第Ⅻ話 後編【別れとその先へ】其の五
「アイツは、僕様の師匠の息子なのだ」
「クンパさんの師匠の……息子?えっと、それって——」
「——そうなのだ。僕様の師匠は夢人なのだ」
思わず言葉を失った。夢人は出会う事すらほとんどない。どこから来たのか、誰も知らない。忽然と消える——それぐらいしか聞いた事がなかった。
「師匠にはパティシエの技術、知識——全部教えてもらったのだ。あの方には、僕様でもまだまだ追いつけそうにないが——いつかは必ず追いついてみせるのだ」
意気込むクンパさんの目が、夕日に照らされ輝いて見える。
「——話が逸れたのだ。それで、問題はアイツなのだ。一度しか会った事ないのに無理ばかり言うから困るのだ。厨房を貸せだの、寝るところがないから泊めろだの——まぁ、面白い奴ではあるのだ……」
「不愉快極まりない奴だが、不思議と……また会いたくなるのだ——」
少し悲しそうな声を聞き、本当に行ってしまったのだとわかった。
奥さんが、クンパさんの袖を引き何か小声で話しかけている。それを聞き、思い出した様にクンパさんは胸元から一つの便箋を取り出し俺の前に出した。
「——これは?」
「エル、お前が来たら渡す様に言われていたのだ」
受け取った便箋を開くと手紙が一枚入っていた。開くと短い文章で書かれた見慣れた文字。
——ルセットに書かれていたのと同じだ。
少しだけ癖のある書き方。ただ一文だけ書かれている。
【エル、嬢ちゃんが助かってよかったな】
手紙にはたったこれだけ。手紙を持つ指先に、自然と力が入った。
「行って……しまったんですね」
他に何も書かれていない文面に、ただ肩を落とした。
「エル、後ろにも何か書いてあるのだ」
【筆不精なんでな、あまり書くのは得意じゃねぇ。
それと俺の名前もソウじゃねぇ、本名は瑛史——エイシだ。ソウは俺の親父と息子の名前だ。
そのうち俺の息子と会うかもしれねぇ、会ったら助けてやれ。会わなきゃ忘れろ。
お前の可愛くねぇところが、ちょっとだけその息子に似ていたぞ、構いたくなるぐらいにな……。
まぁ、まだ五歳のガキだけどな笑。
——また会える日を楽しみにしているぞ、エル。】
拙く、手紙からも感じられるぶっきら棒さ。それでも、その文面からあいつの姿が目に浮かんだ。
「……まだ、何も言えてないのに」
「——エル、何と書いてあったのだ」
「……可愛くないところが息子にそっくりだって。構いたくなるからって……」
少しだけ思い出すように目を瞑ったクンパさんは、思い出しながら口を開いた。
「あいつがエルの事を気に入っていたのは間違いないのだ」
「……どういうことですか?」
「覚えているのだ?エルと二回目に会った時なのだ。僕様はあの時、名前を聞いてこの子かと少し驚いたのだ——」
「……言っている意味が分かりません」
「まぁ聞くのだ。祝願祭の途中で雨が何日か続いた日があったのだ。ようやく雨も上がり、賑わいが戻って来た頃だったのだ。あいつがフラっと店に来たのは——急に厨房へ入ってきたと思ったら、ケーキを作らせろ。この作り方はなんでだと質問攻め。久しぶりだというのに、そんな挨拶はいらね。っと全く年下のくせに太々し過ぎるのだ」
思い出しながら体を震わせている。
——クンパさんの前でも変わらないんだな。
俺の知っているソウと同じで少し安心した。
「あなた——続き……」
「あっ……はい、なのだ」
「エル、お前のことを実はアイツから少し聞いていたのだ」
「——何を聞いていたんですか」
「助けてやれ」
「えっ……」
「『エルって奴が来たら助けてやれ。気に入ったらでいい、気に入らなかったら放っておけ』と——僕様もまさかあの失礼な小僧——」
「あなた——」
「はいなのだ……んっうん」
一度咳払いを挟むと、クンパさんはまた話し始めた。
「——エル。お前は妻にも僕様にもちゃんと謝ったのだ。自分のした間違いを謝れるのは、すごい事なのだ」
「……」
本当は逃げたかった。出会い頭にぶつかったあの時、血の気が引いた。でも、逃げたらきっと後悔する……そう思い震える肩で頭を下げた。
「——大人になるのは難しいのだ。謝れば早いのに謝れない。それが自分を、小さくさせていくのをわかっていないのだ」
「まぁ……そのなのだ、エル。つまり僕様、お前の事気に入ったのだ」
クンパさんは少し顔を背け、頬を掻いている。
「もぅ——本当に仕方ない人ね」
短く息を吐いた、奥さんが言葉を続けた。
「エルくん。ソウくんは夕方の馬車で街を出るって言っていたわ。今ならもしかしたら——」
間に合うかもしれない。
そう思うと、無意識に振り向いた。
——もう一度会いたい。
「ありがとうございました!」
もう一度振り向き頭を下げると、全力で南門へと向かった。
振り向かず、路地を抜け南通りに出ると、まだ南通りには人が多かった。祭りが終わるまであと少し。
——どこだ……どこにいる。
人をかき分けるように南門へ駆けた。走りながら首を振り、辺りを見回しながらソウの姿を探した。
——いない。どこだ。
いくつも並ぶ乗り合い馬車。その並ぶ列の中にもいない。
南門の下まで行くがソウの姿はない。荷馬車と人が行き交う中を何度も見回した。
ただ気持ちだけが焦る、それでも俺はもう一度……。
……その時、街の鐘が鳴った。
ゴ――ン ゴ――ン ゴ――ン……。
鐘が宿願祭の終わりを告げた。
「くそっ……こんなのないだろ……」
悔しさが滲み、門の下で入り混じる感情をどうしていいかわからなかった。
「おい、坊主そんなところにいたら轢かれるぞ!」
後ろから声をかけられ、少し頭を下げるとそのまま門の端に寄りかかった。
「本当にもう……」
ふと顔を上げると、南門から架かる橋と街道が重なる所に一台の荷馬車。藁が大量に積まれたその上に、見慣れた外套が寝転んでいるのが見えた。
「……いた……いた!」
無我夢中で駆け出した。行き交う人を避けながら、荷馬車を追った。
——待ってくれ。まだ、何も言えてない……礼だって別れだって。
だが、橋のたもとへ駆け込んだ時には、荷馬車はもう街道へと出ていた。
「ソウ……ソウ!ソーーーーウ!!」
「ありがとーーぉ!」
届くかわからない、それでも力一杯に声を上げた。
声が届いたのか、外套が微かに動きむくりと上半身を起こした。被っていた外套を脱ぐと見慣れた黒髪。
「——元気でなー」
微かに届いた声。その声は間違いなくソウのものだった。
外套から腕を出し、手を振っている。それでも荷馬車はただ、ゆっくりと遠ざかっていく。
「また……また、会えるよな!」
橋には多くの人や馬車が行き交っている。そんな中をもう一度、精一杯の声を上げた。
「——知るか、会いたきゃ探せー!」
不思議と笑みが浮かんだ。いつも通りのソウは何も変わっていない。ただぶっきら棒で……。
「——またなーエルー!」
少しだけ優しかった。
お読みいただきありがとうございます。
ぶっきら棒で何を考えているかわからないソウですが、最後まで彼らしい旅立ちになったと思っています。
別れは寂しいものですが、この物語では「また会えるかもしれない」という希望も大切にしたいと思いながら書きました。
少しでも皆さまの心に残る一話になっていたら嬉しいです。
次回最終話【未来へ向かって】
次回の更新は7月24日(金)19時30分です。
最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




