泥に隠れた白き宝石、あるいは「さ」の完成
1. 男爵家の暗い貯蔵庫
ランバート男爵領の夜は、土の匂いと共に更けていった。
リアナ(工藤玲子)は、翌日の調理のために提供された「イモ」の数々を、ランタンの灯りの下で検品していた。
「……黄色いのはよし。赤いのも、おそらくデンプン価が高いわね」
独り言をつぶやきながら、リアナは貯蔵庫の隅に、他のイモとは別にまとめられた一画があることに気づいた。
それは、イモにしては少し細長く、表面がゴツゴツとしていて、泥にまみれた白い塊だった。
「あら、これは……?」
リアナはそれを一つ手に取った。重い。ずっしりとした重量感がある。
見た目は、前世で見た「長芋」や、あるいは少し形の崩れた「大きな里芋」のようにも見えた。
「フェリシア、これは何? 随分と形が違うけれど」
後ろで控えていたフェリシアが、申し訳なさそうに眉を下げた。
「ああ、それは……『蜜泥』と呼んでいる、失敗作ですわ。イモの種の中に混ざっていたようで、育ててみたのですが、ホクホク感もありませんし、何より『甘すぎる』のです」
「甘すぎる?」
「はい。おかずにするには変に甘ったるく、土の臭いも強くて。家畜もあまり好まないので、こうして隅に置いてあるのです」
リアナの勘が、ピリリと作動した。
(甘すぎる根菜……? 形はイモというより、巨大な大根か、カブに近い……)
2. 予感と実験
「……これ一つだけ、今すぐ茹でてみてちょうだい」
「えっ? ですがリアナ様、それは本当に美味しくありませんわよ?」
「いいから! 急いで!」
リアナの有無を言わせぬわがままに、フェリシアは慌てて屋敷のキッチンへと向かった。
数十分後。小さな鍋の中で、その「白い塊」がグラグラと煮え立った。
リアナは、茹で上がったそれを受け皿に盛り、ナイフを入れた。
感触は、ジャガイモのような「ホロリ」とした崩れ方ではない。もっと繊維質で、大根を煮た時に近いが、それよりも密度が高い。
「いただきます」
一口、口に運ぶ。
その瞬間。
「……っ!!」
リアナの目が見開かれた。
想像していたイモの味――デンプンの優しい甘みではない。
舌の上を直接叩くような、強烈で、かつ野性味のある「糖分」の塊。
(これ、イモじゃないわ!……味が全然違う⋯⋯この圧倒的な甘みの濃さ、そしてこの独特の土の香りは……!)
「リ、リアナ様やはりまずかったのでは……? 吐き出してください!」
心配して駆け寄るエリーを、リアナは片手で制した。
「え? こ、これって……!? 甜菜!!」
3. 「さ」のパズルが埋まる音
「テンサイ……? いえ、リアナ様、それは『蜜泥』で……」
困惑するフェリシアと男爵をよそに、リアナは鍋の中の茹で汁を指ですくい、なめた。
甘い。強烈に甘い。
「男爵! フェリシア! あなたたちは自分が何を育てていたか分かっているの!? これ、イモなんかじゃないわ。これは『砂糖大根』……砂糖の原料になる宝石よ!」
「さ、砂糖……!? あの、王都でも金と同じ価値で取引される、あの砂糖ですか!?」
男爵が腰を抜かさんばかりに驚いた。
この世界において、砂糖は南方から輸入される「サトウキビ」から作られる極めて高価な希少品だった。リアナはこれまで、甘酒や果実を煮詰めてその代用としていたが、純粋な「白い砂糖」を手に入れることは、領地単体では不可能だと思っていた。
「そうよ! この冷涼な土地、そしてこの水はけの良さ……! まさに甜菜を育てるのに最高の環境じゃない! イモ以外の作物が育ちにくい場所にこれが混じっていたのは、精霊の導きだわ!」
リアナの頭の中で、バラバラだったパズルが一気に組み上がっていく。
「さしすせそ」の最初の一文字。
果実の甘みではない、キレのある、そして保存性を飛躍的に高める「純粋な糖」。
「これがあれば……これがあれば、お菓子だけじゃない。醤油や味噌の味を整え、お肉を柔らかく煮込み、さらには長期保存ができるジャムやシロップも作れる……!」
4. 強引なるパートナーシップ
リアナは、まだ泥のついた甜菜を掲げ、ランバート男爵の鼻先に突きつけた。
「男爵! 計画変更よ! 明日の『イモ料理』は、この甜菜を使ったデザートも追加するわ!」
「は、はあ……。ですが、そんな魔術のようなことが……」
「できるわよ、私がやるんだから! その代わり、条件があるわ。……ランバート領にあるこの『蜜泥』、全部私が買い取る。一株残らずよ!」
「全部、ですか!? ですが、これはまだ領内の畑の半分ほどを埋め尽くすほどしか……」
「半分!? 最高じゃない! 来年は全部これに植え替えてちょうだい! 苗の作り方、糖分の抽出法、全部私が指導するわ。その代わり、ランバート男爵家は我がオルフェウス伯爵家の『筆頭製糖パートナー』になってもらうわよ!」
リアナの瞳は、もはや一令嬢のものではない。
完全な実業家、あるいは領地の未来を背負う革命家のそれだった。
「フェリシア! あなたはもう『イモ娘』なんて呼ばせない。あなたは、この国を甘い幸せで包む『砂糖の女神』になるのよ!」
「さ、砂糖の女神……」
フェリシアは頬を染め、呆然としながらも、リアナの差し出した(少し泥のついた)手を握り返した。
5. 黄金と白銀の夜明け
その夜、ランバート家のキッチンからは、一晩中、甘い香りと醤油の香ばしい匂いが漂っていた。
リアナは、ミリアとゼノに宛てた手紙を急いで書き上げた。
『ミリア! 大至急、『甜菜』を粉砕して煮出し、結晶化させるための「遠心分離機」の設計を始めて! 設計図は追って送るわ。これは領地の……いえ、人類の勝利よ!』
急いで書いたミリアへの手紙の甜菜部分だけ何故か日本語で書かれていた。
『ゼノ、急いでランバート領の領主の屋敷に来なさい』
ゼノには、ただそれだけを書いた手紙をラウルに渡した。
ラウルは、深夜にも関わらず馬を出す準備をしながら、空を見上げた。
「……イモを探しに来て、砂糖を見つけてしまうとは。リアナ様、あなたのわがまま欲には、精霊さえも味方するのですね」
ラウルは、もう一人のリアナの護衛を残し馬を走らせた。
翌朝、ランバート男爵領には、これまでの「停滞」を吹き飛ばすような、希望に満ちた太陽が昇った。
泥だらけの畑に眠る、黄金のジャガイモと、白銀のてん菜。
二つの秘宝を手にしたリアナの「逆襲」が、ここから始まる。
「さあ、みんな、起きなさい! 世界を甘く変える朝食の準備よ!」
リアナの声が、霧深い男爵領に響き渡った。




