白銀の粉と、黄金の唐揚げ
1. 次なる増産体制へ
「ハンス、バロン。休んでいる暇はないわよ。この圧搾機をもう一台、至急作りなさい」
絞りたての油の香りが漂う工房で、リアナは矢継ぎ早に指示を飛ばした。
「四人で回す十字レバー、そして強靭な軸……。一台じゃ足りないわ。次は、砂糖作りよ!」
ハンスとバロンは驚いた。
「え? リアナ様、今、砂糖を作るって言いましたか?!」
「そうよ!だから至急同じ物を作りなさい!わかったわね!」
「うぉー!任せてくだせい」
ハンスとバロンが気勢を上げるのを見届け、リアナは満足げにうなずくと屋敷へと戻った。
2. イモの選定と「白い魔法」
屋敷の勝手口には、ランバート領から運び込まれたイモが山積みになっていた。リアナはその中から、とりわけでんぷん質が多そうな、ずっしりと重い種類のイモを選び出す。
「アロイス、これを全部すり潰して。水にさらして、沈殿した白い泥を取り出すのよ」
アロイスが怪訝な顔をしながらも手際よく作業を進める。数回水を替え、最後に残った純白の粉を乾燥させると、指先で触るとキュッキュと鳴る、きめ細かな『片栗粉』が完成した。
「これが、揚げ物を『神の食べ物』に変える魔法の粉よ」
3. ランバートの恵みを混ぜ合わせる
次にリアナが取り出したのは、ランバート領で自ら精製した、あの『蜜芋糖(てん菜糖)』だ。
「さあ、禁断のソースを作るわよ。卵黄、お酢、塩。そこに……このランバートの蜜芋糖をひとつまみ」
アロイスが、リアナが砂糖をボウルに入れるのを見て目を見開きました。
「お、お嬢様! せっかく完成した貴重な砂糖を、ソースに混ぜてしまうのですか!?」
「いいのよアロイス。このひとつまみが、ただの『卵黄ソース』を『禁断の調味料』に変えるんだから!」
リアナが調合した素材をエリーが猛烈な勢いでかき混ぜ、そこへ先ほど搾ったばかりの新鮮な大豆油をボウルの中へ少しずつ垂らしていく。
分離しかける油と水分を、砂糖の保湿力と卵黄の乳化力が繋ぎ止め、ボウルの中はみるみるうちに白く、ぽってりとした濃厚な『マヨネーズ』へと変貌を遂げた。
「さぁアロイス、なめてみなさい」
ボウルの中にある白い物体をスプーンですくうとペロリとなめたアロイスは、その場で固まった。
「……信じられない。お酢の酸っぱさが消えて、代わりに猛烈な『コク』が追いかけてくる……。砂糖の甘さを感じるわけじゃないのに、全体の味が、まろやかになりますね!」
まさに「甘くするためではなく、美味しくするために」入れる。これがリアナ流のこだわりだった。
4. ロックバードの咆哮
今回用意したのは、この世界で一般的な食用鳥「ロックバード」の腿肉だ。野生味あふれる引き締まった肉質が特徴だが、少し硬いのが難点とされている。
「ロックバードを一口大に切って。そこに醤油、お酒(果実酒の蒸留酒)、それから昨日作った『琥珀糖(砂糖)』と、すりおろした生姜を揉み込むのよ」
肉をタレに漬け込むこと数刻。
「……いい匂いだ。これだけでも焼けば旨そうだが……」
ロバートが喉を鳴らすが、リアナは不敵に笑う。
「ここからが本番よ。この肉に、さっきの白い粉をたっぷりと纏わせて」
厨房には、ハンスとバロンが作り上げた圧搾機から絞りたての、新鮮な大豆油がなみなみと注がれた鍋が用意されていた。
「いくわよ。火加減は……今!」
粉をまぶしたロックバードを、熱い油の中へ投入する。
「シュワァァァァァァッ!!」
心地よい、暴力的なまでに食欲をそそる音が響き渡り、香ばしい醤油の匂いが一気に広がった。
「一度揚げたら少し休ませて、最後にもう一度、高温の油にくぐらせる……二度揚げが鉄則よ!」
黄金色に輝き、表面がボコボコと波打つ「ロックバードの唐揚げ」が皿に山盛りになった。
5. 概念を覆す食感
「さあ、冷めないうちに食べて!」
真っ先に手を伸ばしたのは、空腹の限界だったラウルとロバートだ。
「――サクッ!!」
静かな厨房に、軽快な破壊音が響く。
「……な、なんだこの衣は!? 軽い、軽すぎる! なのに噛むとバリッと心地好くて、中から肉汁が滝のように溢れてきやがる!」
「このロックバード……あんなに引き締まっていた肉が、嘘みたいに柔らかい! 醤油と生姜の香りが、この衣の中に全部閉じ込められてるぞ!」
二人の騎士が、まるで子供のように唐揚げを貪り食う。
「……お嬢様、これ、止まりませんわ。この『サクサク』という音だけで、もう一杯お代わりできそうです」
普段は淑やかなエリーも、口の端に油を輝かせながら夢中で頬張っている。
リアナは、エリーが唐揚げを夢中で頬張る姿を見て微笑んだ。
「料理人冥利に尽きるわね」
美味しい料理は、人の心を幸せにすると同時に料理人への感謝の気持ちも芽生える。
「アロイス、片栗粉の衣は、油を吸いすぎないからサクサクに仕上がるわ。これに、さっきの『マヨネーズ』をちょっとつけても美味しいわよ」
リアナが提案すると、アロイスは新しい料理の可能性に震えていた。
「……お嬢様。この粉といい、油といい、あなたは料理の観念を根底から作り変えてしまった。……これを知ってしまったら領民は、もう普通の焼き鳥には戻れませんよ」
「ふふ、それでいいのよ。美味しいものは、人を幸せにするし、何より領地を豊かにする最高の武器なんだから」
アロイスは涙を流しながら食べていた。
「ぐす⋯⋯私は⋯⋯うう⋯⋯今まで何を作っていたんでしょうか⋯⋯」
「アロイス、覚えておきなさい!これが料理よ!」
「探究心のない料理人なんて料理人とは呼べないわ!」
「はい!心に刻んでおきます」
ここに一人、本当の料理人が誕生した。
6. 職人たちへの贈り物
「ロバート、これを持って工房へ行ってちょうだい。ハンスとバロンに、私からの差し入れよ」
リアナは、揚げたての唐揚げにたっぷりの自家製マヨネーズを添え、それをバスケットに詰めて護衛のロバートに託した。
木工工房では、二台目の圧搾機の図面を囲んでハンスとバロンが頭を抱えていた。そこへ、ロバートがバスケットを抱えて現れる。
「……なんだ、ロバート。お嬢様からまた難題か?」
「いや、リアナ様からの差し入れを持ってきた」
ロバートが蓋を開けた瞬間、工房の木の匂いを一気に塗り替える「唐揚げ」の香りが爆発した。
「な!なんだこの臭いは!」
「うぉ!香りを嗅いだ瞬間から急にお腹が鳴き叫びやがる」
ロバートに促されハンスとバロンは一口唐揚げを食べる。
「な、なんだこの肉は……!? 衣がサクサクで、中から肉汁が溢れてくるぜ! それにこの、白くて酸っぱくて甘い不思議なソース……手が止まらねえ!」
「お嬢様……。俺たちをこき使うだけじゃなくて、こんな旨いもんまで食わせてくれるのか……!」
二人の巨漢は、マヨネーズまみれの唐揚げを口いっぱいに頬張り、涙目になりながら再び木槌を握りしめた。
「よしバロン! 明日の朝までに一台完成させるぞ!」
「おう! この恩返しは、最高の機械で返すしかねえな!!」
職人たちの士気は最高潮に達し、オルフェウス領の夜は、唐揚げの香りと心地よい作業音と共に更けていった。




