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わがまま伯爵令嬢の料理改革  作者: のほほん


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国王への献上と、厨房の令嬢

1.オルフェウス伯爵邸の食卓にて。


目の前に並んだのは、黄金色の「ロックバードの唐揚げ」、純白の「マヨネーズ」、そして艶やかに光る「大学芋」。


「……食べるぞ」


伯爵は意を決したように唐揚げを一口。サクッ。

続いて、マヨネーズをたっぷりと付けて一口。とろっ、じゅわっ。


最後に、琥珀色の蜜を纏った大学芋を一口。カリッ、ほくっ。


「…………っ!!」


伯爵は唸り声を上げると同時に、ガシッと両手で頭を抱え込んだ。


「……リアナ。お前という娘は……なんてものを作ってくれたんだ。これは、一領地で隠し持っていていい味ではない……!」


伯爵の目には、娘への誇らしさと、これから訪れるであろう政治的激動への恐怖が混ざり合っていた。


「明日の朝、私は王都へ向かう。この『砂糖』と『醤油』を持ってな。……これは、陛下に献上せねばならん」



2. 強制連行と「開発者の意地」


数日後。オルフェウス領に、一枚の豪華な紋章が刻まれた書状が届いた。


「国王陛下より、リアナ・オルフェウス嬢への召喚状」である。


「……げんなりだわ」


自室で書状を放り投げ、リアナは深く溜め息をついた。


「私には、二台目の圧搾機の調整と、冬に向けた保存食のラインナップを固めるっていう重大な任務があるのよ! 王都でお茶会なんてしてる暇はないわ!」


「お嬢様、お茶会ではありません。『召喚』です。拒否すれば反逆罪になりかねません」


エリーが困ったように窘めるが、リアナはてこでも動かない構えだ。


しかし、翌朝。


「問答無用だ! 行くぞリアナ!」


「ちょっとお父様! 離して! 現場が私を呼んでるのよーっ!!」


「わがままを言うな!」


「エリー、ラウル、ロバート!誰でもいいから私を助けなさい!助けた者には唐揚げを毎日食べさせてあげるわ!」


エリー、ラウル、ロバートは静かに首を横に振りエリーが呟く。


「お嬢様!今、助けても私たちは、唐揚げを永遠に食べられません!」


エリーの言葉にラウルとロバートは同意した。


「う、裏切り者!いやーーー……」


結局、リアナは伯爵によって半ば引きずられるように馬車へと押し込まれ、強制的に王都へと連行されることとなった。



3. 王城の厨房、令嬢シェフ降臨


王城の謁見の間


玉座に座る国王の視線は、目の前に片膝をつく八歳の令嬢に注がれていた。


「リアナ・オルフェウス。余の元に届いたあの『白銀の砂(砂糖)』と『琥珀の蜜』……。伯爵が申すには、お前がその製法を編み出したというが、真か?」


「……はい、陛下。ですが、私は今忙しい身でして。お話が済んだらすぐに領地へ……」


「待て。伯爵が持ち込んだあの『カラアゲ』という料理、冷めた状態でも驚くべき美味であった。……リアナよ。余は、揚げたてを食べてみたい」


リアナは父親を睨む。


「お父様!いつの間に唐揚げを!」


伯爵は咳払いをするだけだった。


国王の瞳は、好奇心と「食欲」で爛々と輝いている。


結局、リアナは王城の厨房へと案内されることになった。


「……はぁ。やるからには、最高のものを作ってやるわよ」


リアナはドレスの袖をまくり上げ、エプロンを締め直した。


「エリー、私の仕事道具をちょうだい」


「はい、お嬢様」


リアナはどこに行くにも必ず包丁を持ち歩いていた。


周りでは、王宮専属のシェフたちが「子供に何ができる」と冷ややかな視線を送っている。だが、リアナがロックバードの肉を鮮やかにさばき、醤油と生姜の香りを立ちのぼらせた瞬間、厨房の空気が一変した。


「火加減が甘いわ! もっと強火にして! 油の温度が命なのよ!」 


「それでも王宮の料理人なの!シャキッとしなさい!」


八歳の令嬢の凛とした号令が、百戦錬磨のシェフたちを圧倒する。


王城の厨房に、今、オルフェウス領発の「サクサク」という革命の音が鳴り響こうとしていた。



4. 国王の咆哮:揚げたてという「暴力」


王城の厨房で、ついに黄金色に輝くロックバードの唐揚げが完成した。


リアナが自ら銀の皿に盛り付け、国王の前へと運ぶ。


「陛下、お待たせいたしました。これが揚げたての『唐揚げ』でございます。まずは何もつけずに、その次はマヨネーズを添えてお召し上がりください」


「……待て。陛下が口にされる前に、毒見が必要だ」


通常であれば、専門の毒見役が務める役目だ。しかし、あまりにも暴力的なまでの「うまそうな匂い」に、一人の男が前に出た。


王国を支える冷徹な知性、宰相である。


「この得体の知れぬ料理……他者に任せるにはあまりに危険だ。ここは私が、身を挺して確認しよう」


「宰相!? お前、あんなに『貴族が厨房に入るなど』と苦言を呈していたではないか!」


国王の驚きを無視し、宰相は眼鏡をキリリと光らせると、銀のフォークを手に取った。その目は、国家の危機を救おうとする英雄のそれではなく、単に「一番乗り」を狙う食いしん坊のそれであった。


宰相は、揚げたての唐揚げを一つ、慎重に持ち上げた。


片栗粉をまとった衣は、まるで白銀の霜が降りたように美しく波打っている。彼はそれを、ゆっくりと口へと運んだ。


――サクッッ!!


静まり返った客間に、乾いた、それでいて力強い音が響き渡る。


「…………」


宰相は目を見開き、彫像のように固まった。


咀嚼するたびに、口内から「サクサク」という軽快な音が漏れ聞こえる。それは、この世界の焼き料理中心の食文化では、決して味わうことのできない「未知の振動」だった。


「……宰相? 毒はどうだ。……おい、宰相!」 


国王の問いかけにも答えず、宰相は次に、リアナが用意したマヨネーズをたっぷりと付け、二つ目に手を伸ばした。


「……お、おい! 二つ目だと!? 毒見は一つで十分だろう!」


「いえ、相乗効果で毒になるやもしれません」


二つ目を飲み込んだ宰相は、ようやく深く、重い溜め息をついた。その表情には、もはや冷徹な政治家の面影はない。


「……陛下。これは毒です。あまりにも強烈な、『人心を惑わす毒』でございます」


宰相は潤んだ瞳でリアナを見つめ、震える声で続けた。


「この『衣』の食感……。噛んだ瞬間に弾ける肉汁。そしてこの白いソース(マヨネーズ)が、暴力的なまでのコクを与えている。……これを知ってしまえば、民は他の肉料理を二度と喜んで食べなくなるでしょう。国家の食糧バランスを崩壊させかねない……恐るべき代物です」


「ならば余が処分してくれる! どけ、宰相!」


国王が震える手でフォークを伸ばす。口に入れた瞬間「バリィッ!」という、静かな客間に響くはずのない破壊音が轟いた。


「…………ッ!!!」


国王は目を見開き、そしゃくを止めた。そして、飲み込んだ瞬間に机を叩いて立ち上がった。


「リアナ・オルフェウス! これは……これは料理ではない、魔法だ! この『サクサク』とした皮の向こうに、未知の肉の旨みが爆発しておる! そしてこの白いソース(マヨネーズ)……! 濃厚でありながら、後味のキレが凄まじい。余は今、自分が王であること以上に、この皿の主であることを誇りに思うぞ!!」


国王は我を忘れて唐揚げを頬張り、伯爵が横で「陛下、礼節を……」とたしなめるが、国王は耳を貸さない。


「礼節などどうでもよい! この『旨味』を知らぬまま統治していた昨日までの余が不憫でならん!」



6. 王妃のお茶会と「傲慢なる王子」


翌日、リアナは王妃からのお茶会に招かれていた。


「昨日の陛下の狂乱ぶりをうかがって、私もその『旨味の宝石』を味わいたくなりましたの」と微笑む王妃の横には、一人の少年が座っていた。 


第一王子、ハロルド。


黄金の髪と鋭い碧眼を持つ美少年だが、その表情には常に他人を見下すような冷淡さが張り付いている。


「……母上。伯爵家の令嬢ともあろう者が、厨房で油塗れになって料理など。オルフェウス家の品位も落ちたものですね」


ハロルドは、目の前に並んだリアナ特製の「唐揚げ」を一瞥し、鼻で笑った。


彼は次期国王という重圧の中で、「完璧でなければならない」「弱みを見せてはならない」という強迫観念を、他人への傲慢さに変換して身を守っていたのだ。


「この程度の料理で、王族の心を惹こうなどと。浅ましい限りだ」


周囲の空気が凍りつく中、リアナは紅茶を一口啜り、ゆっくりとハロルドを見据えた。


前世を含めれば、彼女にとって彼は「背伸びをした反抗期の子供」にしか見えない。


「ハロルド殿下。お言葉ですが、一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「……何だ。平民の真似事をする令嬢が、私に何を問うというのだ」


リアナは静かに、だが王子の心を射抜くような鋭い視線で問いかけた。


「殿下にとって、『王』とは何ですか?」


ハロルドは眉を寄せ、即座に答える。


「決まっている。国を導き、秩序を保ち、絶対的な力で民を支配する存在だ」


「いいえ、違いますわ」


リアナは冷たく、そして明確に否定した。


「殿下は、さきほど私が油に塗れて料理をしていたことを『浅ましい』と仰いました。ですが、その油を搾るために、領民がどれほどの汗を流し、職人がどれほど指を傷つけたかをご存知ですか? この砂糖一粒に、どれほどの土の重みがあるかを知っていますか?」


リアナは立ち上がり、ハロルドに歩み寄る。


「民が何を食べて笑い、何を求めて泥にまみれているか。その『土の匂い』を知らぬ者に、国を導く資格などありません。 殿下の仰る『支配』とは、ただの孤独な王冠の重みに過ぎないのではありませんか?」


「な……ッ!!」


「リアナ嬢!不敬だぞ!」


リアナは静かに首を横に振る。


「不敬とは、尊重している人に対し尊厳を冒とくする行為です。国王陛下やお父様は尊重しておりますが、ハロルド殿下は、その限りではありません」


「な!」


リアナはさらに続ける。


「私は全ての働く平民を尊重しております。その平民を愚弄する殿下こそ不敬ではありませんか!」


ハロルドは絶句し、顔を真っ赤にして立ち上がった。今まで誰も彼に、王族の権威を否定するような言葉を投げた者はいなかった。


だが、リアナの瞳には、傲慢な王子への恐怖など微塵もなかった。あるのは、一人の「職人」としての、そして「地を這う者の強さ」を知る者の誇りだけだった。


「……陛下にお伝えください。私は領地で『美味しい未来』を作るので忙しいのです。お茶会のごっこ遊びは、これで失礼させていただきますわ」


リアナは優雅にカーテシーを決めると、呆然とする王妃とハロルドを後に、軽やかに部屋を出て行った。

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