瞳を濁らせた村人たちが集まっていた。


リアナの指示を受け、村長が総出で集めた人数は、奇妙なほどに広場を埋め尽くしていた。


「これで全員かしら、村長さん?」


リアナは踏み台代わりに置かれた古びた木箱の上に立ち、見渡した。


「あ、はい……。赤ん坊から年寄りまで、全部で百四十七人にございます、お嬢様」


その言葉に、リアナはふっと口角を上げた。


「あら……。あそこに生えているゆずレモンの木と、まったく同じ数なのね」


リアナの一言に、村人たちは一斉に顔を見合わせた。自分たちが「呪いの木」と忌み嫌いながらも管理してきたあの木々の数と、自分たちの命の数が一致している。その事実に、絶望の中にあった村人たちの間に、小さなさざ波のような驚きが広がった。


「まぁいいわ。数字が揃っているのは縁起がいいもの。……これからのことを説明しますわよ。よく聞きなさい」



6.「亡命」という名の提案


リアナの声は、八歳の少女とは思えないほど凛としており、広場を静まり返らせた。


「私はこれから五ヶ月かけて、あなたたち全員と、あの百四十七本の木を、私の領地……オルフェウス領へと移住させます。一人も、一本も残さずに、よ」


広場は一瞬、静寂に包まれた。そして直後、ざわめきを通り越し、悲鳴に近い戸惑いの声が漏れた。


「い、移住……!? 村ごと、消えるというのですか!?」


「そんなこと、子爵様が許すはずがない……!」


村人たちの顔には、希望よりも先に「恐怖」が浮かんでいた。彼らにとって、領地を捨てることは「逃散ちょうさん」という重罪だ。


「お嬢様、お言葉ですが……!」


一人の若い男が震えながら声を上げた。


「もし……もしこのことがミルフォード子爵様にバレてみろ。逃げ出した者は捕らえられ、見せしめに首を吊られる。残った者も、生きてはいられねえ。あの方は、情けという言葉を知らねえお人だ!」


「その通りよ。八割もの税をむしり取り、あなたがたを飢えさせて平然としている男だもの。まともに交渉しても無駄なのは、私が一番よくわかっているわ」


リアナは平然と頷いた。その落ち着き払った態度に、村人たちは毒気を抜かれたように黙り込む。



7. 恐怖を上回る「未来」


「だから、一気には動かない。五ヶ月よ。五ヶ月かけて、少しずつ、少しずつ木を掘り起こし、少しずつ人を運び出すわ」


「あなたたちの領主は、この木を『呪い』だと思っている。だから、木を持ち出すことに文句は言わないはずよ。木が一本減るたびに、人も一人減る。……そうして冬が来る頃には、ここには空っぽの家だけが残るわ」


「で、ですが……オルフェウス領へ行って、私たちはどうなるのですか? また同じように、搾り取られるだけでは……」


老婆の震える問いに、リアナは今度は優しく微笑んだ。


「オルフェウス領の税率は二割。それ以上は一分たりとも取らせないわ。そして、あなたたちの住む場所はもう決まっている。魔物も寄り付かない『妖精の森』の隣に、温かい長屋を建て始めているわ。……毎日、泥水のようなスープではなく、白いパンと、あのゆずレモンを使った栄養のある食事を約束するわ」


リアナは、広場に集まった百四十七人の顔を一人一人見つめた。 


「ここで冬を待って餓死するのを待つか。それとも、私に命を預けて『美味しい未来』を掴みに行くかを決めなさい」

 

「あなた達の親は、悲痛な気持ちで代々この苦しみを子供に背負わせてしまった。あなた達もまた未来ある子供にこの苦しみを背負わせたいのかしら!」


「最初で、最後の選択の時よ!」



8.動き出す運命


村人たちは黙り込んだ。


八割の搾取と死を待つ現状。あるいは、八歳の令嬢が語る「お伽話」のような移住計画。


本来なら信じるはずもない。しかし、村長が、代表してリアナの前に膝をついた。


「……お嬢様。私たち百四十七人の命、そして百四十七本の木々の運命。すべて、あなたに委ねます。どうか……私たちを、救ってください」


村長に続くように、村人たちが次々と地面に膝をつく。


エリー、ラウル、ロバートの三人は、その光景を後ろで見守りながら、深く溜め息をついた。


「お嬢様、これでもう後戻りはできませんね」


エリーが呟くが、リアナはどこ吹く風。


「後戻り? するつもりなんて最初からないわよ」

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