第Ⅻ話 後編【別れとその先へ】其のニ
ミーナがいる部屋へと入ると、歌声が鮮明に広がって聴こえる。
ミーナと視線が交わり、声をかけようとすると、ミーナは人差し指をピンと立て歌う口元へと運んだ。
そのまま、もう片方の手で手招きすると、寝台の横をポンポンと叩いた。
——ここに座れって事か。
静かに扉を閉め、ミーナがいる寝台の傍に腰掛けた。
歌い続けているミーナ。近くで聴いても、その歌をどこで聞いたのか思い出せない。
歌うミーナの声に耳を預け、目を閉じた。
目を瞑ると少し景色が、見えてきた。
——あぁ……きっとこれは草原の歌だ。
広がる緑の園が瞼に浮かび、山と山の間に広がる草原。小さな花がいくつも咲き、蜜蜂が花蜜を集めている。
小さな山小屋……誰かが暮らしている。
楽しそうに笑いあい生活している。蜜蜂が飛び交い、集めた蜂蜜が朝日にきらめいて見える。
でも、一人になった……。
悲しい、でも明るく振る舞う姿が辛く見える。
それでも、別れを悔みはしない。出会いが助けてくれる。いつかまた会える、その時を信じている——。
歌が止まり、目を開けるとミーナが微笑んだ。
「——エルくん大丈夫?」
「えっ、あぁ。——いい歌だな」
「……頬濡れてるよ」
「えっ……」
頬に手をやると一筋の雫が指に当たった。
「あれ、おかしいな。なんでだろうな……」
ミーナの指が頬にあたり、その温もりにまた涙が溢れてきた。
——別れたくない。やっと取り戻したのに……。
「大丈夫だよ——私は絶対に戻ってくるからね」
「……ミーナ」
ミーナの手を強く掴むと、指先から伝わる温もり——これを手放したくない。その思いが胸に溢れ気づけばギュッと抱きしめていた。
「エルくん?」
「……ごめん」
「ううん……いいんだよ」
ミーナも手を回しギュッと力を込めた。
♦︎♡♦︎♡♦︎♡
二人きりの時間に浸っていると、扉を二回叩く音が聞こえた。
「お嬢様ー。入っても大丈夫ですけ?」
「——ちょっと待ってくれる?」
「ごめん」
慌てて離れると、「あっ」という声が聞こえた。
「……大丈夫」
ミーナの頬が赤い。俺も頬が少し熱を帯びているのを感じた。二人で顔を覗くと、二人して笑みが溢れた。
「入っていいですよ♪」
「お嬢様、こちらご昼食ですぅ」
「ありがとう」
——鶏肉に卵、サラダにこの白い粒々したものはなんだろう。
見た事がない食べ物に視線を向けた。
「お米っていうんだって♪美味しかったんだー」
ウキウキと喜んでいるのがよくわかる。でも……。
「……食べて大丈夫なのか?その……苦しくなったりとかさ……」
「ふっふっふ。今日はもう三食目だよ♪お腹空いちゃってたから、いっぱい食べるんだー♪」
——まだ昼だぞ。なのに三食って。
「——なぁ、無理してないか?本当に大丈夫なんだよな?」
真剣な眼差しでミーナに問いかけると、ミーナは優しく微笑んだ。
「大丈夫だよ。もう、倒れたりしない」
言葉がふわりと優しさを帯びている。
「——それに、もう食べるのは大丈夫そうだからさ」
——どういうことだ?
昨日は確かに食べる物で悩んでたはずだ。なのに食べるのは大丈夫。
「——昨日の晩にお腹空かせてへにゃんってしてたんだけど。そしたらお母さんがご飯を運んできてくれてね♪美味しかったなー久しぶりのお肉——ジュルリ」
急にハッとした顔をしたと思ったら、口元を隠した。
——もう遅いけどな。それにへにゃんってなんだ?
「私も最初大丈夫かなって思ってたんだけど、お母さんが大丈夫だからって」
「そう……なのか?」
益々意味がわからず首を傾げた。
「何かソウさんから手紙が、届いたみたいだよ」
「ソウの手紙!」
——あいつ……。
それでも今はミーナの事だ。
「——それでなんで書いてあったんだ?」
「なんでも、小麦粉を食べるなって……パンが食べたかったのにダメなんだよー」
「それで小麦粉を抜いて見たら、全然苦しくなくて——全部食べれたの♪」
——小麦粉?
アイツに渡されたルセットの事を思い出した。
スフレチーズには小麦粉ではなく、コーンスターチを使っていた。それに、「これなら食べられるかもな」ってアイツは言った。
——ミーナの身体が拒んでいたのは小麦粉なのか……。
「なんでも、アレル……ギーって言ったかな?食べると身体が嫌がっちゃう人がいるんだって——私もそれがあるんじゃないかって書いてあったみたいだよ」
——アレルギー……聞いた事ない言葉だ。
どうしてアイツはそんな事知ってるんだ。
またソウへの疑問だけが胸に残った。
いつもお読みいただきありがとうございます。
「食べられる」という、当たり前のようで当たり前ではない幸せ。
今回の話では、そんな小さな喜びを書きたくて筆を進めました。
次回更新は7月18日(土)19時30分です。
あと少しです結末を迎える物語を最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




